彼方の待ち人:Epilogue

名も知らぬ少女の願いと結末

「この度は本当にありがとうございました。」


エヴァンズ夫人はそう言ってアリエルに頭を下げた。

年老いて老衰で亡くなったと思われる姿で発見されたビル・ターナーの遺体はエヴァンズ夫人のもとへ渡されて、シンディ・ターナーと同じ墓に埋葬されることになった。

昨夜の晩、亡くなったシンディは生きているうちにその遺体を見届けることは出来なかったが、どういうわけか非常に満足そうな顔をしており、胸に抱えた手にはアリエルに預けた耳飾りが大切そうに握られていた。

その姿はまるで誰かが傍で最期を看取ったかのようであった。

きっと、この少女たちが何か特別なことをしてくれたのだろう。

彼女たちの口からそれが語られることはなかったが、夫人はそう思っていた。


夫人は重ね重ねお礼を言うと、アリエルが夫人の手を取って銀色のブローチを握らせる。ブローチの中央にはシンディの耳飾りと同じ青く丸い宝石が嵌められていた。


「これはサービスよ。持ってると良いことがあるわ。」


非常に高価そうな物で、夫人は受け取ることを遠慮しようと思ったがアリエルの真っ直ぐな瞳を見ると、言葉を飲み込んだ。


「依頼も達成して報酬も貰ったし、これでお別れね。」


アリエルが夫人の目を見て言う。


「はい。お二人には本当にお世話になりました。ロナルド様にもそうお伝えください。」


「伝えるわ。それじゃあ、これで契約を完遂するわね。」


アリエルがそう言って懐から杖を取り出し、夫人に向けると、夫人の足元から光が立ち上り始めた。


「アリエル様!どうかお元気で!」


別れの瞬間を悟った夫人が最後の言葉を口にする。

魔法使いの少女は今までで一等愛くるしい笑顔で答えた。


そして、いよいよ光が夫人の全身を飲み込むと夫人は屋敷から姿を消した。



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エヴァンズ夫人がリオンの町の名所の一つロナルド・フォクシーの屋敷の前で足を止めたのはほんの少しの間であった。


エヴァンズ夫人はリオンの街で最も幸福な人間であると自負する幸せ者である。

優しく温かい心を持つ両親、夫と息子、友人たちに囲まれて彼女は毎日忙しないけれども明るい日々を過ごしている。

そんな彼女が“怪人”などと呼ばれる、いるかいないかも判らない男の屋敷に用などあるはずがない。


今日もリオンに引っ越してきた旧友の家族と家族ぐるみの付き合いをして交流を深めたばかりだ。

夫人がフォクシーの屋敷の前を通りかかったのはその帰り道のことであった。

彼女はふと、何かに惹かれるように足を止めたのだ。


そこには依頼成功率1000%の美少女探偵などという怪しいものを誇らしげに宣伝する看板があった。

夫人の夫と息子はそれを見て胡散臭いものでも目にするかのように怪訝な顔をする。


しかし、夫人は不思議とそれを見ると懐かしく、温かいような気持ちに包まれた。

彼女は不意に胸に付けたブローチを手に取る。

ブローチの中央には夫人の祖母が大事にしていた耳飾りとお揃いの宝石が嵌められている。

裏をひっくり返して、よく見るとブローチの裏面に蓋のようなものがあることに気が付いた。

エヴァンズ夫人は指でその蓋を丁寧に開ける。

中には一枚の紙があり、メッセージと何やらクマのようなウサギのような動物がこちらに親指を立てて微笑んでいるよく分からない印が押してあった。

そして、メッセージにはこう書かれていた。


“ミセス・エヴァンズ!貴方と貴方の家族、そして貴方と共に歩む友人たちの人生に幸多からんことを!”


夫人はそれを読んで微笑むと、紙をブローチの中に戻し、大事そうに胸に付けた。


それは乱暴者で知られる魔法使いのとある少女がビル・ターナーという男とその妻の長い孤独の時間を痛ましく思い、彼らの血を分けた者たちへの幸福を願った言葉なのだが、夫人がそれを知る由は無かった。


エヴァンズ夫人は彼女の家族が呼ぶ声に返事をすると、歩み寄り、夫と共に息子の手を取ってまた歩き出す。


幸せな家族の営みがただただ流れていた。


その後、幸福なエヴァンズ一家とその友人たちがロナルド・フォクシーの屋敷を訪問したという話はなかったという。

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