尋ね人の唄

「ねえ、幻の宝物と幻の場所って本当にあるのね。」


私がロナルドに問いかけると、師は当然とばかりに頷く。


「うむ。確かにあれは存在する。現にお前が見た“龍が生まれる洞”も“時の止まった隠し部屋”も存在したではないか。」


言われてみれば確かにそうかと気付かされる。

だが、一つ納得できないことがある。


「でも、“時の止まった隠し部屋”は完全ではなかった気がするわ。」


あの部屋に入って時間が完全に止まっているという感覚はなかった。

むしろ、私がハイドラリアスに言われた後に感じたのは時間をひたすら長く引き伸ばされているという感覚だ。


「あれは綻びが出来ていたのだ。恐らくマルキア殿が何度か無理にこじ開けたのであろう。お前が影響をほとんど受けなかったのもその不完全さ故だ。完全であれば、出た際にもっと時が進んでいたであろうな。」


「だから、私より先に入ったビル・ターナーはより強い影響を受けたってことね。でも、龍の女王はどうして私をあそこに閉じ込めたのかしら?」


ずっと保留にしていた疑問を口にする。

私を殺すつもりだったのだろうか。

だとすれば、次に目をつけられたときに私は確実に殺されるだろう。


「アリエルよ。マルキア殿は天宮の一族の長だ。

長には一族をまとめ上げるために一族に示す威厳というものがある。

だから、彼女本人には幌の民の血を引く者たちへの恨みなど露ほども無いのだよ。」


「つまりどういうこと?」


「あれは恨みを抱える一族の子らへの示しだ。寧ろ、心優しい彼女自身はあの男を哀れに思い、戦争から守ろうとし、隠したのだろう。

だが、彼女は運ぶことはできてもそこから出すことはできない。

だから、あの男を迎えに来たお前を同じ場所へ飛ばしたのだ。」


龍の女王にそんな慈悲と意図があったとは心にも思わなかった。

ロナルドを私と一緒に送らなかったのもその“示し”のためなのだろう。

精霊人の一族をまとめ上げる長とは人格と思慮にも優れるのかもしれない。

得心して私が「なるほど」と相槌を打つとロナルドが話を続けた。

今日はやけに饒舌だ。機嫌がよいのだろうか。


「ところで、お前は『尋ね人の唄』がどうして民謡として残ったか知ってるかね?」


「人が求める財宝と楽園を語る唄だからじゃないの?

みんな子供の時に聞いたお伽噺とか大好きじゃない。」


私も昔、お母様からお伽噺を聞かせてもらい、よくねだったものだ。

特に魔法使いの伝説が好きだった。

“怪人”と呼ばれた魔法使いが世界中を回って奇跡を起こす物語は私の憧れだった。

ロナルドの前では絶対に言わないけど。


「それも一説であるな。だが、吾輩は唄った本人の意図は別にあったと思っている。」


「他にも説があるのね。」


正直、興味のない分野であったので初耳だ。


「世人にとって、あれは言わば幻。存在しない物と場所。

どんなに探しても見つけることが出来ない。不可能なのだ。」


「それは魔法が関わっているからかしら?」


「おおよそはそうであろうな。だが、我々とて見つけることが不可能なものもあの唄の中にはあるかもしれぬ。本題はそこだよアリエル。

あれは唄に記されたものを全て見つけた一組の男女。言い換えれば不可能を可能にした者たちの唄ったものなのだ。」


「不可能を可能に……って言われても正直、ピンとこないわ。すごいってことぐらいしか。」


師は「やれやれ」とばかりに手を挙げて首を振ると、出来の悪い生徒に言い聞かせる教師のように説明した。

ちょっとムカつく。


「唄の中に“あなたが迎えに来る日を待っています。”とあるだろう?

あれは待ち人が自分のもとに帰ってくることを願った唄なのだよ。

これは吾輩の想像ではあるが、その待ち人は恐らく戦争や冒険などの死地へと向かったのであろう。」


そこまで語るとロナルドが私を見る。

私は真面目に師の言葉に耳を傾け、先を促す。

師はまるで良くできた演劇や小説を見終えた時のような顔を作ると話を続けた。


「つまりは決して生きて帰れない死地に赴く片割れの待ち人がもう一度、不可能を可能にして帰ってくることを願った唄ということだ。

だからこそ、あの唄の意味をそう考える者はみな、その奇跡にあやかろうと思い、幻を求め語り継いだ。」


私はなるほど、と思った。

そう言われると説得力があるし美しい物語を秘めた唄のような気がする。

それなら、そのうちの3つと巡り合った私は奇跡を起こせるのかしら。

そして、もしかしたらターナー夫妻も……。


師の語ることが真実かも判らないのに柄にもなく、そんなことを思った。


「でも、待ち人が戦争に行くなんてどこにも書いてないわよ?」


少しばかり言いくるめられた気がして悔しかったので反論してみる。


「詩とは言葉や語感、律動だけでなく、そこにある情景と背景を想像して楽しむものだ。お前には浪漫が足りぬ。」


師は呆れたように顔を顰めると今度は不機嫌そうにソファに座って本を読み始めた。

私はなんか子ども扱いされたようで悔しかったので、向かいに座って淑女らしく上品に紅茶を飲むことにした。


そんな穏やかな一日の午後だった。

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