エヴァンズ夫人の依頼②

エヴァンズ夫人の父方の祖父ビル・ターナーはフェリダ王国の兵士であった。

ビルは19の時に当時17歳であった幼馴染のシンディを娶り、20の時に後のウルスラ・エヴァンズの父となるウォード・ターナーを授かる。

平凡だが幸福な温かい生活はそれから5年の間続いた。

25の時にビルは当時、西のウェール山脈の資源を巡り対立していたダルニカ国との戦争に派兵される。

両国を行き来する商人の偶然の発見により、新しい有用性が認められた鉱物資源の独占を求めて始まった争いは泥沼化し、領土分割の講和に落ち着くまで5年を要した。

この間の戦争により、ビルは行方を眩ました。


最後に彼がいた戦場は山脈南のベラディウス山であったという。

終戦後、有志による行方不明者の捜索が数年間行われたがビルが見つかることはなかった。

そして、捜索は打ち切られ、ついにビル・ターナーは戸籍上、帰らぬ人となる。

シンディは一人息子と共に夫の帰りを待ち続けたが行方不明になった夫が家に帰ることはなかった。

シンディ・ターナーは年老いて病床に伏した今も夫の帰りを待っているという。



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「戦争で亡くなった人の遺体が見つからないというのはよくある話です。ですが、祖母は今も祖父がどこかで生きていると信じているのです。」


「それで、遺体を見つけてほしいってわけね。」


少女は一度考える素振りを見せると夫人にこう言った。


「人を探すとなると、行方を眩ました場所の他にその人に縁のある物が必要になるわ。恐らく、貴方のおばあ様が何かを持っているはず。出来るだけ当人と繋がりの強い物が良いのだけれど、それに心当たりはあるかしら?」


少女は夫人が思っていたよりもずっと真剣に話を聞いていた。

その様子からいかに彼女が夫人の依頼に対して真摯に向き合っているかが見てとれた。

夫人はどうして祖父に縁のある物が必要なのかは分からなかったが彼女の誠実な態度には真っ向から向き合わなければいけないと感じた。

いくつか心当たりがある物について思いを巡らす。


「祖母は……そうですね。いつも両の耳に青い宝石の耳飾りを付けていました。曰く、戦争に行く前日に祖父からプレゼントされたものであると。

その他には指輪や手紙といった物もありますが取り分け、その耳飾りをいつも大事そうにしておりました。」


「なるほどね。その耳飾りをしばらく私に預けることはできるかしら?

片方でいいの。大事な物なんだから無理にとは言わないけど、聞いた話だとそれが一番良い気がするわね。もちろん、依頼を達成したらその耳飾りはちゃんと返すわ。」


祖母の大事な物を他人に預けるなど、少女の要望は普段なら承諾しかねるものであるが、夫人はこの少女が自らの約束に背くことは無いだろうと思った。

会ってほんの2日でまだまだ神秘のベールに包まれた未知の領域にいる少女ではあるが、これは確信に近い。

それに初めからダメもとで依頼したことだ。

依頼を頼む以上、試してみる価値はあるとも思った。


「分かりました。一度、祖母に事情を話して頼んでみます。もし耳飾りを借りることができない場合は他の物を用意させていただきます。」


この日、エヴァンズ夫人はそう言って屋敷を後にした。



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祖母の私物を借り受ける交渉は思いのほかすんなりと済んだ。

耳飾りの片方だけでよいというのもそうであるが、それ以上に祖母が祖父の手がかりを強く求めているのだろうと夫人は感じ取った。


明くる日、夫人がフォクシーの屋敷を訪ねると人がもう一人増えていた。


「ふむ。中々に興味深い物をお持ちのようだ。」


黒いシルクハットに燕尾服、革靴と白い手袋にステッキで正装した背の高い紳士が客室の椅子に腰掛けてこちらを見ていた。

服装だけならばこの屋敷の住人として相応しい男であるが、しかし、それ以上に最も目を引く特徴がある。

男の顔は顔中が小麦色の毛で覆われており、目から下の顔が長く前面に飛び出していた。


「あの、そちらの方はまさか、異邦人……?」


前回はいなかった人物に対して驚きつつ言葉を発すると目の前の少女がキッと夫人を睨む。何かが彼女を不快にさせたようだった。

それを見て男は少女をなだめると椅子から立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。


「これは失礼。客人を驚かせてしまい申し訳ない。このじゃじゃ馬娘が珍しく探偵の真似事をするというので吾輩、居ても立っても居られず、話を聞かせていただきました。」


予告もなく現れた謎の紳士が貫禄溢れる堂々とした佇まいで夫人の目の前にいる。

夫人は気圧され、思わず「はぁ」とだけ返事をし、少女の方を見る。

少女は「ふん」とだけ鼻を鳴らすと、そっぽを向いてしまった。

取り付く島もなく、所在なげに悩んでいると男は何かに気づいた顔をし、帽子を取ると言葉を続けた。


「これまた失礼。ご婦人に名前を名乗るのを忘れておりましたな。

吾輩はこの屋敷の主、“ロナルド・フォクシー”と申します。

以後お見知りおきを。もっとも、貴女の用が済むまでの短いお付き合いですが。」


帽子を取ったことで確信する。

目の前にいる紳士は狐の顔をしていた。

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