05.不明な焦燥
「い……居たっ……!」
「どうした……?」
金曜の夜。普段だったら絶対に何の予定もなかったのに、今日はなんと女子会なるものが開催された。
たまにしか連絡をとってなかった友達から連絡があって、お互いの近況報告をしたらすぐにお呼び出しがかかった。
といっても、平日の夜は絶対無理って言ったら、じゃあ金曜なら文句はないだろうって即座にスケジュールを組まれちゃったり。
こういうちょっと強引に引っ張ってくれる子じゃないと、あたしの重い腰は上がらない。
それに久々だし、直でお喋りしたいし、女子会ってのに憧れてたしで了承した。
共通の友達も来てくれて、数年ぶりにわいわい楽しく騒ぐことが出来た。ちなみに女子って年齢ではない、全員。
「ちょっと、女友達と飲みに行ってたんだ」
「こんな早く終わったのか?」
時刻は十時前。仕事帰りに集まったのが七時だから、時間としてはしっかり楽しんだ方だと思う。
ただ、二件目に行こうって言われた時……なぜだか、帰るって口に出してた。
「他の子は二件目に行ったんだけどね、あたしはほら、お酒まだ弱いじゃん?
程々でやめておかないとおかんが怖いからさ?」
「誰がおかんだ。まぁ、賢明だな」
カシスソーダを二杯で終了、あとはウーロン茶。あたしにしてはちゃんとセーブできたと思う。
カウンターのいつもの席に座ると、向こうはすでにビールじゃなくて……あれ、なんだっけ、しゃんしゃんしてるやつ。
泡の量と色がちょっと違うから、区別が付くようになった。
「何飲む?」
「カシスソーダ!」
「だよな。店長、カシス少な目で」
笑って注文を受けて、すぐにお通しと一緒に持ってきてくれた。
今日は蕪にそぼろ餡がかかった煮物。ほんと、たまにすっごく純和風だなぁ。
「結構前から居るの?」
「あー……そんなでもない。そっちこそ、飲んできたのにわざわざ来たのか?」
「いいじゃないよ、飲み足りないのよ」
「程々でやめるんじゃなかったのかよ……」
軽く乾杯してからシュワシュワのカシスソーダをすすっと一口。うーん、シュワッと。
蕪はほろっと餡はとろっとで、出汁の味がしっかり染み込んでる。
「美味しいーっ!」
「分かってるって。毎回よくそんな喜べるな」
「美味しい物を美味しいと言って何が悪い!」
「何も悪くないがな。すげーって思っただけだ」
「感情はもっとオープンにしていいと思うんだよね!」
「あーはいはい、好きなだけオープンにしろ。ただ、絡むなよ」
いつもだって絡んでるつもりはない。ただ楽しくお喋りしてるだけ!
まぁ、ちょーっと、ちょーっとだけご機嫌になってるだけだよね。
「わー、女子会? いいよねー、それもちゃんと女子って年齢だもん、いいわー」
店員の女の子は、大学の友達とちょくちょく女子会をするらしい。男子禁制、そして個室のお店限定という、完全なる布陣だ。
「だから絡むなよ……。自分もしてきたんだろ、婦人会」
「女子会っ! 女子じゃないけどっ!」
「女子の次は婦人だろ」
「もうワンクッション置いてよ!」
女子の前は女児、じゃあ女子の後は?
そんななぞなぞみたいなことを考えてたら、ちょっとくらっとした。うーん、ちょっと飲み過ぎたのかも。
「店長、ウーロン茶」
「えー? まだカシスソーダ残ってるよ?」
「それは俺が飲むから、自分はもうやめとけ。結構回ってんだろ」
すぐにウーロン茶が置かれて、カシスソーダは横にスライドした。まだ結構残ってるんだけどな……。
残念に思いつつちびちび飲んでると、グラスをぐいっと呷る。
「……久々に飲んだが、ジュースだな」
「ジュースじゃないよ、お酒だよ!」
「あぁ、そうだな。これで酔えるとか羨ましい」
「なんだとー、喧嘩売ってるのかぁー?」
「なんでそうなるんだよ。酒に慣れすぎるとなかなか酔えなくなるんだよ。酔いたい時でもな」
酔いたい時……そんな気分になったことはないかなぁ。普段はお酒を飲んでなかったし、飲んだきっかけも、お酒を飲むと楽しい気分になるみたい、が理由だし。
だから目的としては酔うではなく、ご機嫌になる、かな。
「そういや、携帯はどうしたんだ? スマホにしたのか?」
「あ、うん。チャレンジしてみたよ」
わっかんないけどね!
店員さんに勧められるまま、最新機種を買うことになった。
「ガラケーからの買い換えだと、すんごい割引されるのね。
そんなにガラケー嫌い? 可哀想じゃない? あの子とってもいい子だったよ? ちょっとスタミナ足りなかったけど」
「適材適所だろ。社用のはガラケーってとこも多いしな。
ただ、個人が普通に使う分にはスマホのがやれることが多いからだろ」
でもさでもさ、なんかなぁ。
ただ、買い換えたは買い換えたんだから、スマホちゃんと仲良くできるよう努力しよう。
とりあえず分からないから勝手にいじってもらおうとしたら、とっても引かれた。ひどい。
「スマホってか携帯を他人に軽くいじらせるなよ……個人情報の固まりだろ?」
「えー? だってそれに入ってるの、電話帳くらいだよ?」
「それが一番の個人情報だろうが!」
「でも、悪用なんかしないでしょ?」
ならいいじゃん。そう言ったら、ちょっと考えてため息をつかれた。
「ため息つくと幸せ逃げるよー」
「よく言うけどな、ついてもつかなくても逃げるときは逃げるだろ」
「もしかしたら逃げないかもしれないじゃん」
「さぁな、どーだか」
そう言いつつも手元はスイスイ動いてて、画面が目まぐるしく変わってる。お酒飲んでなくてもあんな速度で操作できないよ……。
「びっくりするほど何も入ってないな」
「うん、だって使い方分からないし。何かしたほうがいい?」
「まぁ……そうだな、メッセージアプリくらい設定しておいた方がいいだろうな。やるか?」
「よろしくぅー」
カウンターの上に置いてスイスイ動かし始めると、すぐに設定画面っぽいのが始まった。みんな使ってるって言ってたから、使えた方がいいんだろうなぁ。
「これ、電話番号知ってる奴が通知される方がいいか?」
「どーいうこと?」
「自分の番号知ってる奴に、このアプリ使ってるって表示され……」
「ーーーーやだっ!!」
思った以上に、大きな声が出た。
自分でも驚いてるけど、隣はもっと驚いてる。
「えっと、ごめん、その……」
「俺もそれ、設定解除してるから。番号知ってるからって全部つながるのは億劫だからな」
そう言って、またスイスイ動かし始める。
……絶対、変って思われた、よね。何も言わないでくれてるけど、思ってるだろうな。
「……はい、できたぞ。もし登録したい奴が居たら、IDなりQRコードなりで試せばいい。あと、名前も替えたいなら好きにしてくれ」
すいっと返された画面には、あたしの名前だけが書いてある。
菫子、って。ちゃんと漢字で、ちゃんと子も。
「ううん、これでいい。ありがと」
まっさらな画面を見て、隣を見て。ウーロン茶を一口飲んで、勢い付けて。
「連絡先、交換しない?」
「ん? あぁ、そうだな」
思いの外あっさり頷いた。あたし結構頑張ったんだけど……? まぁ、結果オーライか。
「すんごい今更って感じだけどねー」
「まぁ、そうだな。ただまぁ、そんなもんだろ」
そう言って取り出したのは、カバーの付いた方のスマホだった。
パタンと開いてスイスイ動かして、片方持ち上げて画面を覗いてると思ったら、あっという間に名前が追加された。
康介、って、こっちも名前のみ。
「普通名字って入れないの?」
「社用のでは入れてるけどな。私用のはフルネームじゃなくていいだろ」
そういうものなのか。なんでも人によってはネット上の名前にしたりとか、ママさんとかだと子供の名前を主にしたりとか、いろいろとパターンがあるらしい。
ただあたしは特に思いつかないから、このままでまったく問題はない。友達を登録する方法を教えてもらって、とりあえずスマホ講座は終了。
同時に向こうはカシスソーダを飲み干して、またビールを注文してる。
「明日は仕事じゃないの?」
「久々の土曜休みだな。だから今日はいくらでも飲める」
「帰り道があるんだから程々にしときなよー」
「限度は弁えてる」
そう言いつつぐいぐい飲んでる。横から見ると喉仏がぐにぐに動いてるのが見えた。ジョッキを握る手も、ごつごつしててなんだか変な感じ。
「なに?」
「んーん。普段の休みの日って何してるの?」
「特には……テレビ見たり家のことしたり、たまに買い物に出かけたり。そっちは?」
「あたしも同じようなもんかなぁ。それに読書を追加するくらい」
「文学少女?」
「ううん、漫画っ子」
といっても、新しいのはほとんど買わないで、昔集めたのを繰り返し読むのがメイン。実家から持ってきた漫画は貴重な財産だ。
若い頃は色々やったよね。友達と貸し借りしたり、語ったり……いい思い出だな。
「昔読んでたのが文庫で出たりすると、うっかり買いそうになるよな」
「欲しくなるけど結構するじゃん? あと、冊数も案外多いし。
それより、昔のアニメが再放送されてるとつい全話録画しちゃいたくなる」
「そっちのが手間かかるだろ」
その為に頑張ってレコーダーを買ったんだけど、あたしが使えた記憶は無い。
最新機種だと同時刻のをいくつも録画できるらしいけど、当時はそこまですごいのじゃなかったしなぁ。
「録画したところで、それを観る時間を作るのが……億劫だしな」
「今、面倒って言いかけたでしょ」
「飲み込んだんだから見逃せよな」
笑ってジョッキを呷る。ついでにあたしもウーロン茶。うーん、体内のアルコールが薄まる気分がするね!
「あれですか、休日は彼女とデートですか」
「今は居ないけどな」
「今は! 今はって言ったわこの人! ねぇ聞いた? 聞いたよね? 聞きたいよね!?」
近くを通りがかった店員のお姉さんに聞いてみると、きらきらした視線を送ってくれた。ふっふっふ、話さざるを得ないだろう。
というかあたしが聞きたい。だってモテそうなんだもん!
「なんでそんな…………分かったよ、言うからその目をやめろ、二人ともだ!」
「康介さんのラブストーリーにわくわくしない訳にはいかないでしょ!」
「すんなよ! 大した話にはならないから」
「それはこっちが判断するから!」
「あー……ったく、言えばいいんだろ言えば!」
新しいビールが来たところで、渋々口を開いてくれた。
店内のお客さんはまばらだからって、店員の女の子もばっちり横に構えて。
「……想像以上にモテ男だったわ」
「なんだよ、想像って……」
合間に質問を挟みつつ、ぼそぼそ語られた内容はなかなかのものだった。
だって交際人数一桁後半(濁された)って時点ですごいわ。それも自分から行ったのは若い頃だけで、あとは受け身だったとか。
「デキる男は私生活もデキるんだね……」
「何をどう見てそう判断したんだよ」
「いや、諸々全部」
そりゃストーカーも出来るよね。それだけ価値がある男の人ってことか。
羨ましいような大変そうなような、なんとも言えない気分だ。
「そういうそっちはどうなんだよ。俺にだけ話させるなんてしないよな、菫子さん?」
「え? いやぁそんな、大層おモテになる康介さんの後にそんな、話せるようなことはありませんことよ?」
「言え、絶対に言え」
「ほら、そんなね、立派なね、人数はね、居ないんですよ。
あっ、ほらほら、もう終電! 残念っ、帰らないとっ!!」
「……来週はそっちの番だからな。来て早々聞くからな」
えー……そんな気重になること言わないでよ。いや、来るけどさ。来ちゃうけどさ!
お会計を済ませて外に出ると、もうすっかり秋の気温。
コートにしてきたけど、夜は首もとがすーすーしちゃう。
今週は寒い日が続いたし、もう冬の服装にした方がいいのかな。
「寒いねぇ」
「寒いな。ビール飲み過ぎた」
って言ってるのに、全く酔った気配がないのはすごいよね。確かなかなか酔えないんだっけ?
羨ましいような、大変そうなような。
「風邪引くなよ? じゃあまたな」
「んー、そっちこそね。また来週」
お互い手を振ってから、それぞれの方向を向いて歩き出す。
来週、かぁ……モテ男さんの追求を、どうやって躱すべきものか。
うん? なんで躱す方向なんだ? 疚しいことはないんだし、こないだの女子会で散々話したし、さらっと話しちゃえばいいんじゃない?
「もう、いいんだよね」
一人の生活に、慣れよう。
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