03.必然の会遇

「やっほー」


「お疲れ」


 今日も訪れた居酒屋に、先週も居たスーツ姿。もはやここまで来たら必然だよね。いや、暗黙の了解?

 カウンターに乗ってる物も一緒で、先週との違いはネクタイの色くらいか。

 秋も深まって夜は肌寒くなってきたこの時期に、あつあつのおしぼりを渡してくれる。

 ほかほかの蒸気が気分まであったかくしてくれる気がするなぁ。


「カシオレ?」


「ふっふっふ。そんなお子様な飲み物は卒業なのだよ」


 メニューに手を伸ばしたらすぐ聞かれたけど、今日のあたしは違うのだ!


「カシスソーダ!」


「どこが卒業だ」


「オレンジジュースから炭酸水だよ! シュワッと大人味だよ!」


「どんだけガキなんだよ」


「ガキは居酒屋これませんー」


「味覚が完全に子供のまま止まってんだな」


「別にビールが飲めることが大人な証じゃないしー」


 すぐに出てきたカシスソーダで勝手に乾杯して、すすっと一口。うーん、シュワッと。

 メニューをめくってまだ食べてないのを物色してると、隣からも覗き込んできた。


「どしたの?」


「俺もなんか食おうと思って」


「あら珍しい。前回で目覚めた?」


「確かに美味いなって」


 なるほどなー、一回食べちゃったら分かっちゃうもんね。

 今日はちょっと寒いからあったかいの食べたいな。こないだはポテトグラタン食べたし、アヒージョなんてのはご飯じゃないし……。


「もつ煮一つ」


「なにそれ?」


「もつを煮込んだの」


「まんまじゃん」


 もつ、もつ……あれだ、もつ鍋のもつだ! つまりホルモンだ!

 ホルモンか……ちょっと苦手なんだよな。あの、ぐにっと、くにゃっと、飲み込み時が分からない感じが。


「飯食いたいなら違うのにしとけ」


「うー……ポテトサラダと唐揚げと納豆オムレツ!」


「唐揚げは欠かさないのか」


「美味しいからね」


 頼んですぐにトントンと二つお皿が並ぶ。

 目の前にポテトサラダ、お隣にもつ煮。ほかほか湯気が出て美味しそう……に見えるけどホルモン。

 そのまま七味をパッパと振ってお箸でぱくり。あー、大根染みてる。


「……食う?」


「大根食べたい」


「もつ柔らかいから少し食ってみ。美味いから」


 すっとお皿を寄越してくれたけど……うーん、ホルモン。

 ただ確かに美味しそうだから、食べてみようかな。ダメなら飲み込む!


「む……むー……」


 濃い目の味噌の味……大根に染みたお肉っぽい味……最後に勇気を出して挑んだホルモン、じゃなくてもつの食感……。


「どうだ?」


「美味しいっ!」


「好きにつまんで」


 そのまま置いたままにしてくれたからもう一口。ちぎったこんにゃくにもちゃんと味が染みててうーまーいー!


「なにこれやわらかー! おいしーっ!」


「自分、もつ焼きとか想像しただろ?」


「うん。あれって噛み切れなくて困るんだよね。ガムみたい」


「店や部位によるけどな。美味いとこは美味い」


「はぁーっ、さすが大人な味覚の人は違いますな」


「そっちが子供なだけだ」


 しっかりめの味付けにカシスソーダがよく合う! これはカシオレじゃ楽しめなかったよね。大人味万歳!

 ちなみに隣ではぱくつきつつビールがどんどん減ってる。あ、ポテサラももちろん美味しい。

 唐揚げもそのまま真ん中において、どっちが頼んだとか関係なくつまみはじめた。もういいよね、このほうがいっぱい楽しめるし!

 最後に納豆オムレツが来たから、出来立てのうちに食べると思って寄せたんだけど返されちゃった。


「納豆、あんまり」


「ありゃ、苦手?」


「食べる機会がなくて、そのままだな」


「もしかして関西の人?」


 そういえば、言葉の端々にたまーに不思議なイントネーションが入ってる気がする。訛りとまではいかないんだけど、ちょっと違うみたいな。


「親が転勤族。子供の頃は色々転々としたな」


「なるほど。もしかしてその、人のことを自分って呼ぶのもそんな感じ?」


「ああ……地域ごとに違くてな。あんたとか、われとか、結構きつめのも多かったから自然とこうなった」


「へぇー、大変だったのねぇ」


「そのおかげで、仕事でどんな地域の人間相手でも話、合わせられるんだけどな」


「そりゃいいことだ」


 今までの経験が仕事に生きるって、なかなかないもんね。むしろそんな際立った経験もないんだけどさ。

 平々凡々と生きて、こつこつと事務作業に勤しむ。ああなんて素晴らしき平和な人生!


「おかわり!」


「俺も、生」


 納豆オムレツはばっちり美味しかった。これ絶対ご飯にも合うわぁ。



「えー、振られたって、えーっ!?」


 毎週居る店員のお姉さん(女子大生・二十歳)、ホットパンツから覗くおみ足が大変きれいな子。

 なんとなんと、告白して振られちゃったって!


「いやいや、男が見る目無いわ、だってこんな、こんな可愛い子っ!!」


「だから、絡むなよ……」


「おぉい康介っ! おい男っ! どーゆー目をしてんのさっ!?」


「俺じゃねーし」


「んもーっ! あたしが男だったらもー速攻おっけーだわ! ねぇそう思わないっ!?」


「さすがに二十歳は対象外」


「ストライクゾーン狭いわっ!!」


 ちゃんと振られて吹っ切れたからいいんですって……あぁ、いい子だわぁ……。次の恋を応援するよ!

 話に熱が入って氷が溶け始めちゃったカシスソーダをすすっと一口。うーん、薄い!


「飲み終わるまで頼むなよ」


 あたしの行動は読まれていたらしい。おかんかお前はっ!

 渋々薄いカシスソーダをちびちびのんでる間に、向こうは飲み干して注文しようとしてる。


「なんだっけ……しゃんしゃんがふ?」


「名前違うけど……もうそれでいい」


 店長も笑って作り始めたけど、正式名称が覚えづらいんだからしょうがない! 分かればいい、うん。

 そうこうしてる間にスポーツ中継が終わって、見直し解説みたいな番組になった。のんびりムード。

 終電まではもうしばらくあるから、まだ帰るってことはないだろうな。


「ちなみに今日の鬼ごっこは?」


「裏口から出たからスルーできた」


「おぉ、そりゃめでたい」


「ただ、なぁ……」


 しゃん……しゃんがふをぐびっと飲んで、またしても深いため息。幸せ逃げるよ。

 あたしも薄いカシスソーダを飲み終えたから、店長にもう一杯頼んだ。


「カシス少な目でな」


「分かったよおかん」


「おかんってなんだよ……」


「言葉通りだよ。あ、どもー」


 アルコールの調整は自分じゃまだ出来ないから、おかんにお願いしよう。

 ピシピシと炭酸を感じながら飲んでみると、十分カシスを感じた。うん、よいよい。


「そういえばここら辺知らないみたいだったけど、会社の近くではないの?」


「近いっちゃ近いが……」


「あ、詳細はいらない! 言いたくないならいいし! なんかあっても嫌だし!」


「いや、何もないし言うのも構わない。会社は隣の駅で、家はそこからまた一駅。

 そんな近くなのに、わざわざ逆方向に逃げてるってのが情けなくてな……」


「ストーキングされてるんだからしょうがなくない?」


「まぁ、そうだが……そういう自分はどうなんだよ」


 ため息を飲み込むようにジョッキをあおる。うーん、暗いぞ青年。美味しいの食べて元気出そう! メニューメニューっと。


「あたしはここが最寄りだね。会社はそっちと逆方向の駅。あ、鳥の軟骨揚げくださーい」


 お腹はいい感じにいっぱいだから、ちょっとつまめるくらいがいいよね。こんな時間に揚げ物とか、罪悪感ひどいけど!

 待ってる間にカシスソーダの炭酸も落ち着いて、すすっと飲めるようになった。

 いやー、シュワッともいいけど刺激は程々がいい。


「この辺、住んでる感じどうだ?」


「うん?」


「住み心地ってか、住みやすさ」


「うーん……住宅地は多いよ? 駅から少し離れるけど」


 住みやすさ、かぁ……。

 あたしが住んでる家というか部屋は、駅から十五分のアパートの一室。

 少し駅から離れてるから家賃はお手ごろで、十五分っても普通に歩ける距離。

 もしそれが嫌だってなら自転車ならすぐだ。駅前に駐輪場はいっぱいあるから困りはしないだろうし。

 あたしは毎日しっかり歩いてる。ちょうどいい運動だし、途中にコンビニあるし、何より駐輪場って結構高いんだよね。

 朝の数分は重要だけど、出せないものは出せない。

 それらをつらつらと話してみると、興味深そうな顔で聞いてた。


「案外、悪くないんだな」


 揚げたての軟骨揚げをぱくり。熱いけどじゅわっとこりっと美味しい! そしてカシスソーダ美味しいっ!!


「……よっぽど美味いんだな」


「美味しいよ! このお店があるのも住み心地の良さに挙げられるよ!」


「それは確かに」


 笑いながらジョッキをぐいっと。軟骨揚げもちょいちょい摘まんでるからよし。美味しいものは人を元気にするね!


「こっちも候補に入れるかな」


「引っ越しの?」


「あぁ。越してきた時は急行停まる駅がいいと思ったんだが、遠出するわけでもないし、意味無かった」


 確かに選ぶ時は惹かれるんだよね、急行。

 ここの駅は急行が止まらないってのが遠くに通う人には痛手だけど、数駅の範囲なら家賃が割安でいいことだと思う。

 あと、各駅のほうが空いてるし。おかげで毎朝座って行けてる。


「と言っても、まだ情報集めてる段階だから」


「引っ越し屋さんも重要だよね。夜逃げ屋本舗的な」


「あー……それも面倒だな」


「あら康介さん、面倒という言葉はですね」


「堕落なんだろ、董子さん」


 おぉ、覚えてくれてたらしい。色々と。


「でも面倒だな……」


「おーい」


 確かに大変そうだけどさ。ストーカーさんがどんなシフトで監視してるかによるか。

 平日の夜だけなら休日にぱーっとしちゃえばいいし、休日もだと正直きついかなぁ。

 ただ意識高い系女子だったから休日は忙しそうだよね。


「飽きればいいのにな、こんな男」


「逃げられたら追いたくなるんじゃない?」


「逃げるなってか」


「それも怖いよね。ぱくっと食べられそう」


 と言いつつ軟骨揚げをぱくっと。うーん、うまうま。

 慣れた手つきで眼鏡を外してポケットから出したハンカチでふきふき。そしてまた流れるようにすちゃっとかける。

 いいなぁ、眼鏡。あたしずっと視力いいからかけることないんだよなぁ。


 カウンターの上がきれいになった頃に、いつもの時間になった。

 適当に割り勘して、荷物を持って揃ってお店を出る。もうこの時期になると夜はずいぶん冷えるなぁ、なんて。


「じゃ、またな」


 さらっと言って、さっさと駅の方に歩き始めたけど……また、って言った、よね?


「う、うん! また、またねっ!!」


 遠くなりつつある背中に大声で言うと、後ろ手をひらひらと振ってくれた。

 また、か。また、だね。

 明日は部屋の掃除をして、すっきりしたクローゼットの模様替えをしよう。夏物はもうしまっちゃっていいかな?

 でもこないだ夏日とか来ちゃったよね。もうあの暑さがぶり返すことはないと信じたいんだけど。


「うん……来週も頑張ろう」


 一人の家を、整えよう。

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