02.偶然の再会

「……やっほー?」


「……………………」


 金曜日の夜。駅前から僅かにずれたお店の中。

 激動の気温差に四苦八苦しながらも、なんとなく一週間を過ごした仕事終わりの週末に、なんとなく足が向いた場所。

 先週食べた美味しい料理を食べたくなって、一人だけど行こうって思い立ったんだけど……。


「そっちも来てたんだ?」


「自分こそ」


 入ってすぐのカウンターに、銀色のフレームの眼鏡にほんの少し垂れた目をしたスーツ姿。

 今は驚いたように少し見開いてるけど、神経質そうな印象はあんま変わらなかった。

 テーブルの上にはまたしてもビールがドン、お通しのみ。壁についてるテレビからは、会話を邪魔しない程度にスポーツ中継が流れてる。


「隣いい? なに言われても座るけど」


「じゃあ聞くなよ」


 店内のテーブルは最小でも二人用だし、結構賑わってるからお一人様が邪魔するのも悪い。

 かといってわざわざ移動させるのもあれだし、そのまま横に腰かけた。端っこの席に居たから挟むことになっちゃうけど、まぁいいや。

 カウンターの中に居るちょい悪な感じのお兄さんは、ネームプレートを信じると店長らしい。

 目の前に居るから注文をすぐ取ってくれるのって楽でいいなぁ。


「カシオレと、ミニサラダと唐揚げとポテトグラタン!」


「またガキみたいな注文してんな」


「ガキは居酒屋これませんー」


「飯のチョイスが子供舌だな」


「それは認めようか」


 すぐさまおしぼりとカシオレが来たから、手をごしごし拭いてから勝手にグラスをぶつけた。一応ね、挨拶だよね。

 すすっと一口飲んでから、一緒に来たお通しの里芋の煮っ転がしを食べる。とろとろだけどちゃんと食感が残ってて美味しい。


「だっておつまみってお腹、膨れないじゃん。夕飯時にそれって辛いわー」


「酒で膨れるから十分」


「そんなに水分取れないし。それにここはご飯美味しいから食べないと!」


 店長さんが、嬉しいこと言ってくれるねーってサラダにゆで卵乗っけてくれた。やったぁ!

 ドレッシングは自家製らしく、和風玉ねぎにしてもらった。シャキッと感が残っててピリ辛甘な味つけがかなり好みに合ってる。

 その間にもあっちはビールを飲みほしてもう一杯。


「そんなに炭酸飲めないわー」


「そんな甘いの飲み続けるとか無理だな」


「ジュースみたいで美味しいよ?」


「酒を飲みに来てんだよ」


 そう言われればそうか。ただあんまりお酒を飲む機会が無かったから、どれが美味しいか分からないんだよなぁ。

 若い頃に、とりあえず無難なカシオレを覚えてからずっとそればっかり。冒険して潰れるのも怖いし。あと、外飲みの機会が少なかったし。


「ジュースみたいでもお酒だから、これでいいのよ」


 すぐに唐揚げとグラタンも並んで、改めて食事に挑む。

 グラタンはちょっと混ぜて熱気を逃がして、唐揚げにレモンをプシュっと絞る。

 だいぶ前にテレビで、皮を下にしたほうが香りがよく出るって聞いてそれ以来そうしてたり。本当かどうかはなんとも判断できないけど、ようは気分の問題だよね。

 そもそも、レモンを絞るって行為が外食感が増して好き。家で使うとしたらレモン汁、って商品をかけるくらいだもんね。


「美味しいーっ!」


 揚げたての唐揚げってなんでこんなに美味しいんだろう? 家では揚げ物しないから、お惣菜を買って帰るのが普通。

 いくら頑張ってあっためたところで、出来立てに勝てるはずはない!


「……美味そうに食うな」


「だって美味しいよ」


「唐揚げなんてどこで食べても一緒じゃないのか?」


「うーん……外食あんましないから比べられない。一個食べる?」


「もらう」


 レモンは全部かけちゃったから気にしない。小皿に乗せて横に滑らすと、そのまま一口にぱくり。熱いぞ、それ熱いぞ!


「確かに美味いな」


 少しはふはふしてるけど問題ないらしい。あたしなんて冷まして用心しながらかじったのに。猫舌って美味しい温度が狭いから不便だ。

 断面からの湯気が治まったから残りをぱくり。醤油と生姜とほんのりにんにく味、それにちょっとスパイスの効いた表面はご飯にも合うと思う。

 でも今日はお酒のお供、カシオレもごくっと!


「……自分、酒の限度知らないんだったか?」


「うん、分かんない。家でもほとんど飲んでないし」


「とりあえずそれ飲んだらソフトドリンク挟め。先週みたいに酔われたらめんどい」


「だからね青年、面倒って言葉は人間を堕落させるのだよ?」


「外で絡み酒してる女に言われてもな」


 それを言われるとちょっと困る。あたしは楽しかったんだけどなぁ……今日は迷惑かけないようにしつつ、限度ってものを探ってみようか。

 今後も飲むってなったら、知ってたほうがいいもんね。

 ようやく適温になったポテトグラタンを食べると、とろっとしたホワイトソースにカリカリベーコン、ほくほくのジャガイモで最高に美味しい!

 こりゃお酒も進むってもんだよね!


「おかわりっ!」


「だから、ノンアル!」


 渋々ウーロン茶にしたけど、せっかくお酒の気分になったところでこれは寂しいなぁ……。



「えー彼氏いないのー? うっそだぁー可愛いもんー!」


「だから、絡むなよ……」


 店員のお姉さんは大学生らしく、金曜日はいつもここで働いてるらしい。そしてなんと、二十歳。二十歳!

 ホットパンツからすらっと伸びる脚がもう……芸術だよね、って言ったら白い目で見られた。男のくせに若い女の子の生足拝んで何も思わないわけ?


「そういうのに対して興味ない」


「若い男がそれでいいのかね?」


「もう三十だから若くはないな」


「年寄りでもないけどね」


 ウーロン茶をクリアしてからカシオレに戻って、それもそろそろ無くなりそう。


「カシス少量でな」


 あっちも気付いてたみたいで、そのまま頼んでくれた。多少薄くてもお酒ならいいや、うん!


「よく気が回るもんだねぇ」


「気を回すのも仕事のうちだから、普段からそうなってる」


「接客業?」


「いや、営業。そっちは?」


「一般事務」


 なるほどなぁ、営業さんならそういうスキル必要だよね。うちの営業はやたらお喋りしてきてちょっと鬱陶しいけどね!

 ただそれも仕事のうちなんだなぁ……大変そう。


「そういえば、自己紹介してないね」


「あー……そうだな。先週は状況が状況だったし」


「もっかい会うとも思ってなかったもんね。あたし、須藤すどう董子すみれこ


藤原ふじわら康介こうすけ


「おー……なんか武将的なカッコ良さがあるね」


「名字だけで判断してるだろ」


 いやぁ、藤原って言えばそうなるでしょう。ちなみに歴史は苦手。


「菫に子って付くの、珍しいな」


「まぁねー、大体すみれで止まるよね」


 だから呼ばれるのも菫、で止まることが多い。名前で四文字って、少し長いもんね。でも不思議と男性名だと普通に感じるのはなんでなんだか。

 ま、感じ方は人それぞれだよね。


「ちなみに康介さんよ」


「初っ端から名前呼びかよ」


「藤原の康の介さん」


「やめろ」


 渋い顔してるから、子供の頃とかからかわれたのかな? 有名人と同じ名字って大変だよね。

 それはひとまず置いておいて、ちょいと気になったことを聞いてみよう。


「その後、どう?」


「現状維持」


 残ったビールを飲みほして、なにやら聞きなれない飲み物を注文してる。

 手早く作って置かれたジョッキは、どう見てもビールなんだけど。


「それなに? えーっと、しゃんでりあがふ?」


「シャンディーガフ、な。ビールとジンジャーエール混ぜたやつ」


「美味しいの?」


「俺は好きだけど、カシオレ舌には不味いだろうな」


 そもそもジンジャーエールって飲んだ記憶が無いな。ただ、ジンジャーってことは生姜だよね、ジュースなのに。あんま美味しくなさそう……。大人の味なんだね、きっと。

 ちょっと飲んで、おしぼりでカウンターに落ちた水滴を拭いてと、なんだか落ち着かなそうな雰囲気。


「本格的に、引っ越し先探すかな……」


「口調暗いよ」


「暗くもなるだろ。相変わらずの鬼ごっこだぞ」


「パワフルだねぇ……」


「その体力は他で使ってほしい」


 ずれた眼鏡をぎゅっと押し上げて、しゃん……しゃんなんとかがふ、をごくっと。やつれて見えるのは気のせいか、はたまた本当か。

 付きまとわれるって、それだけで十分なストレスだよね。ストーカーってならなおのこと。

 相手が相手なら、愛情って勘違いで自分を納得させることも出来るんだけどね。

 この人の相手はどう考えても納得できる相手じゃないだろうし。


「まぁ、飲みなよ。今日も終電まで付き合ってあげるからさ!」


「付き合わせるの間違いじゃないか?」


「じゃあ飲みたいから付き合いなさいよ!」


 開き直ってそう言うと、一瞬きょとんとして、そのまますぐに笑い始めた。

 って、そんな声あげて笑う? 目じりに涙浮かんでるよ!


「っ、はっはっは、あー……自分、面白いな」


「そんだけ笑うってことはさぞ面白いんだろうなって思ったよ」


「こんな笑ったのは久々だ。馬鹿馬鹿しいほどに我儘だな、ほぼ初対面の相手に」


「えーっと……嫌ならいいよ? 言ってね?」


「嫌だったら帰ってる。今更遠慮とかすんなよ、気持ち悪い」


「気持ち悪いは失礼じゃない?」


「気色悪い」


「一緒じゃん!」


「酔って絡んで、ほんと質悪いな」


 笑いながら言われても本気には受け取れないけどさ。言われてみれば確かに初対面も同然の相手だしさ。

 でもなんか、なんでか平気なんだからしょうがないじゃん。


「そっちこそ言うこと結構きついじゃん。辛み成分たっぷりだわ」


「俺は普通」


「いやいや。ほぼ初対面の相手にその物言いは無いわ。そっちこそ辛み酒だわ」


「うわ、親父ギャグ」


「親父じゃないっ!」


 その後カシオレを飲み干して、向こうもしゃんなんとかがふを飲み干したところで終電間際になった。

 料理をしっかり食べてお腹いっぱい、お酒もばっちり飲めた。今日もいい金曜日だ!

 今日はほぼ割り勘にして、お店の前で別れる。


「じゃー気を付けてねー!」


「そっちこそな」


 後姿を軽く見送って、さて……。

 明日は土曜日、気温は低いけど天気は良好。粗大ごみの分別でもしようかな。ついでに回収用のシールも買っておこう。


「ちょっとずつ、すっきりさせるかぁ」


 一人の家を、きれいにしよう。

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