からみざけ

雪之

01.運命の出会い?

 運命の出会いなんてそうそう遭遇しない。

 朝に食パンくわえて走る人とか、曲がり角でぶつかっちゃう人とか、現実に居るはずない。

 だから、運命の出会いなんて遭遇しない。




「あ…………ごめんなさい」


「……………………」


 金曜日の夜。駅前から少しだけはずれた路地でのこと。

 浮かれた気分だったあたしは、駅前のコンビニで買った缶チューハイを片手に歩いてた。

 歩き飲みなんて普段はしない。そう、普段は。でも今日は普段じゃなかったんだよ。

 なんてったって、長いこと抱えてた悩みをようやく手放すことができたから! ああ素晴らしい! 世界は薔薇色だっ!!

 ……って、ほろ酔い気分だったんですよ。チューハイの名前と同じく。

 慣れた道をぷらぷらと歩いてて、普段はだーれも通らないマイナーな地元道を進んでたんですよ。

 遠くの喧騒に、あーみんな元気ねーとか思いつつさ。

 そしたら、ねー……? 曲がり角で出合い頭に、ねー……?

 路地から大通りに出ようとしたあたしと、大通りから路地に入ろうとしたその人と。ドーンって、ぶつかっちゃった訳でして。

 それで、あたしの手には浮かれた気分の象徴、飲みかけの缶チューハイがあった訳でして。

 ええ、酒も滴るいい男ってヤツですよ、はは。

 幸い飲んでたのは白色のやつだったし、相手も上着は脱いで手に持ってたから汚れたのはワイシャツだけだった。

 これならクリーニングもそんなかからないし、いっそ弁償でもいっか、詫び代だ。

 なーんて思ってるのに、相手は一向に反応しない。

 一応謝ったじゃん? てか、これって両方の不注意なんだからそっちだって何か言ってもよくない? なんで睨んでくんの?

 だから言ってやろうかと、ほろ酔いだし!


「あの、ちょっと!」


「静かにしろ」


「はぁ?」


 なんだそのセリフはっ! 初対面でいきなり命令!? なんて失礼なヤツ!!

 ムカついたから言い返そうとしたんだけど、なんか妙に険しい顔してるし、てかちょっと息荒いし。

 え、もしかして変な人? やばい人?

 今更警戒して元来た道に引き返そうとしたら、いきなり肩を掴んできた。

 力こもってて痛い! お、襲われる!?


「ひぃっ!」


「隠れろ」


 そう言うなり、あたしが逃げようとした路地に押し込まれた。

 この道は狭いし暗いし、今思えば夜中に一人でぷらぷら歩く場所じゃないよね?

 こんな風に押し込まれたらいろいろ危険だよねいろいろとっ!?


「は、離してよっ!」


「静かにしろって言ってんだろ!」


「ひ……っ」


 怖い怖い怖い! シチュエーションにも危険を感じるけど、この人の口調が一番怖い!

 なんていうか、きつい! 荒い! 怖い!

 恐怖で固まってたら向こうは大通りをじっと見てて、そこを一人の女の人が通った。

 スーツ美人の、意識高い系女子って感じ? ちょっと急いでるのか足早に歩いてて、不安そうにきょろきょろしてる。

 も、もしかして……あのスーツ美人さんをストーキングしてるとか!?

 逃げたいけど肩をがっしり掴まれてるからじっとして存在を消してみる。

 ね、あたし居ないから。元から居ない人が消えても困らないでしょ? ほーら、その手を離しなさいな。

 あなたの趣味の邪魔はしないから。だから早く捕まれ! お巡りさんここです!


「…………行ったか」


 深ぁーいため息をしたかと思うと、ぐったりとその場にしゃがみこんだ。

 え、いいの? スーツ美人さん行っちゃうよ? 追っかけなよ、あたしのことは忘れてさ。


「自分、ここらの人?」


 しゃがんだままこっちを見上げると、大層不機嫌に仰った。この短時間で怒涛の出来事が起こったのに、なぜこんな平然としてるのか。

 てか、離されたから逃げていいよね? もう関係ないよね?

 じんわり後ずさりすると、当然ながら気づいて声が続いた。


「シャツ、冷たいんだけど」


 それを言われるととっても痛い。

 ここ最近、秋と夏をいったりきたりの天候だったけど、今日はめっきり寒くなった。こんな夜に濡れたままじゃ確かに冷たいはずだ。

 だから仕方なく、仕方なく! 返事をしてあげることにした。だって怖いし。


「最寄りはそこの駅だけど……」


「んじゃ、知ってんだな?」


「……そこそこ」


 と言っても、外食とかほとんどしないからお店とかは知らなかったり。

 だって今まで家計、きつきつだったし……でももうそれも無くなるんだ!

 仕事終わりの金曜日とか、たまにはお外でご飯とか、ちょっと飲んじゃったりとか、そういうのだって出来るようになるんじゃない?

 うわー……いいなぁ、そういう生活。


「これ、どうにかしたいんだけど」


 あ、想像に胸を膨らませてた。えーっと、シャツ? え、これって家に連れてけとか言われるの? 新手のナンパ?


「コンビニとか、夜までやってる服屋とか無いのか?」


 そういうことか。いや、うっかり、どっきり。


「ちょっと歩いたところにコンビニがあるんで……あっちのほう」


「このまま帰るとか、大人としてどうかと思うぞ」


 ですよねー……。

 という訳で、渋々コンビニまで案内することになった。


 元来た道へ戻って、何度か角を曲がるとあるコンビニ。

 駅前から少し離れてるせいか、朝のラッシュの時間帯でも程々の混雑で済んでるっていう、利用者には有り難いお店だ。

 売り上げとかは知らないけど、出来れば長く続いて欲しい。

 電子音の入店音が高らかに響いて、深夜バイトっぽいおにーちゃんの小さめのいらっしゃいませに誘われ、いざお泊まりコーナーへ。

 洗顔料とかの下に、結構豊富に並んでる肌着下着の隣に置いてある白い箱。

 最近のコンビニってすごいよね。さすが名前にファミリーって入ってるだけあって家族のように気が利くよね。

 サイズがわかんないから選ばせて、さっさとレジを通してトイレで着替えてもらった。

 ちなみにあたしが持ってた缶チューハイは入る前にゴミ箱へ捨てた。中身はほとんどかけちゃったみたいで、飲み足りないことこの上ない。

 かといってここで買ってると反省してないって思われそうだなぁ。

 って、さらっと流されてたけど、あたしは謝ったのに向こうはまだ謝ってなくない? おかしくない?

 思いだし怒りを感じながら待ってると、トイレのドアが開いた。サイズ平気そうだ、よかったよかった。

 明るい中で改めて見ると、思ったより背が高い。というか痩せ型?

 銀色のフレームの眼鏡が神経質そうに見えるけど、その奥の目はほんの少し垂れててそのアンバランスがなんとも変な感じ。

 それに手にはシャツの入ったコンビニ袋ぶら下げてるしね、そりゃまぬけだよね!


「これでチャラってことでいいよね?」


「チャラってな……」


 ぴたっと固まったかと思うと、さっとトイレの中に駆け込んだ。

 と同時、電子音の入店音が高らかに響き、見覚えのある姿が入ってきた。さっきの意識高い系スーツ美人さんだ。

 明るい中で見てもやっぱり美人だなぁ……ボンッキュッボンッ! みたいな。

 ハイヒールなのにカッツンカッツン音を立てることもなく、靴まで脚だと認識してるんじゃないかってくらい自然に歩いてる。

 いやー、ああいうのが出来る女って言うんだろうな。

 ドリンクコーナーがある場所に向かったから、残念ながら棚で見えなくなっちゃった。


「……来いっ」


「え?」


 背後から手首を捕まれると、そのままぐいっと引っ張られた。なにっ?

 後ろ向きに歩きながら振り返ると、さっきの人が妙に焦ったように大股で歩いてた。あたしの手を引っ張りながら!

 あー、そっか。ストーキング相手に姿見られちゃやばいよね。そりゃ焦るよね。

 ……このまま踏ん張って姿を見せるのが正解なんじゃない?

 って思ったものの引っ張る力には勝てず、電子音の入店……じゃなくて退店音とにーちゃんのあざーしたーって声に見送られて外へと逃走した。



「で、なんで逃げたの?」


「……なにがだよ」


 コンビニから数十メートル離れた電柱の下。今度は街灯の真下かつ人の通りがそこそこある場所で足を止め、手を振りほどいてから聞いてみた。


「シャツは弁償したんだから、もうよくない? それとももっと何かしろっての?」


「弁償は……いい、もう。てか、悪かった、色々」


 髪の中に手を突っ込んでがしがし混ぜると、深いため息と共に言われた。謝らないかと思ったのに、こうもあっさり言われるとなんか拍子抜け。


「悪いついでに……どっか終電まで隠れられる場所、教えてくれないか」


「なんで? 外のが都合いいんじゃないの?」


 スーツ美人さんはまだ出てきてないのかもしれないけど、コンビニにそこまで長居しないだろうし、ストーキングするなら待ち伏せした方が効率がいいと思う。

 って、女の敵に味方しちゃ駄目か。


「どこでもいい。ネカフェでも、飲み屋でも、女一人じゃ入りづらいとこ」


「えー……?」


 よくわかんないなぁ。ただ、コンビニでスーツ美人さんを見てからというもの、どうにもしんどそうな顔をしてるのが気になる。

 あれかな? あたしにばれたって気付いて懺悔でもしたいのかな?


「それってあたしも行ったほうがいい?」


「……そのほうがいいか」


 チラチラとコンビニの方を見てるから、やっぱり気にはしてるみたいだけど……まぁ、うん。


「いーよ。あたしもそこまで知ってるわけじゃないけど、それっぽいとこ見かけたことあるから」


「助かる」


「でも弁償はさっきので終わりだからね!」


「知ってる、十分」


 ほっとしたほうな表情を浮かべられると、なんだか悪い気分はしない。

 結構普通の人に見えるんだけどなぁ、なんでストーカーなんてしてんだろ? 何か事情でもあるのかな。

 とりあえず話を聞いてあげようか。ほら、あたし今日ご機嫌だし! ほろ酔いだし!

 というか、ここで帰ったら後でずっと気になっちゃいそう。せっかくの週末に、そんなもやもやを抱えたまま過ごしたくはないよね。



 そのままコンビニから離れるように歩いて、五分くらいのとこにあるスポーツバーに入ることにした。

 入ったことはないけど、女の子一人で入る雰囲気ではないし、テレビ中継を流してるっぽいから会話するのも気兼ねしないだろうし。

 ちょい悪な感じのお兄さんがお好きな席にどうぞーって言ってくれたから、外から見えない奥まった場所に座ることにした。


「とりあえず生一つ」


 若いお姉ちゃんが注文を取りに来て、メニューを見ることなく答えてる。ちょっと待って! あたしまだ決めてないのに!

 ドリンクメニューをバサバサめくって、どうにか見知った単語を見つけたから取り急ぎ頼むことにした。


「カシオレで」


 すぐに持ってきてくれた熱いおしぼりで手をごしごし拭うと、正面では顔面にしっかり押し付けてた。


「うわ、おっさんくさい」


「うるさい。普通やるだろ」


「お生憎さま、女はできないんですー」


「人生損してるな」


 人生に関わるほどに気持ちいいものなのか。

 いや、あたしだって化粧さえしてなければやるよ? というか、化粧溶けてもいいならやるよ? いいわけないわ!

 すっきりしたのかおしぼりをたたみ直してテーブルに置くと、代わりに置いてあった眼鏡を胸ポケットに差し込んだ。

 眼鏡してるってことは目が悪いんじゃないの? まぁ、別にいいけど。

 て思ってたら、やっぱり付けた。よく分からないことするなぁ。

 飲み物とお通しが来たところでふと沈黙。だって、乾杯っ! って間柄じゃないし、かといって無言で飲むわけにはいかないし。

 どうしたものかと思ってると、無言でカチンとグラスをぶつけられた。

 そのままガーっと流し込んで、ダンッと下した時には半分以上なくなってた。速い、速すぎる。


「酔わないでよ?」


「こんなんで酔うか」


 いや、ビール一気は酔うでしょ。むしろおつまみ食べながらじゃなきゃ普通に酔うし。

 スポーツバーなのにお通しは大根の煮物だった。予想外に美味しい。メニュー表をパラパラめくってみると、結構種類が豊富だった。

 そういえば夕飯まだ食べてないし、ちょっと頼んじゃおうかな。一応聞いてみると勝手にどうぞって。じゃあ勝手にしよう。


「すみませーん! シーザーサラダと唐揚げポテト、あとお好み焼きお願いします」


 お姉さんの明るいお返事に気分がよくなって、カシオレをすすっと一口。うーん、おいしい。


「ガキみたいなもん注文するんだな」


「ガキは居酒屋これませんー」


「大学生みたいなもん注文するんだな」


「わざわざ言い直さないでいいし」


 そもそも大学生ってガキなの? うーん……難しいところだな。成人してる子はいるけどしてない子もいる。

 というか、子って言ってる時点であたしも子ども扱いしてるのか? ごめん、大学生。でもあたしもうおばさんだから許してね。


「大学生をガキって言えるほど年上なの? どうみても二十代だけど」


「今年で三十」


「うわ、わっか! 童顔っ!」


「そういう自分はどうなんだよ」


「あのですね、女性に年齢を聞くのは失礼に……」


「先に話題振ったのそっちだろ」


「男女で年齢の言いづらさは変わるんだよ」


「男女差別だな」


「差別じゃない、区別!」


 そうこう話してる間に向こうのビールが片付いて、食べ物が届いたついでにまた注文。

 ビールですかそうですか。よくそんな苦いもの飲めるよね。とりあえず生って、とりあえず無理だよ。

 最初はみんなビールとか、飲めないのに頼んだって仕方ないじゃん。もったいないよ。

 まぁ、あたしはほとんど飲み会に参加しなかったし、会社行事では瓶ビールを小さなコップにちょっとだけって逃げ道があるから問題ないけどね。


 そんなこんなであたしは食べて、向こうは飲んでを続けてたらいつの間にやら結構な時間が経過してた。

 いやー、外ご飯って楽しい。こんな楽しいことずっと控えてたなんて、これこそ人生損してたわ。相手がどうこうはこの際どうでもいい。


「終電までって言ってたけど、何時なの?」


「0時くらい。何本か前でもいい」


「ちなみに、理由聞いてもいい?」


 さぁ、切り込むよ! 意識高い系スーツ美人さんの平和がかかってるんだ!

 いや、正直そんな正義感は無いけど。ただ単なる興味心だけど。


「……出来るだけ逃げたい」


「遠くに?」


「明日も仕事なのにそんなん出来るか」


 土曜なのに仕事なのか。大変だ、どんまい。あたしはもちろんお休みだ! じゃなきゃお酒なんて飲まないし!

 平日の晩酌とかすごいなって思う。たまに飲んだ翌日とか、起きるのすっごいだるいから。


「外、見える席じゃなくて困ってる?」


「いや、外から見えないからこっちのがいい。見つかりづらい」


「見つからないほうを優先するんだ?」


 ストーキングより逃走。見つかってお巡りさんに捕まったら出来なくなっちゃうもんね。

 うーん……ここで「よし、今からでも付きまとってくる!」とか言われたら止めるとかできるけど、この状態じゃなぁ……。


「あたしを同席させたのって、何か話したいことでもあるのかなーとか思ったんだけど?」


 懺悔とか。もしくは歪な愛情? うわ、それあたし困るわ。相槌打てる自信が無い。

 ただなぁ……あの、しんどそうだったりほっとしたり、そんな顔の理由は聞いてみたいかなぁ。


「……周りに言えるような話じゃなくてな」


 まぁ、そうだろうねぇ。ドン引きされるだろうしねぇ。


「ただ自分、俺の周りの奴らじゃないから……」


 そこで言葉を止めてビールをぐいっと。もう一杯頼んですぐにきて、ちょっと口をつけてから話が続く。


「もう、疲れたんだろうな……」


 ジョッキ片手にがっくり肩を落としてる。すんごい憔悴してるって感じだ。

 まぁ、歪な愛情ってのは辛いよね。報われないし、未来もないし。あたしはそれを知ってる。だから、聞いてあげるか!


「言ってみー? あたしとアナタは初対面だし。むしろ誰か知らないし。言って楽になるなら、聞いてあげるよ」


 残ってたシーザーサラダをもさもさ食べながら返事を待つと、ちょうどスポーツの中継も終わったらしい。

 見直し解説みたいな番組に切り替わって、店内ものんびりした雰囲気。

 そんな中しばし躊躇った末、ため息をついてから始まった。


「……あの女と会ったのは、三か月前なんだ」


 こうなりゃヤケだ! みたいな感じで髪をがしがし混ぜてから、ふてくされた顔でまた続く。


「仕事先で、妙に周りにちやほやされてた。そういう女にありがちな、同性から嫌われてるって感じも無かった。

 上手く立ち回る、出来る女、みたいなやつ」


 そりゃ……珍しい。男性にちやほやされてる女の人を見ると、大抵いらってする。その度自分小さいな! ってセルフ突っ込みする。

 人種が違うのだよ人種が。あと努力。決して踏み込めない高みというものだよ。身の程知らずめ!


「プロジェクトが終わって、こっちの会社とあっちの会社で打ち上げってか、パーティみたいなのをやった。そん時初めて、向こうから話しかけてきたんだ」


 ほほぅ、そこでロマンスが生まれたんだね。しかし悲しいかな、一方的。

 パーティっていうならドレスコード的なのありそうだし、スーツですら美人な人が着飾ったらさぞきれいなんだろうなぁ。惚れちゃうよね。


「適当に話して、適当に別れた。二次会とか面倒だし、疲れてたし。そこで終わると、思ってた」


 あらもったいない。そこってチャンスでしょ! 向こうから話しかけてくれたんだから! なにフラグ折ってんの!?


「多分、その日なんだろうな。後追って、帰り道と家調べたのは」


 ん……? え、無意識? 自分でやったことでしょ……? ちょっとおかしな感じになってきたな。あたし、最後まで聞けるのかな……。


「メールや電話は諦めた。ただ、こう毎日鬼ごっこはしんどい」


「えーっと…………ちなみに、どんくらい?」


「一か月半」


 うわー……長いよ。よくそこまで追いかけられるね。あたし無理、やるのもやられるのも無理。辛いし怖い。

 そんだけ好きなら正攻法で行けばいいのに。見た目、悪くないよ?


「そろそろほんと……こんなことで会社に面倒かけたくないし、逆ならまだしも」


 うん? 逆? さっきからなんかおかしいな。カシオレ飲んで頭冷やそう。


「女にストーキングされるとか……正直、意味わからん」


「ぶぇっ!?」


 思いっきりこぼした! おしぼり真っ赤! え、なにっ!?


「アナタがストーキングしてるんじゃないのっ!?」


「する訳ないだろ! あんな怖い女っ!!」


「あんな美人なのに?」


「見た目以前の問題だ!」


 えーっと……つまりさっきの意識高い系スーツ美人さんは、パーティーでこの人にぞっこんラブしちゃってその場で尾行して家突き止めてそれから足しげく追いかけ、もといストーキングしてるってこと?

 うわ、こっわ!


「さっきから変な顔してると思ったら、そういう勘違いか」


「いや、ほら……挙動が不審なのはアナタのほうだったし」


「逃げるのに必死だったんだよ……見つかったら最後、偶然ですねって迫ってくるんだ。どうも、偶然の出会いを演出したいらしい」


 その謎テーマのおかげで自宅付近での待ち伏せは無いらしい。そりゃ、家の前で偶然ですね! は違和感ありまくりってか怖い怖い怖いっ!!


「会社を出た瞬間から鬼ごっこの始まりだ。残業で遅くなっても、終電がある時間までは絶対に居る。

 深夜回ったらさすがに居ないのか、すぐにタクシー乗るから見えてないだけなのかだけどな」


「なんというか……愛されてるねぇ」


「こんな愛なんていらない」


 うん、あたしも欲しくない。愛は程よい重さがいいよね。重いとお互い潰れるだけだから。


「毎日タクシーなんて馬鹿らしいし、そろそろ部屋の更新だから引っ越そうと思って。だからそれまでとは思ってんだが……」


「引っ越しなんて目立つことして、転居先に来たらどうするの?」


 せっかくお金かけて引っ越すのに、また見つかったら無駄にならない?

 そう言ったらまた肩を落としちゃった。うーん、慰めの言葉が浮かばない。


「まー、飲みなさいな。終電までまだまだ時間あるでしょ? 自分で帰れるくらいになら飲んじゃえばいいよ。あたしも今日は飲みたいんだ」


「道で缶チューハイ飲んでるくらいだもんな」


「その節は本当にご迷惑おかけしたけどチャラって言ったじゃん!」


「そうだな、チャラだな。俺の話聞かせたわけだし、そっちも飲めばいんじゃないか」


「あんまお酒、飲んだことないんだよね。こういうカクテル系しか飲めないし」


「……自分で帰れるくらいに飲んでくれ」


 ちょっと嫌そうな顔をされたから、変な冒険はせずにカシオレを注文した。



「そっかそっかー大学生なのねぇー可愛いわぁー!」


 ふと気づけば、店員のお姉さんとお喋りしてた。えーっと、なんでこうなったんだっけ?

 そもそも滅多にこういうお店に来なかったし、たまに外食してもこんなことしたことないんだけどな。


「弱いくせに絡み酒とか、質悪いわ」


 正面で呆れた顔をされてるけど、楽しいからまぁいいじゃん?

 三杯目のカシオレがそろそろ無くなるから、次は何飲もうかなぁ。


「そろそろ終電だから帰る」


「えーっ、もうそんな時間? 最終の最終まで居ようよ!」


「嫌だ、めんどい」


「面倒って言葉はね、人間を堕落させるのだよ?」


「既に堕落してるのが正面に居るな」


「あっはっはっはっ! 違いないよね!」


 結局、最後に水を一杯飲まされてお会計になった。きっかり割り勘にしようとしたら、飲んだ量がどうこうであっちがちょい多めだった。

 その分食べてるから構わなかったのになぁ。


「じゃ、帰る。今日は迷惑かけた」


「こっちこそ、かけちゃってごめんねー」


「今度は外で飲むなよ」


「そーだね、素直に家かお店で飲むよ」


 駅の方向を教えると、そのまま足早に歩いて行っちゃった。くそぅ、足長いな!


「じゃあねーっ!」


 背中に向かって大声を出したら、前を向いたままひらひらと手を振られた。なんとなく様になってて羨ましい。

 あたしが同じことやったらただの怠慢に見られるだろうし。

 腕時計を見たらもう0時前。いくら明日が休みだからって、ここまで外で夜更かしするのは良くないか。

 さっさと帰って、お風呂入って、寝て、起きて、それから…………。


「かーえろっと」


 一人の家に、帰ろう。

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