後日談3 結婚前夜の追憶

 到頭明日は、俺達の結婚式だ。彼女と知り合ってから、もう10年以上も経っている。あれから彼女とは、本当に色々な出来事があったけれども、俺も彼女も根本的には何も変わらず、お互いの気持ちも変わらず、これで漸く結婚という節目を迎えることとなったのだ。


彼女と初めて会った日は、俺は彼女を見て既視感を感じた。それからずっと彼女が気になるようになり、何時の間にか唯の好意から親愛へと変わり、変わって行く。


少なくとも中学生の頃には、そういう自覚を持っていた。だけれど、まだ小学生の彼女に恋しているとは思いたくなくて、その頃は自分の気持ちを打ち消していたというのに、彼女が中学生になった途端に、俺は…自分の気持ちが一段と強く、感じられたのであった。


しかし、当初の彼女は相変わらず兄に向けるような目をして、俺には絶対的な信頼を寄せてくれていた。それでも中学生の頃は、仕方がないかもしれない。何しろあの頃は、問題のあの子がまだ猛威を振るっていた頃で、毎日のように彼女の気が休まることは中々なかったことであろう。あの子は要領が良過ぎて、まだ中学生の俺に出来ることは少なく、彼女を完全に守ることが出来なかった。


ある時、彼女にとっての転機が訪れる。彼女が放ったさり気無い一言に、ヒントを得た俺は、一計を案じることにしたのだ。あの子だって大勢の生徒達を巻き込んで、自分の立場を確立していたのだから、俺も同様の状況に持ち込んで、その上で仕返しをしようと思ったのだ。


仕返しと言っても俺自身の復讐ではなく、彼女の為の復讐だ。優しい性格の彼女のことだから、復讐なんて望んでいないと分かっているけれど、それでも…俺が我慢ならなかったのだ。前世のこともあるから、余計に………


……?……前世のこと?…何だ、それ……。意味が…分からんし。


一瞬頭の中にチラッと浮かんだ言葉の羅列に、俺は顔を思い切り顰めた。今浮かんだ言葉は、何なのだ…と。自分でも意味不明な言葉に、首を傾げる俺は。何故…そのような言葉が浮かんだのか、自分でも理解出来なかったし、何の意味を持つのか判断出来なかった。今のは…白昼夢だとかなのだろうか……


俺は…考えることを止めた。意味のないことを何時までも考えていても、それこそが意味のない無駄な時間だと思われたからだ。白昼夢ならば、それで構わないと言う気持ちに切り替え、俺は計画を練って行く。


折角、これ以上のないチャンスを得たのだから、俺はこのチャンスに全てを注ぎ込むつもりで、策略を計画していた。勿論仕返しと言っても何も、刑事事件となるような犯罪を犯そうと、そういう計画を練る訳ではなく、学校で解決するような心理的な作戦、とでも言うべきか…。これは…当たり前のことだろうが、中には実際に物騒なことを思う人が、全く存在しない訳でもないし…。


俺が心理戦に持ち込むことを決めたのは、あの子自身が普段から利用した方法でもある。彼女は、言葉の軽い虐めや悪口や無視という、心理的な攻撃をほぼ毎日されていた。それこそ何年も…。俺が知っているだけでも、5年くらいは経っている。


だから俺も、同じ方法を取ることにしたのだ。今までにも、心理戦に持ち込もうとしたことはある。しかし結果的に言えば、失敗に終わった。その時は、あの子の方が上手だったのだ。俺もあの子の本質を見抜けぬまま、挑んでしまった…という点も失敗だった。但しその時はまだ、復讐や仕返しではなかったのだけれど。


僕の家は特にお金持ちでもないし、特に何かの権力を持っている訳でもなく、よく物語などで話に聞く親の力で…というものを、俺は持っていなかった。然も、今の俺はまだ中学生だ。世間的には、子供である。元から犯罪を犯すつもりは毛頭ないが、それでも何か問題を起こせば、親に迷惑が掛かることになる。それだけはやはり、避けたかったりする。


心理戦も通用しない相手に、どう対処するかと常に考えていたが、中学生を切っ掛けにあの子の彼女への攻撃は、更に際どい噂を流されたりして、俺も…我慢の限界となる。彼女への恋心も気付いた頃だったから、尚更余計に…彼女を守りたくて。


しかし彼女の一言で、漸く解決する切っ掛けを見つけた俺は、復讐を決意することになる。そして、復讐を反対するであろう彼女を騙してでも、また仕返しを望んでいない彼女の気持ちを裏切ってでも、俺は…復讐の計画を実行することにしたのだった。それには大勢の生徒達の協力が必要で、頭を下げてでも大勢を巻き込んだ。あの子のように自分の嘘で騙してではなく、正直に事情を説明して。






    ****************************






 お陰で彼女に同情した女子生徒達が、俺に協力するというよりも、喜んで彼女に協力してくれた。そして何も知らない彼女は、同情した女子生徒達を彼女の優しさで魅了し、そうして一度味方になった生徒達は、あの子が嘘をバラ撒いたり…と何が起きても、彼女を信じてくれていた。それだけ彼女が、純真無垢だという証拠だろう。


これらの行動の所為で俺の気持ちが、他の生徒達に丸分かりになってしまったが、そのことに対しては別段、後悔はしていない。寧ろその方が余計なライバルが減って、良かったかもしれない。一石二鳥とは、使のだな…。


こうして、目には目を歯には歯を…という作戦を開始した俺たち。計画は順調に進んで行き、面白いようにあの子が罠に掛かって行く。この計画が成功した暁には、あの子の本来の性格が全生徒に暴露され、信頼を失うと同時に友達も失い、悪口を言われたり無視されたり、時には虐めという物理攻撃を受けたり、精々がその程度のことだろうけれども、俺や彼女にとっては…それでも意味のあるものだ。


あの子の評価が墜落するとともに、彼女の本当の評価が上昇することだろう。これが本来の姿だった筈なのに、もう何年も彼女は被害を被っていたのだから、この際に徹底的にあの子の評判を落とす必要があった。序でに、あの子の鼻っ柱も折らなければならないと…。二度と彼女に関わらないようにするために。


そうしてあの子との長い戦いは、漸く幕を閉じたのだった。あの子は徐々に他の生徒達から否定されて行き、最終的には登校拒否となり、俺と彼女の兄が卒業した後も、あの子は登校拒否を続けていたようだ。高校は遠くの学生寮に入る形で、高校卒業資格のもらえる専門学校に入学したのだと、彼女が卒業する頃に噂で聞いて。如何やらあの復讐は、絶大な効果があったようだ。俺は漸くホッとした。これで、あの子に悩まされることは、完全になくなったのだと…。


高校生になってからは、常に順調だ。彼女が俺の高校を選ぶように仕向け、様々な小細工はしたけれど、元々そういうのも考えて俺も進学していたし、高校ではお馴染みの顔が揃っていた。俺・葉壱・知夏・紫真・田中さん、そして華奈。俺と彼女の親しい人ばかりを、同じ学校へ進学するように、それとなく操作して。


彼女を1人にしないように、もう二度と、色々と手を回していた俺。家の力を借りなくとも、自分でそういう環境を高校では作っていた。彼女が入学する前に、そういう準備を全て整え、万が一の場合に備え2・3年時には生徒会に入ってまで、周りの生徒へ根回ししていた。


幸い高校では、そういう地道な努力も報われたのか、第二のあの子は現れなかったけれども…。それでも俺が卒業後は、俺自身が守ってやれないのだからと、その後の根回しも余念なくして。


彼女が中学を卒業する前に、「華奈。俺と付き合ってほしい。」と告白した俺に、流石にこういう系に鈍い彼女も、顔を真っ赤にして首を縦にコクンと振り、これで漸く俺にも春が来たのだった。だから、彼女が高校に入学してからは、俺と彼女は恋人として有名だったので、誰にも横やりは入れられなかったけれど、彼女は男女問わずモテて心配なんだよな…。


大学は、別々の大学に進むことになる。俺の父親は医師で、俺も幼い頃から医師を目指しており、医大は難関大も多いし同じ大学は無理だろう…と、当初から分かっていた。彼女も目指す先が短大にしかなく、もうその時点から違っていた。一応、知夏も同じ短大に行くと言っていたし、後のことは…妹に任せることにしよう。


そして今年、医大を卒業した俺と、短大を卒業した彼女は、明日が結婚式の当日となる。まだ俺は残り2年、大学院に通うことになっていたが、大学は結婚後も通うことが可能なので、俺は強引に彼女にプロポーズしていた。大学卒業と同時に結婚が出来るように、と…。この1年間は、じっくりゆっくりと時間を掛けて、結婚式の準備をして来た。そうだよ、俺は3年生になって直ぐ、プロポーズしたんだ。


 「…華奈。君が卒業したら、俺と結婚してほしい。俺には君が必要なんだ。華奈でなければ、駄目なんだ。」


俺のこのプロポーズに目を丸くした彼女は、「…えっ?…早過ぎない?」と返して来たけど、俺はこれ以上待ちたくなくて。同棲という手もあるけど、それは単に結婚を延ばしているに過ぎなくて、俺はそういうのは嫌だった。きちんとケジメを付けたいと思っていたんだ。


何度も何度も毎日のようにプロポーズして、恥ずかしさで真っ赤っ赤になった彼女から漸く、「……はい。此方こそ…よろしくお願いします……。」とOKをもらう俺。こうして結婚数か月前には、彼女と一緒に住むことにして、徐々に段階を経て行く。


こうやって振り返ると、あの子のことまで、俺は…一生涯許す気はないけどな…。そして待ちに待った結婚式の前夜に、俺は昔のことを思い出しつつ……


 「明日はよろしく、俺の未来の奥さん。」

 「私こそ…よろしくね、私の未来の旦那さま……」



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 このお話は既に終了しており、夏休み企画として番外編を更新しています。


本編が完結後の番外編 part3です。過去を交えながらの、後日のお話です。後日譚となり、今までとはまた別の人物視点です。


因みに流れ的には、番外編5の後日となっています。主人公達の結婚式前日、新郎側のほぼ追憶話です。


愈々明日が結婚式…という日の夜に、今までの思い出が走馬灯のように駆け巡る…という、状況ですね。


本文中に『猛威を振るって』とありますが、あの子=ウイルスの図に置き換えている新郎が、態とそう表現しています。新郎の意味不明の言葉は、この話には登場していませんが、実は『婚約破棄する期間は、まだ締め切っていませんが!?』の最終話近くで、その意味が分かる仕組みになってまして、まだその話は…今後に書く予定なのですが、何時になるやら……(今年中に完結予定なので、其れ迄には…)


後日譚のお話は、次回が最後になりそうです。

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