番外5 あの頃の思い出を胸に
「あっ、これ…懐かしい。中学の文化祭の時の写真だね。いつの間に、こういうの撮られていたんだろ?…全然、気づかなかったなあ…。」
今日私はこの部屋の主に招待され、遊びに来ていた。この部屋を訪れるのは、実は初めてではない。何度も遊びに来ているし、週末には泊って行くこともあったぐらいだ。片付けや掃除もしたことがあったし、料理を振る舞うこともあったっけ…。私にとっては今ではどれも、良い思い出だよ。
今日はこの部屋の主が、新居に引っ越すことになったので、現在私は荷物を纏める手伝いをしていた。もうこの部屋に来ることもなくなるし、この部屋でゆっくり出来るのも最後だと言うから、遊びに来たのに…。実際はまだ引っ越しの準備が進んでおらず、こうして私が手伝っていた。…ふう~、男の人って、こういう片付けとかが苦手なのかな…。私のお兄ちゃんも、片付けが苦手だったもんね…。
そう思いながらも私が主体となり、この部屋の片づけを先導していると、意外なものを見つけて…。それが、この写真の束だった。アルバムにも張らずに、写真の束が一纏めにされていたそれは、私達にとってはとても懐かしい写真だ。私は思わず片づけていた手を止めて、その写真の束に釘付けになる。
「…わあ。これ、全部あの頃の写真なんだね…。私が唯一主役を演じた、あの劇の時の写真…。あの頃は色々あったけど、今は
「…ああ、そうだな…。あの頃は毎日が戦争みたいに、油断出来ない日々だったからな…。」
私が手を止めて写真を見つめていると、私の直ぐ後ろにやって来た彼は、立ったまま私の頭上から見下ろすようにして、写真を覗き込む。背が高い彼は、膝を少し曲げるようにして。…ふふふっ。こういう何気ない彼の仕草を見つける
「戦争って、大袈裟だなあ~。何をそんなに、油断出来なかったの?」
私は彼の意外な言葉に、彼が何を言いたいのかを理解出来ず、首だけ斜め後ろを振り返り見上げたのである。すると彼も片づけを中断し、私の直ぐ横に座って来たのだが…。荷物を片付けているとはいえ、この部屋は広いんだよ。何故に…ぴったりくっつくようにして、隣に座って来るのかな?
「……あの子だよ。何時も君に、嫌がらせをしたり陰口を広めようとしたりと、油断ならなかったからね…。この写真の…あの文化祭の時も、そうだったよ。自分が主役になれなかったことを恨んで、裏であれこれ悪行を企てていたんだからね。俺は君を守ろうと必死で………」
「……そんなことが、あったんだ…。私、全然…知らなかったよ。話してくれれば、いいのに……」
今更だから、解禁してくれたのだろうか…。言い難そうにしながらも、明るい彼にしては黙々と、あの頃の裏話を打ち明けてくれたのだった。そうなんだ…。あの頃の彼女は、私のことがそこまでして憎かったんだね…。
実はまだ、彼には告げていないことがある。彼は昔から、彼女のことを異様に嫌っていた。中学を卒業した後も、私が高校生になった後もずっと、彼女の名前を出すだけで…名前も聞きたくないとばかりに、眉を顰めていた。だから私も極力、彼の前では彼女の名前を出さないようにと、気を配っていた。
あのお芝居では私が主役だったので、舞台上でのセリフ意外にも、心の声という形でナレーションをやっていた。ナレーションに関しては、事前に録音されたものを使用する為、暗記しなくても良かったのだが、感情が籠っていないと何度か練習をさせられたんだよね…。そうなんだよ…。ゆっくんはお芝居に関しては、思った以上に鬼監督だったよ…。
実際には時間もないのでそこまで演じなかったけど、台本には割とエグい設定も…書かれていたんだよ…。これを演じなくて…というか、私がナレーションをしなくて、正解だったんじゃないの?
「一見して3人は幸せになったのだが、実はもう二度とこの国に帰ることは許されておらず、既に他国の国民となっている為、何があろうと我が国では彼らの今後は保証しない、と王太子が指示を出していた。たとえ離婚されてもこの国に戻れない。断罪はされないものの、今後は3人の子孫も入国禁止とする。」
…いやいや。折角円満に解決した筈の設定が、暗い設定に変わっちゃうよ…。流石に3年生のクラスメイトに反対され、ゆっくんも諦めたらしいけど…。まあ…これも、今では笑い話だよね。聞かされた当初は、青褪めた私だったけど。まさかこの設定は、彼女への仕返しで計画した設定なのでは……。
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そんな風に彼が嫌う彼女から最近になり、私宛に手紙が届いたのである。裏には彼女の名前しか記載されておらず、今の住所は隠したいと言う気持ちが、見て取れた。私は緊張しながらも封を切り、手紙を読むことにした。手紙には必要なことだけを書いたと言う感じで、短めの文章が記載されていた。間違いなく…彼女の字だと、思った…。幼馴染だったから、彼女の書く文字には見覚えがある。ちょっと癖のある字を書くので、今でも私は判別できるぐらいに覚えてた。
「
…と書かれていた。まさかあの佐保子ちゃんから、お祝いのメッセージが届けられるとは、思ってもいなかった…。中学の途中から、彼女は突然学校に来なくなっていた。登校拒否というヤツである。この頃の咲歩子ちゃんには、1人もお友達がいなくなっていたようだ。学校では孤立無援状態で、あれだけいた彼女の味方も洗脳が解けたとばかりに、徐々に離れて行ったそうである。
「彼女があんな卑怯な子だと知らずに、もう何年も彼女を信じていた私が、バカみたいだよっ!…それに比べて森村さんは、酷いことを言った私達にも優しくしてくれて……。本当に、神みたいだよねっ!」
私の知らない所で、そういう風に…噂されていたなんて、小っ恥ずかしいよお~。でもさ、よく考えなくとも、昨日まで仲良くしていた友達に、いくら自分に非があると言えども、悪口言われて無視されるのは…苦しいことだよね…。1人ぼっちになって暫くしてから登校しなくなったそうだから、あれだけみんなから慕われていた立場から逆転して、辛かったんだろうね。ゆっくんやちぃちゃん達は、自業自得だと話すけど……。
2年生からは彼女とは、クラスが別になっていた私は、受験シーズンになる頃まで全く知らなくて。
彼女は3年生になっても、学校には顔を出さなかった。どうするんだろ…と考えていたのは最初のことだけで、後は自分の受験で忙しい日々となり、咲歩子ちゃんのことも頭の隅に追いやられていた。後で聞いた話では、彼女は途中からこっそり学校に登校しては、空き教室などで個人的に授業を受けていたらしい。それで何とか遅れた勉強と登校日数を稼いで、高校卒業資格のもらえる専門学校へ入学したと、後から風の便りで聞いた…私。自宅からは通わず、学校の寮に入ったらしくて、それ以降に彼女の姿を、全く見ることがなくなった。
彼女も風の便りで、私の結婚話を聞いたのだろうか…。それとも…誰かから直接、聞いたのだろうか…。それならば、相手が誰なのかも…彼女は、知っているのだろうな…。そう物思いに耽っていた私は、彼の行動に後れを取ってしまった。
「君が嫌な思いをすると分かっているのに、話す訳がないだろ?…それに君は優し過ぎるから、きっとあいつに同情するだろうから……」
「……っ!……ゆっくん………」
行き成り彼が横から、私を抱き締めて来た。彼の堅い胸板に耳を押し付ける形となり、キュンと来る以前に耳が…痛い!…あまりにも痛いので、私が離れようとするとそれを察知したのか、私の態勢を変えた状態で、またギュッと抱き締められる。
「それよりも今は…俺を見て?……あと数週間で俺達、結婚するんだよ。一足先に俺が新居に住むことになるけど、華奈も1日も早く引っ越して来てほしい…。」
「………」
…う~ん、ここ最近の彼との会話は、この話題ばかりである。どれだけ一緒に…暮らしたいのかな?…もうすぐ結婚するんだし、1日ぐらい早くなっても、変わらない気がするんだよね。彼とは夜を一緒に過ごしたこともあって、そういう事情を
「今と変わらない気が、しているんだろ?…全く意味が違うからね?…君が同じだと思っていても、俺には…違うのだからね?」
「………」
何故か、心の声を読まれたよ…。どこがどう違うのか、私にはさっぱり理解出来ないけれど、ゆっくんは拗らせると後がややこしくなるから、此処は…黙っていようかな。
「到頭、摑まっちゃったんだね…。華奈未ちゃんならきっと、大丈夫だよ。」
…という文章が、追伸されていた。意味が分からないようで、何となく…分かるような気も……。そして、追及してはいけない気もした私…。
それでも私は、幸せだよっ!…どうか咲歩子ちゃんも、幸せになってね…。さようなら、そしてお元気で……。
~~ 終わり ~~
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番外編では主に主人公視点はないのですが、前回が寂しい終わり方になりましたので、今回は本編での裏側の話を交えながら、その後の話として書いてまして…。結婚前夜ならぬ、結婚数週間前(1か月以内)の2人の日常です。
如何やら現実世界の悪役少女も、更生したかも…という雰囲気を醸し出し、主人公達のその後を描きました。華奈未と咲歩子がもう二度と再会しないのかも、と匂わせつつ…。未来の可能性は、筆者でも…分かりませんので。
一応、全員がハッピーエンドになったかも…と、期待させる展開にしました。
これにて、番外編も終了です。ここまでお付き合いいただき、心よりお礼を申し上げたいと思います。
※漸くこれで、完結扱いとなります。これも、皆様の応援のお陰だと感謝致しております。今までに沢山の方々に応援していただき、誠にありがとうございました。機会があれば、他の人物のその後も書いてみたいと思いますが、まだ未定です…。また宜しければ、他の作品もご覧いただけますと、嬉しく思います。では、また何時か何処かで、お会いできることを願いまして…。
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