脇役が重要ポジションなんて、聞いてない？！

番外４ 間違えた彼女の人生

　『南部（のべ）　咲歩子（さほこ）』は、平凡な家庭で育った南部家の一人娘であり、父親は唯（ただ）の会社員、母親は平凡な主婦である。彼女自身が我が儘放題に育った理由は、周りの人達の彼女への評価が抑々の原因であった。

父も母も割と平凡な容姿の人なのだが、何故か彼女は可愛い容姿で生まれて来た。当然のように両親は毎日、「咲歩ちゃん、可愛い。」と言ってくれたし、親戚中からも「両親に似ず可愛いね。」と会う度に言われていた所為で、彼女が物心ついた頃には相当な我が儘娘に育っていた。

その頃の咲歩子は既に、自分が一番可愛くなければ気が済まないし、自分が一番目立つのが当たり前だったし、自分の我が儘が全て通らなければ、我慢できなかった程である。そういう時に幼馴染として、『森村（もりむら）　華奈未（かなみ）』と仲良くなったのだ。

華奈未は穏やかな性格で、他人に対する配慮があり、誰にでも親切にする子供だった。彼女に対しては咲歩子の両親までが、「華奈ちゃんは偉いね」と褒めている。まだ幼い咲歩子は、「可愛い」以外の言葉で彼女が褒められる度に、無意識に深く心が傷ついていた。幼い咲歩子には納得が出来なかった。顔しか褒められない自分に対し、華奈未は他の色んな言葉で褒められるのが、正直面白くなかった咲歩子。自分の方が可愛いと思うことで、咲歩子は自分の心を癒し、自分のその時本当に言いたい気持ちに蓋をする。

その後の咲歩子はドンドン間違った方向へ、進んで行くことになる。本来は周りの人々の言葉に抉られた心の傷が、何時（いつ）の間にか華奈未という存在に、傷つけられたことになっていた。少しづつ年齢を重ねるにつれ、歪んだ意見を持つようになる咲歩子は、華奈未を段々と強く否定して行くことになる。

元々は、本当に仲良くしていた幼馴染だった。咲歩子にとっても華奈未は、自分を否定しない家族以外の人間だったのに。唯一咲歩子を丸ごと受け入れてくれた、お友達だったのに。あの頃の周りの人達の言葉が忘れられず、咲歩子は脳内で自分の都合の良いように変換していった。それが…華奈未に先に裏切られたという、嘘の記憶でもあったのだ。

人間は弱い生き物だ。特に幼い時分は、親の影響からは逃れられない。身体への虐待も多大な影響を与えるが、言葉の暴力も同じくらいに多大な影響を受けることもあり、咲歩子の場合は虐待ではなく、あまりにも大切にされ我が儘放題になった所為で、自分がもらえない言葉に彼女は傷ついた。自分が認められていないという否定に、感じてしまった…。何の変哲の無い会話の中で…。

今迄に一度も否定されたことがない彼女には、誰も想像だにしなかった程に、大きなショックを受けてしまう。両親が真っ先に自分を褒めずに、両親が自分の仲の良い幼馴染を褒めたことが、そして自分にはくれない言葉を与えたことが、無視をされたような孤独に感じたのだ。要するに、羨ましかったのであろうか…。

だからと言って自分を正当化する為に、他人に八つ当たり的な感情を向けるのは、自分勝手過ぎる心情だ。彼女の両親も、ついつい甘やかし過ぎて我が儘放題の娘と違って、礼儀正しい華奈未を自分の子供と比べてしまっていた。その感情を無意識に、咲歩子は気付いてしまったのだろう。

彼女の両親は、愛する方向を間違えてしまった。この頃ならばまだ遅くなかったのに、彼女の両親も親戚も適切な方法で、彼女に手を差し伸べなかった。お陰で彼女は、その後の彼女自身の心を狂わせてしまう結果へと、行き着くことになる。

こうして全ての自分の不条理な状況を、華奈未の所為にすることで、自分の心情を合理化して行く咲歩子。自分は何も悪くない、自分は全て正しいのだなどと思い込んで、ドンドン憎しみに変換させて、自分より人心を掴んでいく華奈未を追い詰めることで、自分を優位にしようとしていたのである。それが、華奈未がクラス中の生徒達から、無視されることになったクラス劇であり、主役の一件でもある。

結果的に華奈未を孤立させた彼女は、これで自分が全てを手にしたような気分に、なっていた。漸くこれで、今までの悩みから自分は完全に解放されるのだ、と…。そう心の底から信じ……。

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　「何で、私がヒロイン役なのに、主役じゃないの？…何で選りに選って、華奈未（あの子）が…主役の役を演じるのよ！」

そう自分の部屋で呟いた咲歩子は、自分が主役ではなかった事実に、ショックを受けていた。思えば中学生になった頃から、上手くいかないことが多くなっていた。中学に入学してからは、華奈未の味方が急激に増えて行た。それに比べて自分は、クラスが変更になる度に、自分を慕う同級生が減るような気がする。特に小学高学年からここ数年は、そう感じている。

　「…思えば、あの頃からだわ。佐々木兄妹が転校生として引っ越して来てから、私の計画が上手くいかなくなったんだよね…。」

佐々木兄妹の妹の方は気に入らないが、兄の方は気に入っている。何故ならば彼らは、イケメン兄と美少女の妹だったからである。美少女なのは自分だけで十分だと考える彼女には、妹の知夏（ちなつ）は邪魔な存在であった。だからと言っても、華奈未のように嫌がらせをしてはいけないとは、理解していた。

佐々木兄妹の兄・柚弦（ゆずる）は、彼女の理想のイケメンだ。切れ長の目にシュッとした顔立ちで、サラサラの茶髪にさわやかな笑顔、背丈が高めのスラッとした身長、などと彼女にとっては異性として、全ての理想が詰まった人物だ。顔も髪型も背丈も全てが彼女の理想であり、特に甘いマスクは彼女の好みど真ん中であり。

だから彼には良い印象を与えたくて、色々と声を掛けていると言うのに、全く相手にされていない。その上、彼の妹に嫌がらせしたとか、影口を言ったりしていたのが耳に入れば、流石に不味いと思っていたのである。それなのに華奈未のことになると、全く理解が追い付かないようで、柚弦があれだけ華奈未と親しくしているのだから、彼の妹の知夏同様に華奈未に嫌がらせすることは、彼に嫌われることになるのだと、そういう考えが持てないようだった。

それよりも華奈未に対しては、最早自分が何をしても良いという権利がある、などと謎の理論を展開していた咲歩子は、華奈未に対しての言動に対して、彼が何故怒るのかが理解出来なかった。華奈未の幼馴染という権利も、自分だけが持っている権利だと、柚弦と華奈未が幼馴染だとは認めていなかった。もうこうなれば、華奈未に単に憎しみを感じるだけではなく、執着していると言えよう。

愛情と憎しみは、紙一重でもある。強い愛情を持っていた場合は、より憎しみが強くなると言われている。ちょっとした感情の縺れから、愛情が憎しみに一瞬にして変わることも、あるらしい。感情が捻じ曲がっている咲歩子には、強い憎しみを華奈未に向けながらも、華奈未からの無条件の愛情も求めていて、愛情を自分が独占することは叶いそうもなくて、一気に全てが憎しみに変わってしまったのかもしれない…。どちらにしろ今の咲歩子には、自分の本音でさえ見えなくなってしまっているだろう。

　「何故、華奈未（あの子）ばっかり…可愛がられるの？…私の方が、モテるのに……」

華奈未が主役と決まってからは、彼女は３年の教室で劇の練習をしており、咲歩子は１年の教室で練習していた。１年の教室には何故か、同じ３年でも脚本を書いた生徒や脇役しか来ないのに。偶に３年生と合同で練習があれば、華奈未は３年の女子生徒達にちやほやされていて。それが咲歩子には、悔しくて悔しくて仕方ない。華奈未が疎ましい咲歩子は、華奈未の嫌われそうな噂ネタを用意し、部活や他のクラスでの合同授業などで、自分の同情を得ようとしていた。

なるべく噂好きの人や口が軽い人に話をしたから、これで明日には華奈未（あの子）の黒い噂が出回る筈よね…。そう心の中で呟き、１人ほくそ笑んでいたのに、次の日に学校に登校しても、自分の計画通りの状態にはなっていなくて。

　「何でよ…。昨日、あれだけ噂ネタ、仕込んでやったのに……」

黒い噂が出回っているどころか、華奈未の噂が聞こえてこない。一体どうなっているのかと、咲歩子は怒りでカタカタと手が震えて来る。何でこんなに上手くいかないのかと、下唇をギュッと噛み締めそうになるぐらいに、彼女は内心で怒り狂っていた。お陰でずっと彼女の機嫌は悪くて、イライラとしてばかりだ。

こうして明日が本番となった前日、漸く劇で着る衣装を合わせることとなり、衣装を一目見た彼女は苛立つことになる。何故ならばその衣装は、至る所にフリルが付けられ古臭くてダサいと感じる、最低のデザインだったからだ。この時の彼女は、３年女子生徒達のセンスが悪いと思い、仕方なく妥協するしかなかった。まさか自分だけがダサい衣装だとは、思っていなかったのだ。然も華奈未は超可愛い衣装を着ており、怒りに任せて…華奈未の衣装を、破ってやりたくなる程で。

舞台中では、第二王子として柚弦が登場し、華奈未とのラブラブな演技を見せつけられた。怒りで演技を一瞬忘れそうになり、何とか我慢して演じ切った咲歩子は、これら全てが自分への報復だったのだと、その後日から自分が無視される立場になることで、漸く気付き始めて…。

翌日には主役だった華奈未の株が、全校生徒の中で一気に急上昇し、逆に咲歩子の味方は、急激に減って行く。２年生になってからは、１人きりになることが増え、学校を休みがちになった。誰も行かない専門学校に進学した咲歩子は、中学を卒業する最後の時には、どういう心境だったのだろうか…。

　「……バイバイ、華奈未ちゃん。元気で、ね……」

誰もいない校庭で１人…そう呟く咲歩子は、卒業式には出席せずに此処を去るつもりだ。もう二度と帰らないつもりで。誰にも…お別れを言わずして……。

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　番外編４作目となります。最後は、この人が語ります。

※『さほこ』さんというお名前の方（かた）には、悪役令嬢的なキャラで申し訳ありませんが、この物語はフィクションですのに、気になさらないようにお願いします。

最後は悪役視点ということで、咲歩子視点となりました。彼女がこうなってしまった原因は、実は家庭環境や周りの評価に左右されていた、ということですね。一応最後は、自分のやったことが自分に跳ね返ると理解し、冷静に受け止められるようになり、自分が此処から消えることにした、という結末です。

補足するならば、誰も進学しない専門学校は、他県の遠方の学校であり、学生寮に下宿する予定です。また卒業式に出ないのは、卒業前日に卒業証書を取りに来たからです。誰も生徒が居ないのは、前日が生徒は卒業式の準備でお休みだったから、というところでしょうか…。

※本編は既に完結しています。残すは番外編のみとなり、その番外編も次回で完全に終了となります。最終話は、主人公のちょっとだけ未来のお話です。