第4部 秘匿されたお姫様

 突然のシーゼット殿下のご来訪の所為で、この卒業パーティに出席している全員に、私の本来の素性が身バレしてしまった。シーゼット殿下の仰る通り、私の本当の名は…ミーシャーナと言い、王家の血を引く一族の公爵令嬢だ。レギラーナと言う名は、私が動き回る為の仮の姿であった。


私の実家である公爵家は、王族から臣籍降下した際に賜った、臣下としての身分であり、主に王族を裏から補助する役割を持っている。良い意味ではそのままの意味であるが、悪い意味では王族を裏から操る意味も、実は…持っている。要するに我が公爵家は、王族よりも強い権力を持つ一族でもある。但し、実際には表舞台に立つのが嫌な一族で、裏から補助した方がマシだと考えただけで、王族を裏から操ろうと思ったことはない。我が公爵家は面倒な事柄に巻き込まれるのを、本心から嫌う家系なのだから。


祖父じい様もしかり、またお父様も然り、そして私達兄妹もまた然り……。それ以前の祖先の時から、面倒事を嫌っていた節があるらしい。そのぐらい私達一族は、王政に興味ないんだよね…。


公爵家に身分を変えても、一族の血からは逃れられる訳ではなく、国王陛下の命令で表で裁けない輩を、成敗したり断罪したりして来た歴史がある。それさえ面倒だと思っていながらも、矢面に立つのはもっと嫌なので、嫌々ながらもそういう立場を保って来た。だから、表立ってはそういう名の公爵家があることさえ、王族と侯爵家までの高位貴族しか、知らされていない事情がある。


公爵家の嫁はこの国の貴族ではなく、他国の高位貴族から秘密裏に嫁にもらっている。祖母も私の母もそうであるが、祖父や父が見初みそめて所謂恋愛結婚をしている。当然私もそうなる筈なのに、何故か娘が生まれた場合は、この国の王族の嫁候補となるらしい。と言っても、我が公爵家に娘が生まれたのは、私が初めてなので前例はないけれど…。


そして今、シーゼット殿下にバラされた以上は、もう我が家は幻の公爵家でも何でも、無くなったわね…。現在の国王陛下は案外と腹黒いお人だから、こうなることを全く予見出来なかったとは、思えない。きっとと、仕向けられたのではないだろうか…と、私は疑っている最中で……。


 「…もうそろそろ、我が公爵家を存在しないものとするのは、限界がありそうだな…。どちらにしろ、ミーシャが王家に嫁げば、バレてしまうことだしな…。」


…などと先日、祖父と父が仰っておられたわね…。如何どうやら、陛下の策略を祖父と父は見破られていたのかも、しれない。既にシーゼット殿下の補佐を受け持っている兄も、気付かない筈はないので、私だけが知らされていなかった、しくは私だけが気付けなかった、ということになろうか…。


『ミーシャ』とは、私の愛称である。私の存在を知る人達は皆、そう呼んでくれている。因みに、ライオット殿下は『ライ』とか『ライオ』とかの愛称で呼ばれており、シーゼット殿下は『シーゼ』という愛称で呼ばれていた。アネモネとエリザは短い名前なのでそのまま呼び捨てか、若しくは『様』などの敬称を付けて呼ばれていたかであった。あるいは…前世で言うところの、苗字呼びで。


さて現在、今のこのパーティ会場では、断罪をし始めた時点でのザワザワと騒めく声や、ひそひそと知り合いと呟く声も、シ~ンと静まり返っており、気持ち悪くなるぐらいの静けさである。誰もが私と第二王子殿下を見つめ、ポカ~ンと口をあんぐり開けていた。私の存在を知っている者達も、が、まさか普段は子爵令嬢として暗躍しているとは、誰も想像しなかったに違いない。


私がレギラーナとして振舞っていたのは、ここ数年の最近のことではない。もう何年も前から、レギラーナとして暗躍している。私がレギラーナとなる切っ掛けは、シーゼット殿下と正式に婚約したことによるものだ。私は秘密裏に陛下に呼び出され、ある密命を賜ったのである。その内の1つが、誰にも気付かれずに行動することである。その結果私は、レギラーナとして振舞うことになった。勿論、陛下からはレギラーナになれと命令されたのではなく、アネモネ達の傍で2人を監視をするようにと、命令が下っただけである。


その為には、別人に成りすます必要がある。そう考えた私は、密命を遣り遂げる為にも、異なる身分の自分を作り上げたのだ。それが、レギラーナだったのである。アネモネに近づく為だけに、私はのだ。






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 「…シーゼット殿下、酷い仕打ちですのね。折角わたくしが何年にも渡り、苦労して作り上げました子爵令嬢の存在を、僅か一瞬で終わらせられるとは…。」

 「あははは…。ごめんね、ミーシャ姫。どうせこの卒業パーティが終われば、私と貴方はこの学園に正式に入学することとなる。そうなれば、君がミーシャーナ姫だと、直ぐにバレることだ。ほんの少し、早いか遅いかの違いだけだ。」


確かに、シーゼット殿下の仰られることにも、一理あるとは思う。そうではあるけれども、それとは別に…婚約のことまで、持ち出すことはないだろうに…。そう思わずにはいられない、私だった。


 「もしかして姫は、私の婚約者だと公表したことに、不満があるのかな?…だとしたら、もう少し私のこの複雑な気持ちも、理解してもらいたいな…。それでなくとも、姫が子爵令嬢として通っている間、私は気が気ではなかった…というのに。子爵令嬢の貴方は地味な令嬢を装っているけれども、其れなりに見る人が見れば、貴方の所作1つ1つが完璧であり、とても綺麗な所作をしていると、気付くことだろうからね。貴方の正体がバレるかもしれない…と思うと、私も別人に成り切って通いたくなったくらいだよ。」

 「……ご心配をお掛けしたようで、申し訳ございませんわ。ですが、ご心配には及びませんわ。全く身バレは、致しませんでしたもの。それ程に、わたくしの擬態は完璧でしたのよ。」


流石、未来の正当な王位継承者だけは、ある。彼の仰る通りの言葉を鵜呑みにしては、駄目なのだ。国王陛下同様に彼も負けず劣らず、腹黒い部分がお有りなのよ。一見して婚約者を褒められておられるけれども、実は…婚約者であるわたくしが別人になり過ぎていて、このままバレなかったら逆にどうするのか、という責めるお言葉なのであり。


ですのでわたくしも、応じることにして。わたくしによる、私への賛辞をする。確かに普段の所作で気付かれては、元も子もないですので、そこら辺も完璧にこなしている。別に自分が、完璧人間だとは思っていないけれど…。


 「私が心配しているのは、それだけではないのだよ。貴方に余計な虫がつかないか…とか、貴方に不埒な真似をする輩が近づかないか…とか、貴方が誰かに誘惑されないだろうか…とか、兎に角心配でならなかったのだよ。ミーシャ姫は愛らし過ぎるからね。以前のように頻繁に会えなくなり、私だけがそう思っているのかと、懸念していたのだよ。」

 「………シーゼット殿下。………」


…ううっ。これは…殿下に、先手を打たれたわね…。余計な虫も不埒な輩も、誘惑する誰かも全て、同じ意味合いだと…思うもの。実は、わたくしが子爵令嬢なのを良いことに、子爵よりも身分の高い子息達が、わたくしを弄ぼうという意味で声を掛けられたことがあり、それを何故かシーゼット殿下は知っておられるようで…。


何故に…バレたのかしら?…わたくしは一切、誰にもこの真実を話しておりませんのに…。ハッ……まさか、シーゼット殿下に報告する者が、存在するの?…この大勢の生徒達の中に、そういう存在が居るのね…。アネモネを監視するわたくしを、更に殿下は…監視しておられたのかしら…。


王族を裏から補助する役割を持つ公爵家、その一族であるわたくしも、流石に国王陛下やシーゼット殿下には、ということね…。わたくしが未熟だとか以前の問題、だと思うけれど。…いや、そうだと思いたいわ……。


今やこの卒業パーティ会場という空間は、わたくしの招待がバレた時とは比べ物にならないぐらい、異様な静けさと空気の重さが感じられていた。まあ、そうなるわよね…。第一王子を断罪する者達が、王族の第二王子&王族に並ぶ公爵家の令嬢とは。実際にあの3人は真っ青を通り越し、真っ白になりかけの廃人みたいで…。


エリザはあまり動揺しないのでは…と思ったが、第二王子であるシーゼット殿下の噂を、知っているみたいだ。どういう噂かと言えば、シーセット殿下が非常に優秀であり、王太子に選ばれる可能性が高い…という噂だ。実際に陛下の心中では、既に彼を選ばれていたことだろう。しかし貴族達の中には、王太子妃の座を狙っている者達もおり、今のところまだ学園に入学もしていない殿下を、皇太子と公表する訳にはいかなかったようである。


先ず第一王子をどう扱うかとか、そして未だ未公表の第二王子の婚約者の存在とかが、シーゼット殿下を正式に立太子させることが、困難な状況となっていたのだろう。まさか、ライオット殿下を廃爵するかもしれない…という状況で、学園に通わせる訳にはいかない。このように状況とならば、貴族達も仕方がないと判断するだろうが。


エリザもまた、シーゼット殿下とわたくしとの遣り取りで、わたくしの立場がアネモネや第一王子であるライオット殿下よりも、上位の立場であることを理解出来たようだった。そしてシーゼット殿下が、ライオット殿下とは異なり、見掛け通りの人物ではないことを、エリザだけではなくこの場に参加した全員が、理解した瞬間では…ないだろうか…。


相変わらず、飄々としたおかたですね。、わたくしの婚約者で良かったと、心底思いましてよ。






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 前回、子爵令嬢レギラーナの正体が判明しました。


今回は、姫扱いされる公爵令嬢ミーシャーナが、子爵令嬢レギラーナを名乗っていた経緯が明かされましたね。第二王子殿下は、如何やらミーシャーナにベタ惚れのようです。


これで断裁は、ほぼ終了となりそうです。


※読んでいただき、ありがとうございます。昨日に引き続き、投稿となりました。

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