第3部 断罪をするのは、私?

 「……レギラーナ。どうして…貴方が、陛下のお手紙を預かられておられましたの?…どうして貴方にこのような重要事項が、ゆだねられておりますの?」


アネモネが疑問に思うのは、ある意味当然だ。私はレギラーナという名前の子爵令嬢であり、本来ならば王族どころか王子殿下とも、気軽に話すことも出来ない身分である。それなのに、私が国王陛下の手紙を預かっているのは、異例中の異例な出来事だろう。どうやって陛下に取り入ったのか…と、そう思われても致し方がないことだった。


私の家が子爵家でも大金持ちだとか、王家の血筋を引いた縁者が我が子爵家に嫁いだとか、父親しくは兄弟が国に貢献したとか、実は私がこの国一若しくは世界一の美女だとか、そういう表向きの理由があるならば、アネモネや他の貴族達も納得するのだろうが…。王子殿下でさえ、その理由が分からないのだから、今の私には納得できる理由がなくて…。一応、我が子爵家は商売もしており、其れなりに裕福ではあるが、だからと言って陛下に直接会えるほど、権力がある訳ではない。


王家の血筋を引いた縁者は、間接的ならば親戚には存在する。しかし、我が家には直接繋がっていない。父や兄弟が国に貢献は、特には…していない。特に王家に貢献しているとは、言えないだろう。私=傾国の美人という説も有り得なくて、…というのが、周りからの私への評価だった。こればかりは私の努力でも、どうにもならないもの…。


さあて、どうご説明を致しましょう?…私のこの一瞬の遅れが、私の失敗であったと思う。そう、私は…上手く説明が出来なかった、いや、説明が出来なかったというよりは、説明すらさせてもらえなかった、というべきだろう。私の言葉で説明する暇が、もらえずに。全ては遅かった、という意味で。


私が一瞬を置いた所為で、ある人物にその隙を突かれてしまった。どうこたえるべきか…などと考えていて、その間を空け過ぎたようだ。応えようと思った瞬間には既に遅く、たった数秒の差でその人物に、乗っ取られてしまっていた。


 「…彼女は、私の婚約者だよ。そうだよね、レギラーナ…。いいや、君の本当の名は、王族の正当な血を引く一族、ドラン公爵令嬢のご令嬢で、もう1人の姫と呼ばれる、ミーシャーナ姫君だ。」

 「……シーゼット…」

 「……シーゼット殿下……」

 「………えっ?!」


王立学園のこの大広間である、卒業記念パーティが開かれていた舞踏会場は、まるで時が止まったかの如く、静まり返っていたその時を狙い、私の不意を突いたとある人物が、朗々と応えたのだ。特に大声でも高い声でもないのに、で、普段からこういう場に慣れている人物は、どう発声すればどう響くのか、声の出し方を把握しており、部屋の隅々にまで響き渡らせる。王子殿下とアネモネは、彼を知っているようで驚きの表情をし、反対にエリザは誰だか分からず、呆然とする。


もう1人の姫と呼ばれる理由は、王家に王女が1人存在するからだ。その王女と比べられる程、公爵令嬢ミーシャーナは、王族の正当な血を引いた公爵家の令嬢だ。この真実は貴族と言えでも、高位貴族にしか知らされていない、秘匿された情報なのだ。そしてそういう高位貴族でさえも、ミーシャーナには会ったこともなくて。要するにミーシャーナは隠された存在であり、この場には彼女を知る者は、誰も居なかった。とある人物を除いて。


たった今この場に登場したのは、この国の王族・ライオット殿下の実弟に当たる、シーゼット第二王子殿下だ。シーゼット殿下の婚約は、彼の婚約者が未だ秘匿されるミーシャーナである為、一部の関係者だけの秘密である。彼と彼女は、彼女が生まれた頃からの幼馴染でもあった。


本来ミーシャーナの婚約者候補はライオット殿下だったが、その頃には彼の愚かさが目につき始め、将来を危惧した陛下に婚約者候補から外された。第一王子が王家から離れるのを前提として、彼が婿入りするのに丁度良いと、公爵令嬢のアネモネが最終的に選ばれたのである。


こうしてミーシャーナの婚約者はシーゼット殿下となり、彼女が5歳の時に正式に婚約した。内々には決まっていたものの、正式に決定したのはこの時だ。第一王子の問題もあった為、一応は本人達の意見も取り入れられた形で。


シーゼット殿下とミーシャーナは同い年で、2人共まだ王立学園には入学していなかった。ライオット殿下が卒業した後に、入れ替わるようにして2人は入学することとなる。今までのミーシャーナは表舞台に上がることもなく、存在さえも知られていないが、学園に入学することで全てがバレることと、なるだろう。学園に通うのが、は。






    ****************************






 「…王族の正当な血を引く一族?…もう1人の姫と呼ばれている、ミーシャーナ姫だと?…誰なんだ、それは……」

 「……っ!?……レギラーナが……ミーシャーナ姫?!」

 「………?」


シーゼット殿下の発言には、三者三様の反応である。ライオット殿下は、王族ならば誰もが知らければならない筈なのに、公爵家の令嬢ミーシャーナの存在を知らないとは、余程のおバカだと証明しているようだった。いくら陛下や教育係が教えなかったとはいえ、なのよ。


それに対し我が儘なアネモネは、王太子教育をきちんとこなしていたようだ。同じ公爵家の令嬢として、ミーシャーナの存在も知っている。身分的にはミーシャーナの家の方が上であり、そういう事情も心得ているアネモネの顔からは、血の気が引き真っ青になっていた。そうよね…。上の身分のご令嬢を自分の取り巻きとし、命令をくだしていたのよね。今更後悔しても、遅いわよ。


エリザもまた、ミーシャーナの存在は全く知らないようだった。ミーシャーナの存在は公爵家ごと秘匿され、高位貴族しか知らされていないのだから、仕方がないことだと言える。しかしエリザの場合は、ライオット殿下と同レベルで、全く理解出来ていないようなのだ。もう1人の姫と呼ばれるぐらいなので、相当なレベルで高貴な身分の人物なのに、考えが及ばないらしくて。本当にKYだよね、彼女は。


 「本来彼女は、正当な姫となる一族なのですよ、兄上。元々、この国の正当な王族の血筋だったおかたが、王位を弟に譲り渡して、今のドラン公爵家を創られたのですよ。ですから、ドラン家ご令嬢の彼女に敬意を込め、姫と呼ばれているのです。実際に彼女は、そう呼ぶに相応しい人物ですね。私達の妹とミーシャーナとは、仲の良い姉妹のようですよ。兄上は未だに、ご存じなかったのですね?」

 「………」


…ふう~。相変わらずシーゼット殿下は、腹黒いお人ですね…。暗に兄上だけ知らされなかったのだと、仰っておられます。流石におバカなところもあるライオット殿下も、その意味には気付かれたのね…。兄弟仲は悪くないけれど、こういう時のシ-ゼット殿下が怖いのだと、身をもってご存じなのだろう。視線がめっちゃ…泳いでるわ…。


 「レギラーナという人物は、皆さんがご存じの通り、子爵家の令嬢とされておりますが、実はあの子爵家にはご令嬢はおられません。ミーシャーナが身分を隠す時に、隠れ蓑として使用する名前ですよ。あの子爵家は、ドラン公爵家の遠い親戚に当たりますので、身を隠すには丁度良いのですよ。」


…はあ~。これまで苦労して作り上げて来た、レギラーナの経歴や人物像などが、一瞬にしてシーゼット殿下によりバラされてしまう。私がどれ程努力して、作り上げた設定なのかは、彼も…ご存じだった筈なのに。


ふと、そのシーゼット殿下と視線が絡み合い、私の想像以上に彼が怒っているのだと、気付かされた。私が国王陛下からの手紙を持参した時点で、陛下は私という存在を利用されたのだという事実には、私自身も違和感を感じていたが、それでもこの3人に罰を下す以上、私の身分が有効であることは、私も十分に理解出来た真実でもあり。何かこれ以上の揉め事が起きた場合、私の身分をバラしてでも、私が責任を取る形なのであろう。


元々陛下はこれを狙っておられ、そろそろ婚約者としてお披露目したかったのかもしれませんが、その方法が…間違っておられませんか、陛下?


これ以上揉めれば、私の身分が子爵程度では、陛下が頼んだ云々うんぬんは横に置かれて、私が裁かれることになるだろう。その時にこそ、本来のミーシャーナとしての身分は盾となる。要するに、『断罪という攻撃』のほこと『姫に相当する身分』の盾を、私は持っており、陛下が登場するまでもなく、を…。


ところが、この事実を面白く思っておられなかったのが、シ-ゼット殿下である。いくら今現在、陛下の方が身分は上であるとしても、本来の王家の血を引く一族であるとして、シーゼット殿下は…まるで騎士がお姫様に仕えるが如く、特段に私をお姫様扱いしてくださるのだ。


正直に言えば、私は非常に恥ずかしい…。本来の私も、お姫様という柄でもなければ、お姫様と言うような容姿でもない。勿論、王族に血を引く以上は、礼儀作法は完璧であっても、姿のだから。


まあ、そういう自分の心情はこの際、脇に置いておくとして…。私は再び3人を見つめると、漸く事の重大性に気付いたのか、3人共私と目が合うだけで、ビクッと反応して。…あららっ?…これは、必要以上に恐れられてます…?


漸くヒロイン・エリザも、私の身分が理解できたのね。そうよ、わたくしが王家同等の権力を持つドラン公爵家の令嬢、ミーシャーナですわ。この場にいらっしゃる皆様、以後お見知りおきくださいませ。






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 今回は、子爵令嬢レギラーナが、一体どうして断罪する権利をどうやって手に入れたか、に焦点が絞られます。


子爵令嬢レギラーナの正体が、今回初登場した第二王子殿下に、呆気なくバラされてしまいました。ある意味、王族よりも権利を持っている公爵令嬢です。第一王子殿下と言えども、軽く扱えない人物でした。



※読んでいただき、ありがとうございます。編集が遅れ、本日投稿となりました。

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