趣味の時間
「趣味と呼べるものが何もなくて」という人が一定数いることに驚く。
自他共に認める風流人の私など、時間さえ許せば引きこもる理由などいくらでもある。
一昨日Amazonから届いた数論の問題集しかり、一向に上達しない油絵しかり。
来週末には大学のマジックサークルに所属する学生たちが自宅に習いに来る。そのために長崎の知人に真鯛のいいヤツをお願いしている。
そしてこうして「無趣味です」という人たちに向けた嫌味な作文を打ち込んでいるこれも、私にとって大事な趣味の時間である。
ゲーム音楽バンド『ゲーマデリック』のドラマーN'GJA氏とは10年以上のお付き合いになる。
きっかけはマジックだった。たまたま同じマジック教室に通っていたことと、偶然にもご近所だったことから、毎週水曜日の午前中は決まって我が家に集まり、あーだのこーだのという会を開かせていただいていた。
一回り以上年下の私にも丁寧な言葉を使っていただき、マジックに限らず、今でも迷った時は言葉をもらいたい先輩である。
マジック教室とはいえども完全にプロ養成所あり、師匠は業界でも大辛で通った人だった。習った翌週には、教室の後ろで腕組みしている師匠を前に実演をしなければならず、そのストレスに耐えきれず途中から行方不明になる生徒が何人もいた。
にもかかわらず当時の私は教室で何度か手に覚えさせたあと、その日のうちにメモをまとめるでもなく、直前にポイントだけ確認するだけで翌週に臨んでいた。
そんな舐めた態度で何とかなってきたのは、ひとえに”N'GJA氏ノート”のおかげである。N'GJA氏のノートは、プロットから使用する技法、そしてセリフのタイミングなど、教室での内容をすべて吸収したものだった。
水曜日にいただくノートのコピーがなければ、毎週全員の前でこうべを垂れたまま師匠の小言を浴びなければならず、打たれ弱い私など教室から蒸発していたことだろう。
ちなみにN'GJA氏はプロマジシャンを目指していたわけではなく、あくまで趣味を突き詰めた結果として、業界でも知られたこのハードな教室に申し込まれた。
「よく”趣味でやってるだけなんで”っていう生徒がいるんですよ。でもねぇ、趣味だから全力出さなくていいなんてあり得ないと思うんですよ」
N'GJA氏は今でも週に3日ほど某音楽教室でレッスンを持たれている。
教える側であり、教わる側である氏の趣味への姿勢は一貫している。
先週のダメ出しが直らない生徒の「趣味として楽しんでいるだけなんで」という言い訳に首をかしげておられた。
趣味とは、己の無力さを知るための旅である。
有名人であるか、いくら投資できるかなど関係ない。
謙虚ささえあれば絶望こそしないが、ちょっとしたことに疑問を持てなかった自分に打ちのめされる連続である。
やがて、その道の「プロ」と呼ばれる領域が分かってくると、趣味はぐっと面白くなる。その歩んできた距離の長さと険しさに驚嘆するとともに、どうしたらその領域に近づけるだろうと考えることは、大いに知的好奇心を満たす。
その素晴らしい「趣味の時間」について、イノベーションが起こっている。
ユーチューバーの活躍である。料理しかり、マジックしかり、ピアノレッスンからiMacを使ったイラストの描き方、Officeソフト講座など、本来月謝分でしか得られないノウハウが、ユーチューバーたちによってソファに寝転がりながら楽しめるコンテンツになっている。
ともすれば、素材さえ手元にあれば、月謝袋を提げて通う時代は終わったかのようにも思える。しかし、深くかかわってきた分野を通じて見ると、やはりユーチューブ学習には根本的な問題があると言わざるを得ない。
マジックの種明かしチャンネルが再生回数を稼いでいるという。注目コンテンツであることは間違いないだろう。
しかし同じように種明かしをおこなう「教室」と、ユーチューブのコンテンツ動画ではそもそも目指すものが異なっている。
種明かしユーチューバーたちは、視聴者がきちんと演じられるようになるかという責任について負う必要はない。よってテンポよく種明かしを詰め込み、再生回数に連動していくら入ってくるかのみ考えていればよい。
マジックを成立させるには、トリック部分より「演じ方」や「セリフ・間」のほうが圧倒的に大事であることをプロは知っている。
つまり「種明かしの質」という意味で言えば、彼らの動画はせいぜい20点だ。
アイデア単体はパテントで守られないことをいいことに、一部の目立ちたがり屋たちに利用されている現状を苦々しく思う。
その問題を一度脇に置いたとしても、少なくともマジックにおいてはユーチューブを教材とすることはお勧めできない。単に知的好奇心を満たすだけなら最適だが、人前で演じた場合恥をかくのは必定である。
その観点から、他のユーチューブチャンネルもどうなのかと思う。
いつの間にか我々はソファから立ち上がることもなく情報を得ることに慣れてしまい、1.75倍速で再生し、学んだと錯覚するようになった。
功罪の功の部分についていえば、教室で恥をかくという恐るべき挫折から守られ、くつろいだ姿勢のまま延々と知的好奇心を満たしてくれる。
だが、本当にそれでいいのだろうか――。
現在新作にとりかかっている。これもまた私にとって大切な趣味なのだが、先日初めて執筆のための取材をおこなった。
twitterからその道の草分けをたどり、アポを申し込んだところ快くご協力いただいた。おかげでディティールにこだわった世界観が展開できそうである。
ところが取材における質問の仕方には大いに反省をしている。氏の寛大さと親切がなければ、ほとんど収穫のない取材になっていた。
わたしはプロの作家ではない。執筆は趣味にすぎない。
ただこうした恥が、また一段と趣味の楽しさを濃くしてくれると思うと、これからも恥の多い人生を送っていく自信をもたらしてくれた。
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