恋愛体質
12月31日にお誕生日を迎えられる俵万智さんの『チョコレート革命』に、「『愛は勝つ』と歌う青年 愛と愛が戦うときはどうなるのだろう」という短歌がある。
”愛さえあれば”というが、愛のためにすべての罪が赦されるわけではない。
万能調味料のように使われる「愛」という言葉のきらめきを、一旦否定せんとするこの歌の鋭さには頭が下がる。
やはり私にとって愛とは、傷つけ、人を死に至らしめる類いのものだ。そこから得られる幸福とは「盲目さ」であって、それによって増したスピードで何度も瀕死を味わっている。
小説『ノンストップ・アクション』シリーズでもいくつかの恋を描いてきたが、本当の恋は一度だけだったのではないか。
”北京の姉”として登場するY・Zとのことだ。
最後までお読みいただいた方はすでにご承知の通り、その恋は叶わぬまま5年ほど前に星となった。
私の恋に寄り添えるのはスティービー・ワンダーの歌ぐらいで、尽くして、尽くして、利用されていると分かっていても、理性からそれを追い出してまで尽くす恋だ。
どうしてそんな形でしか気持ちを表現できないのか。
たしかに可愛がられなかった幼少期に起因するのかもしれない。子供のころから薬に頼らなければならなかった病弱さにも原因を見て取れる。あるいは自己肯定感の薄さゆえ、他人にどう思われるかを極度に気にする異常体質になってしまったともいえるかもしれない。
しかしだとすれば、そんなコンプレックスを真正面からぶつけられた相手のほうが、利用された私よりも不幸だったのかもしれない。
小説『ノンストップ・アクション』シリーズでも取り上げているが、私が放浪の旅に出るようになったのは失恋がきっかけだった。
当時、私には上海人の恋人がいた。その彼女を日本に連れてくるため、私の大学1年はほとんどアルバイトで埋まった。ところが娘の将来を案じた向こうの両親が彼女に金持ちの次男坊を紹介したことによって事情は一変した。
”それでもわたしはあなたが迎えに来てくれるのを待っています”という言葉を盲信し、せっせと二人の将来のために働き続けた。やがて、金持ち次男坊から新築マンションの鍵が送られたことによってこの恋は終わった。
”それでも諦めきれない慕情を整頓するため”の旅が、やがてシリーズ化へと続いていった。
「…今だったらもう少し賢く恋愛できそうだよね」
先輩の言葉通り、ある程度自分を俯瞰できる年齢に至った今なら、もう少し現実を見れるのではないか。しかし根本的な問題は、恋愛における不器用さや舐め犬気質ではなく、わたしの”惚れっぽさ”こそ問題ではないかと感じる。
わたしは終始、恋をしている。街で、仕事で、常に笑顔をふるまい、良い人と思われたいとしている。
昔お付き合いしていた方から、「みんなに笑顔を振りまくのをやめて!」と真剣に怒られたのを思い出した。食事がすんだテーブルを布巾でキレイにしてから立つことの何処がおかしいとはね返したが、「会計の時まで店員さんに笑顔を振りまいちゃって気持ち悪い!」とだいぶご機嫌ナナメだった。
私の”尽くし過ぎてしまう”対象は恋人にとどまらず、あらゆるシーンに及んでしまう。カノジョいわく、”ファンサービスのいい芸能人じゃあるまいし!”と揶揄されるほどで、博愛というきれいな箱には収まりきらない大袈裟がある。
一つには、(実父のように)横柄な人間が大嫌いなのだ。特にそれなりの地位や年齢の人間の尊大な態度を見ると、横っ面を引っぱたいて「表に出ろや」とやりたくなる。
なぜ「ご馳走様でした。とても美味しかったです」とか、「ありがとうございました。おかげで助かりました」の一言が言えないのか。
長く接客業やサービス業をしてきた側だからか、私はそういうことにはうるさい。
決してエプロンを付けた店員さんのLINEを聞きだそうとしているわけではなく、ただ「今日もお仕事頑張ってよかった!」と思ってほしいだけだ。
一年を振り返るニュースを見ていると、なぜその程度の愛も振りまけないのかと呆れてしまう。特に今年は政治方面でその種のニュースが目立った。
だがニュースだけではない。愛という言葉にすべてを投げ出した仏頂面の多さに悲しみさえ滲む。
愛の何たるやを語る言葉を持ち合わせていない。そもそも古来より語りつくされてきたテーマではあるものの、いまだに人類はスッと胸落ちする一文にたどり着けていない。これは決して作家や哲学者たちの敗北ではなく、これからも色々な角度からの切り込みがあっていいのだと思う。
さて年の瀬である。
部屋の大掃除そっちのけでお世話になった方々へのお礼に忙しい。
ちょっとしたお客様アンケートにも必ず直筆でビッシリ書くタイプなので、いまだに年賀状から卒業できない。もし私が物書きを名乗るのならば、こうした古風さは保っていこうと思う。
新年まであと2日。お世話になった顔を思い浮かべて気持ちを伝えてみるのはどうか。
…思えば、姉さんとはひたすら古風だった。二人の間にあったのは、どれほど季節が巡ろうと決して実を結ぶことのない花。確かめ合うでもなく、特に言葉に託すわけでもなく、静かな想いを寄せ合ってきた。
その姉さんの命日が今年もやってきた。もう6年になる。
<…小説読んだけど、大事な部分が書かれてないわよ>
そんな声を聞きつつ、Y・Zが好んだPriKatzというドイツのモーゼルワインを注ぎ足す。ベランダで北風にグラスを掲げる…。
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