まわるまわるよ、時代は回る
馬喰横山に「蔦屋重三郎耕書堂跡地」という案内が立っている。
歌麿や写楽を発掘し、日本人なら一度は見たことがある錦絵等を世に出した寛政年間の版元である。写楽もこの青を見上げたのだろうかと、コンクリートに挟まれた狭い空を見上げたりしてみる。
都営新宿線「馬喰横山」駅と聞いて、”日本橋横山町問屋街”と繋がればいいほうだ。服の問屋街として賑わったのはかつてのことで、今は日中歩いてもほとんどが重たいシャッターを降ろしたままだ。業者トラックの出入りもあまり見かけない。
ところが、「一般のお客様はお断り」と掲げたままの店舗も少なくない。
大きなお世話だが、ただですら斜陽にある問屋業において、なかなか豪儀である。
志ん朝の落語に登場する横山町といえば、鼈甲などの小間物問屋が並ぶ商人の街で、日本橋・浅草に挟まれたここもさぞ賑わったことだろう。
それが今や「貸テナント」の張り紙が目立ち、昼時の路地裏には、同じく時代に追いやられた喫煙者が肩を寄せ合っている。
むしろ、「街」という責任者不在が、時代に取り残される原因になってしまったのか。
浅草や蔵前、最近では兜町…。
賛否あったオリンピックが行われた一年が暮れようとしている。その東京においても、まだ昭和を終えられていない一帯がいくつもある。
個人はどうか。
威張ることではないが、時代遅れには自信がある。
”オレ、スマートフォン始めるぜ?”と恥もなく周りに喧伝したのはほんの2年前。そのスマホには、いまだに電子マネーの類は入っていない。
ポケットに突っ込んで持ち歩いているものの、それは単なるカメラ代わりであり、万歩計に過ぎない。
マッチングアプリで友達を見つけ、スマホで株の売買を行う後輩たちからすれば、まだ俺のところに”ご維新”はやって来ていない。
どうして人は、そして街は、潮流を読み間違えてしまうのか。
確かにこの世は情報が多すぎる。朝から20分で読み切れない朝刊を広げ、昼に定食屋に入れば、つけっぱなしのテレビが小室圭がどうのと”死ぬ程どうでもいい”を大音量で騒ぎ立てている。
四六時中スマホに流れてくるヘッドラインニュースを気にし、休日はと言えば、映画なり本なり、やはり詰め込むことこそ至上として暮らしているが、週末の脳にそれほどのゆとりはない。
60年代の社会学者がすでに予言した通り、供給過多により、かえって人々は情報を拒否するようになっているのだろう。
小説『ノンストップ・アクション』シリーズの頃、海外にいることの一番の愉快は、どうでもいい情報をほぼ完ぺきにコントロールできたことである。
当時はインターネットもさほど発達していなかったため、海外にいてまで世の悪や芸能スキャンダルに追い回されなかった。
情報が多すぎるというのも障害だが、本質的な問題は「フィルターのかけ方」にある。
日々を処理するためのフィルターがあまりにも趣味的セレクトなため、平均点を下げる原因になっている。
<国際>欄はよく読むが、補正予算がどうなったかなど関心の外だったり、業界チェックは欠かさないものの、今年の芥川賞候補がどうなったかなどまるで知らないというような人々にあふれている。
情報を選ばざるを得ない状況が悪いといえばそれまでだが、賢く選んだつもりが、片寄った知識を生み、致命的な時代遅れを生む。
さて、年の瀬である。
書店には、先行き不透明な2022年を占った様々な本・雑誌が積まれている。最近その中の1冊を手に取った。
『BCGが読む経営の論点2022(日本経済新聞社出版)』には、アフターコロナを見据え、どのような前提と戦略がビジネスリーダーに求められるのか解き明かされている。
この手の本が煽る”来たる大崩壊時代”には眉唾なものが多いが、本書で取り上げているカーボンニュートラルや米中摩擦による地政学リスクは、決して預言者による煽動的発言ではない。リモート化による「中間層の地位の不安定化」など、なるほど国境を超えて到来するだろう。
コロナによる行動変容やデジタル化への加速は、「いつか起きるべきことがコロナを契機に前倒しで起こった(本書)」とし、その上で「不透明さへの耐性を高めよ」としている。なかなか要求は高い。
不透明であることに慣れろ、ということは、つまりシナリオ構想力なのだ。
「経営リーダーは『本当に起こるのか?』ではなく、『起きた場合にどうするか?』という問いに集中すること(本書)」
知性とは、やはり当事者意識であることがここでも証明された。
「そのうち何とかなるだろう」、「ウチは昔からこのやり方でやってきたから」と鷹揚に構えているうちに、とんでもない沖に流されている。
無知や無関心にも許容範囲があることを知り、有機的な中で自分の果たすべき役割を考えることこそ、”時代遅れ病”を防ぐためのセルフメディケーションではないか。
人の心も、街に降り注ぐ日差しも、数年先は不透明だ。
揺らがぬ自信が欲しい。どのように世相が変わろうと、変わらぬ微笑みと謙虚さを持ち続けたい。
江戸古くは商人の街として賑わった馬喰横山の空は、今日も曇りだった。
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