コロナ体験記

 42歳の朝を迎えた。相棒のミニチュアピンシャー・チロル君も今日で12歳。めでたく迎えたい朝ではあったが、命日とならなかっただけでもありがたい。

 Twitterでは既にご報告の通り、去る8月10日とうとうコロナ陽性患者となってしまった。それから数日経った今朝は37.1度。ところがその数字を疑いたくなるほど体調はよくない。倦怠感、浅い呼吸、吐き気などが覆いかぶさり、少しベッドの淵に腰かけては、すぐに横になるを今日も繰り返している。


 他人の病状報告など嫌がられると思っていたが、連日たくさんの励ましやコメントを頂いており、それだけコロナウイルスに対する関心度の高さを実感した。この数日間、たくさんの方々からいただいた励ましの言葉がどれだけ救ってくれたことか。目を開けているのも辛く、すぐにお返事できなくて心苦しかった。改めて陳謝したい。



 誕生日に闘病日記をアップするのもどうかと思うが、自戒を含め、体験者として伝えておかねばならない。お叱りを受けること覚悟でいえば、”当たり前を当たり前にやっておけば、かからないだろう”と思っていた。執拗にコロナの恐怖を訴える人を”ワイドショーに毒された人”と避けてきた。


 そもそも飲まない私にとっては、家飲みも外飲みもなく、帰宅すればまずシャワーに直行。犬の散歩中に寄ってくる話し好きには会釈をしてさっさと通り過ぎた。”やるべきことはやっています”という自負はあったのだ。

 それでもかかった。実は職場で対面に座っている女の子も後に陽性反応が出たことを知った。これには大いにショックを受け、すぐにご本人に「私から移してしまったかもしれない」と謝罪を送ったが、どうも時系列的には彼女のほうが先だったようだ。今回私が陽性反応になったことを受け、社員全員PCR検査となった。その結果陽性が明らかになったようだ。

 立て続けに二人のコロナ患者を出してしまったとあって、職場は大混乱となった。幸いだったのは、上司や同僚含め非常に理解のある方々で、平謝りを続ける私を責める人は一人もいなかった。私としては申し訳ない気持ちでやりきれない。



 経緯を説明すると、不調を感じたのは3連休(8月7日~9日)最終日の夜だった。計ってみると36.8だった。その夜一時的に37.6まで上がったが、翌朝にはまた36.8まで下がっていた。

 1日休むか悩んだが、前の週に扁桃腺炎で4日間も休んでおり、また週明けから「もう一日お休みをいただきます」と連絡するのはためらわれた。熱も下がっていたため、最悪早退すればいいだろうと出勤することにした。これがとんでもない判断ミスだった。

 昼過ぎに凄まじい悪寒に耐えられなくなり、結局早退となった。会社の玄関からかかりつけに電話したところ、お盆休みのアナウンスが流れる。とにかく目を閉じて、身をかがめたまま、なんとか地下鉄に乗り込んだ。帰宅後検温したところ38.6度。ツラいわけである。発熱センターなどに連絡し、近所でPCRを受けられる病院を検索してもらい、受付終了時間ギリギリまでひと眠りした。


 病院の1階の長い廊下には、ボール紙で仕切られた空間が続いており、ひどい咳をしたご老人や、ぐったりして長椅子にもたれかかっている人もいた。防護服の看護師が駆けまわっており、まさに最前線という印象だった。

 こちらも高熱で座骨や背骨が強烈に痛んだため、結局ストレッチャーの上で腕を組んで目を閉じていた。鼻綿棒、肺レントゲンなど1時間半かかった結果、「抗原検査の結果、陽性でした」と早口に告げられた。思わず「それってコロナってことですか?」と間抜けな質問をしてしまったほどショックだった。

 処方されたのは、カロナール(解熱剤)・整腸剤・トローチだけである。抗生物質のようなものすらない。コロナ患者となったからといって、あるいは重症者で運ばれたとしても、結局は対処療法しかないのである。


 ――その夜、幻覚を見た。熱は39.6度。気絶しては、大量の汗にまみれて目を覚ました。たった1時間しか過ぎてない。これを朝まで繰り返し、ほとんど廃人と化した。これが3日続いた。2日目からは深刻な咳と人格崩壊するほどの頭痛が加わった。

 さらにTwitterではご報告の通り、今も深刻な味覚障害に悩まされている。スポーツドリンクからは草の汁のような苦み、キムチは泥の味がした。クスリのために少量の茶漬けを飲み込むが、すぐに後悔するほどの吐き気に襲われる。だいたいは「味がしない」という味覚障害だと聞いているが、私は少数派らしい。



 コロナの恐ろしさについて改めるまでもないが、今回当事者になって思ったのが、後ろ盾のない恐ろしさである。コロナ患者は「まずは保健所にご連絡を」を守らされる。病院にも問い合わせたが、「我々も保健所の指示で動いているので、直接来院されても困る」とのことだった。

 この保健所とやらが絶望的につながらない。何かあればこちらへと受け取った番号は二つ。ひとつは私が住む東京北区の保健所の専用ダイヤル。もう一つは東京都発熱相談センターの番号である。

 区の保健所は平日朝9時から17時まで。都の発熱センターは夜間休日も対応するとのことだったが、「そちらは全くつながらないというお声が多くて(保健所談)」とのこと。HER-SYSというコロナ感染者専用の体調報告システムに疑問があり、区の保健所に電話するも常につながらなかった。繋がらない番号を渡されても、混乱を招くだけである。結果、「死因:電話がつながらなかったため」というのが急増している。



 これについて、区役所で働く知人がいるため「どうなってるの?」と聞いてみた。その回答があまりにもだったため、Twitterでの投稿を見送った。

 その知人は現在保健所の電話対応ヘルプに派遣されており、土曜日の今日も出勤だという。

 聞くまでもないが、クレームの嵐らしい。「分厚いマニュアル渡されるけど、読み込む時間なんて全くない」。そもそも医学知識のない区役所の職員に応対マニュアルだけでなんとかさせようとしている実態に驚いた。保健所だけではさばききれないため、区役所に応援要請がくるようだが、一日中クレームにさらされ「そもそも何故我々がやらなければならないのか」という嘆く者も多いという。それでも土日も返上して対応していただいている人たちに感謝せねばなるまい。


 感情論は一端置き、冷静に課題の把握をしてみると、これは行政介入の仕方に問題があるように思える。そもそもなぜ保健所が先なのか。報告用の数字が欲しければ、あとで病院からもらえばいいだろう。

 それにダイヤルが二つしかないとは信じられない。3連休前からの感染者急増を見ても、ダイヤルがパンクするのは想像するまでもない。

 そして最大の問題は、医学的な判断に何一つ責任の取れない区役所の職員が、分厚いマニュアルをめくりながら応対している現状である。たしかに医師・看護師・保健師の数には限りがある。だったら保健所への報告相談など後回しでいいはずだ。

 

 区役所の友人曰く、「各区合同でドームとかを借り切り大規模コールセンターを設けるなどしないと、今後の自宅療養者急増には耐えきれないだろう」とのこと。恐ろしい告発であるが、明らかに行政が仕事の邪魔をしているように思えてならない。



 いずれにしても、今日明日の変革は期待できない。できることはとにかく一人ひとりがかからないことだ。デルタ株は空気感染すると誤解している人もいるが、従来通り飛沫感染である。だからできることも従来通りである。うがい・手荒いの徹底と不要不急の外出自粛である。

 私も当事者となるまで、コロナ関連の記事など読んでも頭に入ってこなかった。「はいはい、承知の助。やるべきはキチンとやってますから」という態度だった。だが当事者(患者・医療従事者・行政担当)がさらされている状況は、想像以上に過酷なものだった。


 私たちはバックアップ機能に慣れている。犯罪に遭えば警察が駆けつけてくれるし、往来ではねられれば救急車が来てくれるだろう。だがコロナはダメだ。40度近い高熱を出して幻覚を見ようと、全体の8割を占める軽症者扱いなのだ。誰も助けてくれない。カロナールとトローチだけで乗り切るしかない。例えるなら、内戦地域に身一つで投げ込まれたようなものである。岩陰に這いつくばってでも、自力で生き延びるしかない。

 私のような者が声高に演説できる立場でないことは分かっているが、これを読んでいただいた皆様には、どうかどうかご自愛をお願いしたい。そして今さら釈迦に説法だとは思うが、手荒い・うがいの励行をお願いしたい。

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