才能
知人にご実家が三崎漁港の漁師という方がおり、氷詰めになった発泡スチロールが3箱も送られてきた。
マアジやクロダイ、スズキの良いものが2本も入っており、とても消化しきれないので、仲間を集めて豪勢な夜を開いた。
近頃めっきりだが、釣り仲間の間では「解体屋」の異名をとっており、釣り船に砥石を持ち込み、釣れる前から柳刃を研いで待ち構えている。
だいぶ忙しい夜となったが、集まった5人とも満足させて帰すことができた。
日本酒案件の多い料理を囲みながら色々な話題を往復したが、中でも『才能』についての話しが残った。きっかけはジャズシンガー志望の「アタシには才能がないかも」という一言だった。
「…コロナで仕事もなくなってしまった。それまででさえパッとしなかったアタシが、これからも歌い続けていけていけるとは思えない。目指すものを間違えてしまったのかも」
その日集まったのは、現役格闘家や舞台役者、それに前座の噺家など、それぞれコロナの煽りを受けた5人であり、彼女の頬を伝ったものにそれぞれが熱い気持ちになった。
「何言ってんだよ!定期的に出てる店もあったじゃん!」
「そうだよ、ここで諦めてどうする!またステージに立てるようになるって!」
「才能ないなんてオマエが決めることじゃねぇだろ!」
だが、こういうやり取りも聞き飽きている。我々マジシャンも厳しい。かつてテレビに出ていた先輩たちからも、近頃はため息しか聞こえてこない。
一部はZOOMなどオンラインでのマジックショーという分野を開拓したが、そもそもお客様とのやりとりで成り立っているマジックにおいて、こうした取り組みがうまくいったという話しも聞かれない。
また一人また一人と「もう限界っス」と若い連中が去っていく。そのたびに招集された先輩たちが当てもない未来予想図を展開し、「諦めるんじゃねぇ!」と叱咤する。しかしそういう説教臭い連中も暇を持て余しているというのが現状だ。
ところで、『才能』とは果たしてどこに転がっているのか。
”才能がない”という言葉の破壊力はすさまじい。そう言い切られてしまうと、もはや二の句が継げない。
だが”ある””ない”という量子論的な見方が成り立つなら、それは計測できるものであるべきだ。
これまで教育者の立場でマジックやその他とも関わってきたが、初学の段階で明らかな差異を感じたことはない。ただ継続していく過程で、いつの間にか階段が別れていたケースは見てきている。
つまり才能とは、階段を上る途中にあるもので、ある種の星に生まれた者のみに許されたファストパスがあるわけではない。
思うに、「分解力」、「再現力」、そして「継続力」の総和である。
まず第一に、目的を達成させるための要素は何か分解する力である。次に分解したものから合理的でない動きを除き、より効果的に再現する力が求められる。ここで失敗するとしたら、そもそも分解が不十分で、原理や目的に立ち返る必要がある。
最後は多少精神論的ではあるが、どんな困難があったとしても継続する意志である。諦めてしまう理由など簡単だ。だがここまで至って「才能がなかった」と締めくくってしまうのはあまりに惜しい。
日に1000本ノックをしたからといって、誰もがイチローや大谷翔平になれるわけではない。何が足りなかったのか、どうすれば合理化できるかを考えない反復継続には価値がない。
あくまでも分解と再現のサイクルを繰り返すことで「才能」は宿る。有名なエジソンの「天才の定義」を引っ張り出すまでもないが、ギリギリまで自分次第だというのは真実である。
ひとつ気を付けたいのは、才能がない=商材として価値がないという現代スタンダードについてだ。
たしかに生産量やプライシングは重要なファクターかもしれない。しかしこれもまた芸談風になってしまうのでほどほどにするが、商業価値がないというのと、才能がないというのは、全く別軸の話しである。
その意味で、私の創作など「才能がない」と思う。まだまだインプットもアウトプットも足りない。
太宰や芥川を読むたびに、まだ人間の内面が見れてないと痛感する。あいみょんの歌詞にも挫折を覚えるし、種田山頭火の俳句集にも読み返すたびに衝撃を受ける。
だが、いつかは誰かの心を揺さぶるものを作りたい。豊かでなくとも、そんな人生を送りたいと願う。
くだんのジャズシンガーは誰かが持ち込んだ『獺祭』に勇気づけられ、「もうちょっと頑張ってみるよ」と帰っていった。
特別な祭典が用意されなくてもいい。そこに客が集まらなくてもいい。メダルもトロフィーもいらない。ただ彼女がステージに立つ日がくれば俺たちは必ず行く。こんにちの苦節は彼女の努力や才覚の問題ではない。あの歌声を、「才能がない」などという弱音で終わらせてたまるものか…。
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