ドリーム・ハラスメント

<――いま、世の中は右を見ても左を見ても夢まみれです。夢に溢れているという意味ではありません。”夢は叶う”、”夢を持て”と、まるで夢が無いと幸せな人生を送れないかのような大合唱です(本書抜粋)>


 興味深い問題提起である。筆者の高部大問氏は大学で事務職に従事する傍ら、中高生向けの進路相談や講演会などをなさっており、その豊富な知見と分析から「夢至上主義」の犠牲者とその仕組みについて本書で存分に解明している。


<大人の真の狙いは、若者たちを目の前のことに頑張らせること。そのための苦肉の策として「夢」を用いたのです。”夢のために頑張る”ではなく、実態は”頑張るために夢を創らせた”のです(本書抜粋)>


 イチロー選手や偉人伝のエピソードを引き合いに、テレビで、学校で「夢を持ちなさい」と子供たちを追い立てる。その上で「夢」と「職業」をいつの間にか同義として取り扱うことによって、<(手堅く生きていける)よい夢>と<(人生を棒に振るかもしれない)悪い夢”に仕分ける。

 教育現場に限った話しではない。就職・転職シーンにおいても強引に企業が掲げる「夢」に賛同させ、「5年、10年後にはどんな夢をお持ちですか?」と求職者からの答えについて採点する。

 このように私たちは生涯「夢」に追われ、それを持たざる者を”真剣さが足りない”、”何も考えていない”と落ちこぼれの烙印を押すことでバランスを取ってきた。


 夢とは、積み重ねの先に「宿る」ものであって、先生や親に尻を叩かれて「創る」ものではない。しかし政治はいう。”こんな時代にこそ夢を持とう!”と。芸能人やスポーツ選手もそれに便乗する。いつから夢は人生の必需品となったのか。

 本書はそうしたステレオタイプを望む現代について、その原因と結果を探求する一冊であった。


 

 振り返って見るに、私にとって夢とは大人たちに空爆されやすい目立つ建物であった。弟の友達の父上が東京大学の天文学科で助教授をされており、子どもの頃の作文には「天文学者になりたい」と下手くそな字で書いていた。ところが冬の空にかじかんだ手で望遠鏡を向けていた俺の背中に、「そんなもんいくら覗いたって行けやしねぇやな」とからかう大人がいた。酔っぱらった親父である。

 クラシックが好きだった。バイオリンを習いたいとせがんだ私に、母はモーツァルトやシューベルトを引き合いに「みんな困窮の中で死んでいったのよ」と答えた。

 中学にあがる少し前にマジックが登場するが、これはコンテスト受賞歴と両親との戦史でもある。留守の間に大会トロフィーや高価な道具を何度も生ごみと一緒に処分された。美談で締めくくるが、それでもトランプ代わりに枯れ葉を集めてきて、塾をさぼって公園の公衆便所の鏡の前で練習したものである。


 ようするに、私は本書でいう将来の生計に繋がらない悪い夢ばかり追いかけている子供だった。よい夢とは大人が具体的な道筋を示せる職業のことである。「東京ドームに行きたい」と言われれば具体的に示してやれるが、「火星に行ってみたい」という我が子には「バカなことをいうんじゃない!」と蓋をしてしまう。

 そういう反復の結果、いつの間にか夢は誰かと共有するものではなく、固いチャックの中にしまって懐深くに隠しておくものになってしまった。マジシャンとして収入を得だした当時お付き合いしていた人には申し訳なかったが、どうしても先行きを共有したいとは思わなかった。言えば「アタシとそれのどっちが大事なの?」と破壊されるのが怖かったからだ。



 この国は「努力」の二文字が大好きだ。そこを立川談志は「努力ってのはバカに与えた”夢”だな」と高座で切り捨てた。芸に携わってきた人間としては、全くその暴言に賛成である。

 ただ、人は結局好きなことしかできない生き物である。どんなに叩きのめされようと、続けることで才能やセンスが開花するかもしれない。そういう逃げ方はズルいかもしれないが、才能やセンスは決して目に見えないオーラではなく、真剣に積み重ねた先にしか見えてこない。それにはまず己れを明確に理解していなければならない。何があと一歩及ばなかったのか、どの努力に無駄があったのか冷静に内省することがすべてだ。そうした俯瞰をさせず、ただ努力マーチのみ流し続ける夢至上主義こそ大悪なのである。

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