第37話 ハーナの笑顔


「ハーナ、ちょっといいかな、話がある」

「私も、キャプテンサマーウインド」

二人はいつも食事をする部屋に行った。


「ハーナ、特殊空間航路の荒れがひどくなってしまったんだ、またさらに遠回りになる、悪いけれど」

「そうですか・・・」

穏やかで、ちょっと目の潤んだハーナに、サマーウインドは久々女性に心を動かされた。

「どうかしたの? ハーナ? 」

「あの・・・あんまり公表できないんですけれど・・・セキュ=レンのチームの人が、私のルートの散歩を行ってくれることになったんです! 私が遅れて、もし三日前までに間に合わなかったら、一切散歩が出来ませんから」


「そうか、全宇宙大会は三日前から進入禁止か・・・最悪そうなるかもしれない・・・ハーナ」


「キャプテンサマーウインド、私本当に今回の大会ほど、出場できるだけでうれしいと思えたことはありません。優勝したいとかそんなことではありません、とにかくあの場所に立って、投げて走りたい。

セキュ=レンは「こういう形で全宇宙大会に参加できてうれしい」とまで言ってくれたんです。それに・・・セキュ=レンのメンバーは」


「確か植物学者、動物学者、昆虫学者までいるんだろう? 」


「そうです、セキュレンの年俸だからできるんでしょうけれど、その彼らからの助言も受け取れるんです! 私のルート担当と昨日一緒に回ったら、言っていました「自分のやっていたのは森に道を作ること、彼らは森に道があることをつきとめている」って。セキュ=レンのチームメンバーは本当にすごい人ばかりです。わたし、やれそうです、もっと詳細な森のデーターを送ってもらえることになりました。よろしいですか、キャプテンサマーウインド」


「ああ、もちろん、ハーナ」


しかしそれから数日後、サマーウインドがハーナに言った。


「ハーナ、今夜遅く特殊空間航路を通る、できるだけ君は寝ていて欲しいんだ、ちょっと妙な電波もあって、気分が悪くなる可能性があるんだ、二時間ほどの短い特殊空間航路だけれど」


そう頼まれたので、ハーナは出来るだけトレーニングなどをして体を疲れさせ、早めに寝ることにした。だが睡眠中、珍しく悪夢にうなされた。走っても走っても同じ所から一歩も前に進まない、やっと進んだと思ったら、グシャッというと音と何かやわらかいものを踏んだ感触が義足から伝わった。

「あ! 卵が!!! どうしよう!!! ペナルティーが!! 」


そうして目を覚ますと、真夜中で、船が特殊空間航路から抜け、一般空域に入ったことがわかった。ハーナも試合の移動でわかるようになっていたのだ。

寝間着から普段着に着替えてブリッジの方に向かうと、丁度キャプテンサマーウインが、出て来るところが見えた。


「キャプテンサマーウインド」

声をかけたが、それに答えるのも少々面倒だという、疲れ果てた感じだった。

「ハーナ・・・悪い・・・しばらく眠るよ・・・本当はこの後すぐに別の穏やかな所に入るはずだったんだけれど」


「どうか、ゆっくり休まれて下さい」

「ありがとう・・・」ふらつきながら部屋に帰るサマーウインドに

「キャプテンサマーウインド、どうか無理をなさらないでください、間に合わなくても、私はいろいろな事が経験出来て、十分です、この事は来年の力になるのですから」

その言葉に、ほんの少し横を向いて「ありがとう、ハーナ」と言っただけだった。


 部屋に帰ってもなんだか落ち着かないので

「気分が悪そう、そうだ、ちょっとあっさりしたスープでも作っておこうかな、そうしたら食べやすいかも」

と小さいが設備の整ったキッチンに行った。

「あ! 一人の男の人のために作るのって初めてかも・・・」


 エンラン仲間に手料理を振る舞ったことはあったが、みんな「美味しい」と言ってくれるより先に、食べるのに夢中で、ひたすらお代わりを注いでいた経験しかない。

「いいお嫁さんになるよ」と、どう聞いても心のこもってない言い方をされたが、スポーツ選手なので食べるのも仕事のようなものだ。


その点「ハーナ、本当に美味しいよ、ありがとう」とキャプテンサマーウインドは優しく言ってくれる。

だが逆に経験がないので、どういう顔をしていいのかもわからなかった。

「あっさりと、薄めの味で」 

真夜中のキッチンに、宇宙空間なので当然のごとく明かりが灯っていた。


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