第18話 困難な旅を与える人
「ここに座っておいてね、ロロ」
退院のための最終検査を受けに、俺は真新しい検査病棟にいた。最新の機器と、それを扱う若い先生たちばかりだった。
「もう一人おじいさんが来るのよ、その人と一緒に検査することになるからね」
俺は待っている間もずっとボールを握っていた。これはエンラン用の練習ボールだ。本物は中に発信機が付いている。子供用の大きさで、少し小さい。色々な硬さもあるけれど、俺は少し硬いものを選んだ。そちらの方が遠くに飛びやすいからだ。今の所この一個しかないから、外ではあまり使ったことがない。本物は病院の機械の誤作動をまねくから持ち込んではいけないことになっている。
「いいデーターが取れたからね。クリーム先生にもお礼を言ったよ、不機嫌そうだったけれど。ロロ、エンランをしたいのならこのままこの義手義足を使ってほしい。きっといい成果が出るよ」
と言われてメーカーの人からもらったボールだった。
「凄い、しっかりと作ってあるなあ、今まで見たボールとは違う」
ずっとそれを握りながら、これからエンランの大会に出ることを考えていた。図書館でそのための本も沢山借りて読んだ。そうやって待っていると、足音がした。
「これ・・・多分木の義足だ」
以前使っていたからわかる。やっぱり何となく義足側の音が違うのだ。見ると確かにおじいさんがこちらにやって来ていた。
「お待ちしていました、さあ、お二人で検査を」
早速始まった。でも本当はお爺さんに驚いていた。何故なら木の義足を本当にスムーズに使っていたからだ。俺の最新式の義足と全く同じように。
検査中、俺たちは二人とも車いすだった。お爺さんも俺も義手義足を外さなければいけなかったからだ。久しぶり松葉杖でもよかったのだけれど、検査の人も忙しそうだったから、車いすもほとんど押してもらった。
「検査も早くなったな、昔は二日がかりだったが」
「そうでしょう? 何種類もの検査が二時間以内に終わってしまいますから」
お爺さんは先生たちと話していた。その間もずっと俺はボールを触って、投げる真似をしたりしていた。
そうしていると突然おじいさんが俺に聞いた。
「君は・・・エンランのプロになりたいかね」
「はい、そうです」
何のためらいもなく俺は答えたので、お爺さんはすぐさまこういった。
「本当にエンランのプロになりたいのなら、あの最新の義手義足はメーカーに返すことだ。知っているだろう? エンランでは有名な話だ。「道具で勝てるのは下のリーグでだけ」だ。君はまだ小さいけれど、本当にプロになりたいのなら、今のうちに楽な事をしてはだめだ。良い義手義足、良いボールと探知機、それは確かにスムーズに競技を進めることはできるけれど、エンランでは本当に色々な事が起こる。それに対応する力を若い頃に身に付けなければいけない。あまりにも良いものはそれを奪ってしまうんだよ。探知機任せにして、ボールの飛んでいく方向を自分でしっかり確認していないと、結果自分で見つける力は落ちてしまう。わかるか? 」
俺は驚いた。このお爺さんがエンランの選手なのか、ものすごいエンランのファンか、関係者なのかわからなかったけれど、言っていることは正しいと思えた。
「義手義足も自分で調整する癖をつけておかなければいけない。上の大会になれば自然状況も過酷になるのだから、故障はいつ起こるかわからない。それが本当に故障なのか、一時的なものなのか、それも的確に判断しなければいけない。それがいつも最高の状態の義手義足だったらどうなる? そんなことする必要が無いから、することもない。だからプロになる前に、急にそんな経験をして挫折してしまうんだ。何度も義手義足のメーカーに言ったんだがね。若手の選手にあんまり良いものを勧めるなと。選手は自分が強くなった証として徐々に故障の少ないものなっていく方が良いだろう。でも常に故障の対応もできないと、良いエンランの選手にはなれない。
セキュ=レンだってそうだったんだよ、知っているだろう? 最初は決して恵まれた状態から始めたわけではない」
俺はその言葉に圧倒されてしまった。まだ小さな頃だったし、
この人が「山の王、宇宙覇者」だとも知らなかったけれど、それが図書館で借りた本のタイトル「道なきエンランの道」のように思えた。
話をしたのはそんなに長い時間ではなかったけれど、俺はそのあとすぐに義手義足を返した。
俺がプロになった今、爺さんは俺の事を聞かれるたびにこう答えている。
「私がエンラン選手を目指す人間に言うことはいつも同じ「経験を積むべき若い時に、楽な道を選んではいけない」ということだ。ロロはそれを素直に聞いて、苦労しながら実行しただけだ。まだとても幼かったけれど」
世間の人たちは俺が「弟子」だという。でも実際に教えてもらったことは実はない。いつも病院の検査で一緒になるだけだった。一番最初はクリーム先生がそうしてくれたのだけれど、その後は師匠が弟子の期日に合わせてくれていた。
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