第9話 急がない究明


 どの入院病棟の階にもある、小さな部屋だった。家族の人たちと先生だけが話すためや、二人きりで話したいことがあるとその部屋に行くことがあった。ここは子供の病棟なので、絵が飾ってあったり、入院中の子の作品もあったり、時々工作のために使ったりすることもあった。


「さて、ロロ、いい話と嫌な話とどっちが先がいい? 」

「いい話!! 」

「即答だな、まあこれは本当に感謝しなきゃならんことだよ、ロロ」

「じゃあ、何かわかったんだね!! 」

「当たりだ」


実は二週間ほど前、クリーム先生から聞かれた。

「ロロ、ケガをしたときのことを話せるか? 」

「大丈夫だよ」

手術の後、すぐに聞かれたわけではなかった。今考えれば、きっと俺の気持ちが少し落ち着いて、子供ながらに現実を受け止められるようになるまで、時間を置いたのだろうと思う。


「トゲで傷ついた部分から毒が広がったのは確かなんだが、そのトゲ草は、それほど珍しいものじゃない。案外宇宙中にたくさんあるもので、毒はない訳じゃないが、猛毒ではないんだ。確かに分析すると近いけれど、どうもわからない。この病気で同じように手足を失った人は多いけれど、トゲというのは初めてなんだ。他の人は「いつなったかわからない」というんだよ。今まで全く原因不明だった。でも発病の仕方は全く同じなんだ。ロロ、何か覚えていることはないか? 」


「そうなんだ、そうだよね、トゲで病気になるんだったら原因は簡単だ。そう・・・」


あの時の事を思い出したのは、正直その時が初めてだった。きっとその時急に俺の表情が変わったのだろう、クリーム先生は心配そうに俺の方を見て、

「息苦しくなったりしてないか、ロロ」

「大丈夫、クリーム先生」

本当にクリーム先生は優しいお医者さんだと思った。その先生のために、勇気を出してあの時の事をゆっくりと思い出そうとした。


「あの時・・・帰ろうと言ったから、喜んで茂みをまたいで・・

そう、トゲ・・・あ・・・あのトゲ・・・虫がいっぱいついてた」


「虫? どんな虫だ? 」


「すごくちっちゃい虫、それがものすごくたくさんトゲを覆うように付いてた。他のトゲにも確か・・・」


「そうか、ロロ、ありがとう、もういいよ」


「いいの? 」


「ああ、もしかしたら、それで十分かもしれない」





「クリーム先生、あの小さな虫と関係があったの? 」


「大ありだった、あの虫のフェロモン、はわかりにくいかな。繁殖時に出す特殊な成分とトゲの成分が一緒になって猛毒になるらしい。その時期の虫をつぶした液でも駄目なんだ。これではわからない。ただ本当に一年の数日だけの毒の様だから、ロロ・・・」


先生は黙ってしまった。


「でもそれがわかっただけで治療ができるの? 」


「今すぐに特効薬は出来ないけれど、原因がしっかりわかったから、まずは「触らないようにすること」ができる。それができることがとても大きなことだよ、ロロ。ただまだ全部ははっきりわかっていないから、ちょっと他の子には黙っておいてもらえないかな。あの虫とあの植物が「悪者」じゃないから。もっとしっかりとした形で発表することになるだろう」


「そう、良かった。じゃあ、無駄じゃなかったんだね。俺の足も手も、無駄じゃなかったんだ。これから他の人が・・・俺のように・・・ならないんなら・・・」


そう言っているうちに、涙がぽろぽろとこぼれてきた。リハビリとこの毒の解明の事で、クリーム先生は忙しくなって、本当に久しぶりに声も先生の体にも触ることができた。


「ロロ・・・お前は、いい子だな。偉い子だ」

「先生!! クリーム先生!! 」


俺の涙を、時々先生が舐めてくれた。



       

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