双子連理

松川スズム

第0話 双子と記憶喪失

 どうやら俺は、真っ暗で何もない空間にいるようだ。

 何もないただただ暗い空間に。

 なぜこんなところにいるか、俺にはわからない。

 なんとかもがいたり、声を出したりしてみたが、状況が改善することはなかった。

 

 この空間に慣れ始めた頃、突然真っ暗な空間に光が差し、真っ白な空間へと変化した。

 明るさに慣れていないせいで、眩しくて目が開けられない。


「やあ、こんにちは」


 ふいに後ろから誰かに声をかけられた。

 どこかで聞いたことがある声だ。

 俺は得体の知れない恐怖を感じた。

 しかし、目が明るさに慣れたと同時に、勇気を出して後ろへ振り返ってみる。

 声の主を見た瞬間、思わず驚いた。

 そこには、俺とまったく同じ顔をした人物がいたのだ。

 服装は白いワイシャツと、黒い学生ズボンのような服を着ている。


「こんにちは。初めまして、羽ヶ崎はがさき璃央りおくん」 

「お、お前は誰なんだ? ここはいったいどこなんだよ?」


 俺は挨拶を返すより先に、疑問を投げかけていた。

 いったいこいつは何者なんだ? 


「僕も羽ヶ崎璃央だよ。ここはキミの夢の中さ」


 白髪の人物は頭を掻きながら、平然と言い放った。

 夢の中だと……?

 本当に?


「正確にいうと僕はもう一人のキミさ。……まあ、驚くのも無理はないけどね」


 もう一人の俺はニコニコ笑顔で話している

 しかし、俺は笑えるような気分ではない。

 俺は状況を理解するために、さらに質問をすることにした。


「なんで夢の――」

「おっと、悪いけど今は無駄話をしている時間はないんだ」


 俺の質問はすぐさま遮られる。

 時間がない?

 どういうことだ?


「要点だけ言うとね。キミは交通事故に遭って半年間意識不明だったんだ。そして、今長い眠りからやっと目覚めようとしているんだよ」


 交通事故?

 意識不明?

 俺の身にそんなことが……。

 というか今気づいたが、俺は俺自身のことをあまりよく覚えていない。

 

 『羽ヶ崎璃央』

 それが俺の名前なのか。


「気づいたかい? キミは事故の後遺症で記憶喪失になっているんだよ。まあ、でも大丈夫さ。記憶はいずれ思い出すよ。それより……」


 何かに気がついたのか、もう一人の俺は途中で話を切り上げる。

 同時に白い空間にヒビが入り、ぼろぼろと崩れてきた。


「おい! これは大丈夫なのか!?」

「大丈夫、大丈夫。ただ目覚めるだけだから」

「お、俺は目覚めたら、どうすればいいんだ?」


 白い空間はほとんど崩壊しかけている。

 そんな中、俺は最後になるかもしれない質問をした。


「とりあえず、今は何もしなくていい。流れに身を任せるんだ。キミならきっとなんとかなるはずさ。だから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


 白髪の俺は優しい口調で質問に答える。

 全然大丈夫そうじゃないんだが!?


「僕とはまた会えるさ。もちろん夢の中でね。これからキミが歩むのは茨の道かもしれない。だけど、僕はキミに幸せを掴んでほしいと思ってるんだ。陰ながら応援しているよ。さあ、キミの新たな旅立ちに祝福を!」


 その言葉を聴いた直後、俺は意識を失った。







 目覚めると、俺は見覚えがない部屋で寝ていた。

 身体は動かせず、鼻には呼吸器がついていて、腕からは点滴のチューブが伸びている。

 無機質な白い壁、静かな雰囲気、独特な匂い。

 どうやらここは、どこかの病院の病室のようだ。


 今さらだが、病院というものがどういう施設なのかは覚えているようだった。

 しかし、自分についての記憶は、顔と名前以外さっぱり思い出せない。


「本当に事故で意識不明だったのか……。それに、記憶も……」

「り、璃央?」


 そのとき、誰かに声をかけられた。

 突然のことだったので、思わず驚いてしまう。

 俺は自分のことで頭がいっぱいだった。

 そのせいで、この病室に俺以外の人物がいることに気づけなかったのだ。


 ベッドのすぐそばには、椅子に座っている少女がいた。

 長い茶髪の可愛らしい少女だ。

 なぜか彼女は俺の左手を両手で握っていた。

 俺と彼女が、どういった関係なのかは思い出せない。  

 だけど、彼女は俺のことを心配してくれていたようだ。

 それもすごく。


 彼女は痛みを感じさせるほど、がっちりと俺の手を握っていた。

 そのうえ、目の周りを赤く腫らしていて、相当涙を流していたことがわかる。

 そして、彼女の手はなぜか絆創膏だらけだった。

 怪我でもしているのだろうか?


「り、璃央!? め、目を覚ましたのね! えーと……そうだ! せ、先生と看護師さんを呼ばないと!」


 彼女はあたふたと慌てながら、ナースコールを押していた。

 明らかに俺が目覚めたことで動揺している。


「……すみません。あなたは誰で、俺とどういった関係ですか?」


 先生と看護師が来る間、俺は彼女に質問をした。

 声を出すのが久しぶりだったせいなのか、思ったよりもか細くて小さな声を発してしまう。

 だが、彼女には俺の声が届いていたようだった。


「わ、私はね。瑠璃るり羽ヶ崎はがさき瑠璃るり。あなたの姉よ。璃央の意識が戻ってよかったわ。すっごく心配したのよ。も、もしかして、私のこと覚えてないの?」


 彼女は目に涙を浮かべながらも、笑顔を作り、とても優しい口調で質問に答えてくれた。

 ……よかった。

 俺にはこんなに心配してくれる姉がいるのか。


 これから先のことについては不安しかない。

 だけど、この瑠璃という姉がいてくれるだけで、俺の不安は多少和らいだような気がした。

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