帰路


「う、ううん……」


「あ、カズトさん、やっと起きた。準備が出来たから、みんなカズトさんは起きるのを待ってたんだよ」


「それは申し訳ない……」


「まあ、朝から稽古で疲れてたんだから仕方ないよ」


「そう言ってもらえると助かる……」


 マズった……軽く寝るつもりが、熟睡していたみたいだ。しかし変だな。地面に直接寝てたのに、頭が柔らかい物に乗っている。しかも凄く良い匂いがする……。


 寝返りを打って上を見上げると、物凄く近い場所にアスナの顔があった。これってもしかして……。


「あの……アスナさん……どうして俺は膝枕をされてるんでしょうか……」


「だってカズトさん、地面に直接寝てるんだもん。それによく寝てたから起こすのは可哀想だなと思って。もしかして嫌だった……?」


 アスナは悲しそうに項垂れる。


 ヤバい……どうリアクションすればいいか考えているうちに、アスナの表情が曇ってしまった……。


「いや、全然嫌じゃない!ありがとう!お陰でぐっすり眠れたよ!」


 女の子の膝枕なんて初めてだけど、嬉しくない男なんていないだろう。それも初恋の人に似ている少女の膝枕なんてご褒美じゃないか。


「それならよかった。カズトさんの可愛い寝顔も見られたし、私は満足だよ」


 先程の悲しそうな表情は嘘のように消え去り、見慣れた満面の笑顔が姿を見せる。


 うんうん、やっぱりアスナは笑顔がよく似合う。


「あのよ、一応親がいる前でいちゃつくのは遠慮してもらいたいんだが」


「「わあ⁉︎」」


 急に背後からアーロンの声がして身体がビクっとなった。


 心臓が口から飛び出すかと思った……。アスナを見ると、俺と同様に胸を押さえて、呼吸を荒くしている。


「な、なんだよ急に……びっくりしたじゃないか……」


「急にもなにも、起きたんなら喋ってないでさっさと帰ろうぜ。今なら陽が高いうちに帰れるからな。なんなら二人で先に帰ってていいぞ」


「え?いいのか?」


「ああ。後は死体を運ぶだけだ。寝るくらい疲れたんなら先に帰ればいい」


「だってさ。カズトさん、どうする?」


 うーん。確かにいてもやることもないしなあ。だったら先に帰らせてもらおうかな。


「それなら、お言葉に甘えて先に帰るよ。アーロン、後はよろしく頼む」


「おう、任せとけ」


 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「ねえねえ、カズトさん」


「ん?」


「質問なんだけど、どうしてあの硬いアイアンボアを斬る事ができたの?お父さん達の剣は駄目だったのに」


「ああ、アレはね、斬鉄っていう技術を使ったからだよ」


「斬鉄?」


「そう、文字通り、鉄を斬る技術。だからアイアンボアなんて簡単に斬れるよ」


「凄い凄い!私も斬鉄やってみたい!」


「うーん、さすがに難しいかな」


「えー!私、才能あるんだよね?」


「斬鉄は才能だけじゃ駄目なんだよ。不知火流でも難関の技術だからね」

 

「そっか……でも、諦めない!いつか必ず取得するから!」


「ははは。俺の弟子はやる気満々だ」


「はい、師匠!私、やる気は人一倍あります!」


「よしよし。じゃあ、さっさと帰って初稽古しようか」


 頭を撫でてやると、アスナは目を細め、嬉しそうにしている。


「うん!私、頑張る!」


 アスナが腕を絡めてきて、眩しい笑顔を向けてくる。


 あー、ヤバい。マジで可愛い以外の感想が出てこないわ。歳の差がなかったら付き合いたい。いや、俺まだ若いし、ワンチャン……いやでもアスナがNGかもしれないし……それにアーロン達が……うーん……。


「カズトさん、カズトさん」


「あ、はい⁉︎何ですか⁉︎」


「ボーっとしてたけど、何を考えてたの?」


「あ、いや、それは……」


 言えない。年下の女の子と付き合いたいなんて考えてたなんて。しかも、当の本人に。


「いやまあ、色々とね。これでも結構悩みが多いんだ」


「そっか、記憶喪失だもんね。不安も多いよね」


 よし、話題を変える事に成功したぞ。


「アーロンが拾ってくれたからまだマシだけどね。まあ、アーロンに出会ってなかったら、この森で野垂れ死んでたかもな」


「そうだね。お父さんがカズトさんと出会ってなかったら、私達も出会う事が出来なかったもんね。お父さんに感謝感謝だよ」


「ああ、感謝感謝だ」


「あーあ、もっと早くカズトさんと出会いたかったなー」


「どうして?」


「だってさ、カズトさんといると色々楽しいじゃん。昨日の今日だけど、凄く楽しいもん」


 楽しいか……確かにアスナといると、他の事を忘れて素直に楽しくいられる。もちろんアーロンやアマーリエさんのお陰もあるけど、やっぱりアスナの影響が大きい。アスナには感謝してもしきれないな。


「俺ももっと早く出会いたかったよ。そうすれば、もっと楽しい人生だったかもしれないしな」


「これからはたくさん一緒にいられるんだから、ずっと楽しい毎日だよ。な、なんなら、か、家族になってもいいよ!」


 アーロン達と家族か……それもいいけど、ずっと世話になるわけにはいかないしな。


「まあ、考えておくよ」


「え⁉︎本当に⁉︎本当にいいの⁉︎」


 アスナは顔を赤くして動揺し始めた。


 自分で言い出したのに、何で焦ってるんだろう?


「ああ、それも悪くないって思うからな」


「や、やったー!これは急い帰ってお母さんに報告しないと!カズトさん、先に帰って待ってるからねー!」


「ちょ、おい!」


 俺の返事を待つことなく、アスナは物凄い速さで駆けて行った。


 行ってしまった……目的地は同じなんだから、このまま一緒に帰ればいいのに。ま、仕方ないか。まあ、焦る必要はないから、俺はのんびり帰るとしよう。


 さわやかな風を身に受けながら、俺はのんびりと村への道を歩いて行った。

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