魔獣狩り ④


 ピー。ピー。


「カズトさん、こっちだよ!」


 鳴り響く笛の音の出所を目指して、俺とアスナは全力で木々をかき分け走る。


 聴こえる音がどんどん大きくなるから、もうすぐ辿り着くはずだ。


「あ!アスナさん、カズトさん!こっちです!」


 声のする方を見ると、息を切らせたヨセフが走って来た。


「状況は?」


「あ、アイアンボアが三匹いて、村長達が時間稼ぎしてます」


「アイアンボアって……ギルドランクじゃない……お父さん……」


 アイアンボアという名を聞いて、アスナの顔が青褪める。


 そんなに強力な魔獣なのか?ギルドランクって言ってたし、ヤバい相手っていうのは間違いなさそうだ。


「俺がいるから大丈夫だ」


「う、うん……信じてる……」


 頭をポンポンしてあげると、アスナは少し安堵した顔になった。


「ヨセフ、アーロン達がいる場所は近いのか?」


「うん、近いよ!付いて来て!」


「急ぐぞ!」


 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 ガキーン。


 甲高い音を響かせ、アーロンの剣が弾かれる。


「くっ……なんて硬さだ!攻撃が通らなねえ!」


「ヤバいな……カズト達が来るまで持ち堪えられるか分からねえ……」


「諦めるな、ケネディ。必ずヨセフが連れて来てくれる。だから、俺達は一秒でも長く時間を稼ぐんだ!」


「言われなくてもわかってる!」


「みんなー!カズトさん達、連れて来たよー!」


 ヨセフに連れて来られた場所には、傷だらけのアーロン達と、体の大半が金属で出来た猪が三匹いた。


 なるほど、だからアイアンボアか。あれじゃ、斬撃は通らないだろう。目や口、関節などの部位は金属に覆われてないから、そこを狙えば何とかなるだろうけど……冷静さを欠いているアーロン達には無理だな。


「カズト!来てくれたか!」


「間に合ってよかった」


「悪いが俺達は限界だ……後は頼む」


「ああ、任せろ」


『グゴォォォォォア!』


 俺がアーロン達の正面に立つと、一頭のアイアンボアが興奮して雄叫びを上げながら俺目掛けて突進してくる。


 おうおう。殺気剥き出しだな。ふう……命のやりとりは初めてだ。不謹慎だが、培ってきた技を使用できる機会に心が高ぶり、身体が武者震いする。


「不知火流、抜刀術【獅子爪牙】《ししそうが》」


 向かってくるアイアンボア目掛けて俺も突進する。


『⁉︎』


 激突の瞬間、アイアンボアの生首が宙を舞い、首を失った体は血を噴き出しながら倒れた。


 不知火流抜刀術、【獅子爪牙】。縮地法という特殊な走法を使い、敵目掛けて突進し、高速の抜刀で斬りつける。俺の得意技の一つだ。


「すげぇ……何をやっても刃が通らなかったアイアンボアの首を斬り落としやがった……」


 ケネディが驚くのも無理はない。自分達の斬撃が通らなかったのに、俺の斬撃はアイアンボアに通る。これはもう一つ特殊な技術を使ったからだ。


 その技術は斬鉄。文字通り、鉄を斬る技術だ。修得するのは難しいが、今回みたいな状況では役に立つ。まあ、まさか使用する日がくるとは思わなかったけどな。


「強いのは分かってはいたが、ここまでとは思わなかった……」


『グウゥゥゥオオオ!』


 仲間が殺られてキレたのか、残りの二頭が突進してくる。


 やれやれ、馬鹿の一つ覚えだな。それで仲間が殺られたんだから、もう少し考えろよ。まあ、畜生にそれを求めるだけ無駄か。


「不知火流抜刀術、【紅染薔薇】《べにぞめそうび》」


 アイアンボア達が間合い入った刹那、一頭は唐竹に、もう一匹は横一文字に斬り裂かれ絶命した。


 不知火流抜刀術【紅染薔薇】。間合いの中に入って来た複数の敵を高速の抜刀と返す刀で斬り裂く技。【獅子爪牙】が動の技だとすると、【紅染薔薇】は静の技だ。


「ふぅ、討伐完了っと」


 どんな強敵か警戒していたけど、準備運動にもならない雑魚だったな。


「アーロン、大丈夫か?」


「あ、ああ。おかげで死なずに済んだ」


 アーロンは左手をやられたのか、右手で左手を庇っている。


「カズトが来なかったら、今頃あいつらの腹の中だったかもしれないと思うとゾッとするぜ」


「そうだな。自分が未熟だって思い知らされた。鍛え直さないといけないな」


 ケネディとレーガンは傷だらけだが、大きな傷は無いようだ。


「ほらほら、お父さん達!傷の手当てするからこっち来て!」


「ああ、ちょっと待ってくれ。ヨセフ、村まで行って若いの何人かと、荷車を持って来てくれ」


「うん、行ってくるよ」


 アーロンの指示でヨセフが来た道を戻って行った。


「何で若い奴連れてくるんだ?しかも荷車まで」


「荷車はあれを持って帰るのに使うんだ」


 アーロンが指差した先には俺が斬り伏せた三体の死体が転がっている。


「あんな物持って帰ってどうするんだ?」


「どうするって、ギルドに売るんだよ。アイアンボアはレアだからな、かなりの高値で売れるぞ。よかったな、カズト。大金ゲットじゃないか」


「ん?何で俺の収入になるんだ?」


「何でって、お前が倒したんだから、売った金はお前の物だろ」


 確かに、倒したのは俺だけど……収入があっても使い道がないからな。あ、そうだ。


「じゃあ、半分だけ貰うよ。残り半分はアーロンにやるよ」


「おいおい、いいのか?半分たってかなりの額だぞ?」


「いいよいいよ、世話になってるんだから。その金で酒買って飲むとか、アマーリエさんに何か買ってあげるとかしなよ」


「そういう事なら、ありがたく貰っておくよ。ありがとな、カズト」


「いいなー、村長。俺も欲しいなー」


「ケネディにはやる理由がないから駄目だな」


「ちぇ、少しくらいいいじゃないかよ」


「ははは、残念だったな」


「お父さん達!傷の手当てするって言ってるんだから、早くこっちに来て!」


「わ、分かった。分かったから、怖い顔するなよ……」


 怒られたアーロン達は、物凄く怖い顔をしたアスナの元へ行った。


 怒るとあんな怖い顔するんだな……怒らせないように気をつけよう……。


 その光景を横目に見ながら、俺は今しがた使った刀を抜く。


 抜いた刀を太陽に翳すと、刃毀れ一つない美しい黒い刀身が現れる。


 確か、この刀は黒百合って名乗ってたっけ。


 良い刀だ。斬鉄をやると、並の刀だとすぐに刃毀れする。しかし、黒百合はそうではない。かなりの業物とみた。


 もう一振りの黒薔薇も、おそらく同等の業物だろう。


 この二振りと俺の技があれば、アイアンボア以上の魔獣が相手でも苦戦する事はそうそうないと思う。


 まあ、アイアンボアみたいな雑魚を物差しにはできないか。


 俺は黒百合を鞘に納め、そのまま寝転ぶ。


 帰ったら、アスナに稽古をつけてやらないとな。


 アスナは剣の才能だけじゃなく、身体能力も恵まれているようだ。


 鬱蒼とした森の中とはいえ、男の俺について来れるなんて凄い事だからな。


 やる気もあるし、簡単な技ならすぐにマスターできるかもしれない。


 それで、ゆくゆくは俺の稽古相手になって欲しい。爺がいなくて実戦稽古ができないから、技が鈍りそうで困る。


「ふわ〜っ」


 色々考えてたら眠くなってきた。ヨセフが帰って来るまで、少し寝るか。


 重たい瞼を閉じ、俺は微睡に落ちた。

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