ここは異世界?


「お……だいじ……」


「う……うん……」


「おい!大丈夫か!」


「え……?」


「ああ、よかった、起きたみたいだな。こんな所で倒れてるから心配したぞ」


 目を開くと、ホッとした顔をした見知らぬおっさんがいた。


 誰だ、このおっさん……?こんなおっさん、近所にいたか……?


 駄目だ……頭がぼーっとして上手く思考が出来ない……。


「こんな所……?」


 周囲を見渡すと、木々が生い茂げっている。どうやらここは森の中らしい。


 ……え?俺は蔵の中に居たはずじゃ……。


「ここは……何処だ……?」


「何処って、ジエンの森じゃないか」


「ジエンの森……?」


 そんな森、近所にあったか……?


「もしかして、自分が今何処にいるのかわからないのか?」


「……ああ」


「おいおい、もしかして、記憶喪失ってやつか?自分の名前はわかるか?」


 記憶喪失……確かに何が起こったのかわからないけど、それ以外の異常はないようだし、段々と頭もハッキリとしてきた。自分が何者かもちゃんとわかる。


「不知火一刀だ」


「シラヌイって、珍しい名前だな」


 ん?不知火が名前?どういう……あ、なるほど。よく見ると、おっさんは西洋人の面立ちをしている。だから苗字を名前と勘違いしたのか。しかしこのおっさん、日本語ペラペラだな。


 ……うん?なら何で勘違いするんだ?日本に住んでるなら、そんな勘違いするわけ無いと思うんだけど……。


「……いや、一刀が名前だ」


「カズトだな。それで、何処から来たか覚えてるか?住んでる場所は?」


「住んでいるのは下鴨だ」


「シモガモ?そんな場所、この辺りにあったかな?」


 ……は?ここは下鴨じゃないのか?じゃあ、京都のどこだ?


 ……まさか日本じゃないって事はないよな?


 このおっさん、日本語ペラペラだし。


「ここは京都の何処なんだ?」


「キョウト?何処だそれ?国の名前か?」


 んん?どういう事だ?日本に住んでるなら京都を国の名前なんて言うわけないし……マジでここは日本じゃないなんて事は……。


「……えっと、ここはなんて国なんだ?」


「はぁ?お前、自分のいる国がわからないのか?この国は剣帝アダラード様が治める、クロイツ・デス・ズューデンス帝国だぞ」


 クロイツ・デス・ズューデンス帝国?何だよそのRPGに出てきそうな名前。


 ……………。


 もしかして、ここは異世界か?


 そう仮定すると、蔵にいたはずなのに、知らない国の知らない森の中で倒れていた事にも得心が行くが……いやいや、待て待て。まだ情報が少ない。もう少し情報を集めてから結論を出そう。


「しかし、記憶喪失ってのは想像したよりヤバいな。医者に連れて行っても無駄だろうし……さて、どうしたもんか……。さすがにこの状態の人間を放置して帰るわけにはいかねえし……」


 俺が思考を巡らせていると、おっさんはおっさんで腕を組んで、ブツブツと何事かを呟いている。


 おっさんを改めて観察すると、色白な肌にショートバック&サイドの髪とショートボックスの髭がよく似合うナイスミドルで、胸当て、手甲、脚甲を装備して、腰に剣を携えている。まるでRPGの住人のような出立だ。


 うーん。防具は傷だらけで使い込まれた様子で、さらに剣まで持っている。コスプレじゃなさそうだし、やっぱり異世界確定か?


「よし!決めた!お前、俺の家に来な。記憶が戻るまで面倒見てやるよ」


 俺がおっさんを観察していると、おっさんが予想外の提案を言い出した。


「え?いや、さすがにそれは迷惑になるんじゃ……」


「気にすんな。家は無駄にデカいし、今は女房と娘との三人暮らしだ。居候が一人増えたって問題ない。二人も反対しないだろうしな」


「……本当にいいのか?」


「家長の俺がいいって言ってんだ!遠慮すんな!」


 ここまで気にかけてくれるなんて……ここで断ったら、おっさんの男気に傷をつける事になるな。


「分かった。じゃあ、少しの間世話になるよ」


「よし!そうと決まったら、早速帰るぞ!」


「ああ」


「おっと、ちょっと待った」


 後に続こうとしたら、待ったがかかる。


「その剣、お前のだろう?剣士が剣を忘れてどうする」


 おっさんは俺の足元を指差した。


 足元を見ると、長持ちに入っていた二振の打刀が落ちている。


 ……何でこれがここに?


 もしかして、この場所にいるのはこいつと何か関係があるのか?


 そういえば今まで気付かなかったけど、あの時の傷が綺麗さっぱり無くなっている。


 ……やっぱりこの刀が妖しいな。


「見た事のない形状の剣だな。貴族が欲しがりそうだ。強盗に奪われないように気をつけろよ」


「……そうだな、気をつけるよ」


「おっと、のんびり話をしている場合じゃなかった。暗くなる前に帰るぞ」


 俺は刀を拾い上げ、ズボンとベルトの間に差し、おっさんの後を追いかけた。


 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「その装備、アンタも剣士なのか?」


 俺は気になってた事をおっさんに問いかけた。


「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺の名前は、アーロン・ホワイトだ。気軽にアーロンと呼んでくれ。それで質問の答えだが、当然剣士だ。というか、この国の男は皆剣士だぞ?稀に女剣士もいるけどな。そんな事も忘れたのか?」


「……どうやらそうみたいだ」


「記憶喪失ってのは大変なんだな。常識まで忘れちまうんなんて」


 忘れたもなにも、最初から知らないんだけどな。


 常識を知らないのを怪しまれないですむし、当分は記憶喪失のふりを続けるか。


「まあ、これからゆっくり思い出していけばいいさ」


「そうさせてもらうよ。そういえば、アーロンは何で森に来てたんだ?」


「ん?ああ、村の人間がこの辺りで魔獣を見たって言ってな。だから、俺が狩りに来たんだ。ま、結局見つからず終いだったがな」


 魔獣、魔獣ねぇ……日本が存在しない、男は皆剣士、そして魔獣。ここは異世界で間違いないようだ。


 ……………。


 は、はは、ははは!やった、やったぞ!何が原因でこうなったのか分からないが、ここは憧れの異世界!ラノベで読んでは想いを馳せた異世界!物語の中だけの存在じゃなかったんだ!


「どうした、そんなにやけ顔して。何か思い出したのか?」


 アーロンが不思議そうにこちらを見ている。どうやら心の内が顔に出ていたようだ。


「あ、いや、なんでもない。それより、魔獣の件はいいのか?」


「よくはねぇんだけど……かなりの時間探しても見つからなかったからな。明日、何人か連れてもう一回探すさ」


「それなら、俺も手伝うよ。世話になるんだ、それぐらいの事はさせてくれ」


ただの穀潰しにはなりたくないからな。


「手伝うって……気持ちは嬉しいが、戦い方は覚えてるのか?こう言っちゃ悪いが、足手纏いはいらねえぞ?」


「大丈夫だ。戦い方は身体が覚えている」


 毎日毎日地獄の鍛錬をしてきたんだ。たとえ本当に記憶喪失になっても、絶対に身体が忘れる事は無い。


「へえ、自信ありげだな。それなら、俺と試合ってみねぇか?」


 アーロンがいきなりおかしな事を言い始めた。


 何で急に試合?何が目的だ?


「何でそうなるんだ?」


「いやなに、中途半端な実力じゃ困るからな。今のうちに腕試しをしておこうと思ってな。まぁ、それは建前だが」


 言いたい事は理解出来るが、建前ってなんだよ。


「で、本音は?」


「剣士として、見た事もない剣を持つお前がどんな戦い方をするのか見てみたい。なぁ、どうだ?試合ってみねぇか?」


 アーロンの目は、玩具を前にした子供の様にキラキラとしている。


「試合をするのはいいけど、多少の怪我は覚悟してもらうぞ?」


 これから世話になる人間に怪我をさせるのは忍びないんだが……了承するまで諦める気はないだろうな。


「ははは!気遣いは無用!何故なら、俺は村で一番強い!安心してかかってこい!」


 村で一番強いか……これは下手な手加減は出来ないかも知れないな。


「はぁ……わかった。じゃあ、開始の合図はそっちで頼む」


「ああ!では……いざ、尋常に勝負!」


 アーロンの雄叫びを合図に、試合の幕が切って落とされた。

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