残念な異世界転移〜憧れの異世界に魔法はありませんでした〜

彼岸花

黒刀


 俺の名前は不知火一刀しらぬいかずと


 漫画やラノベを愛する『健康的』なオタクだ。


 なぜ健康的な事を強調するのかと言うと、


「しっかり気合いを入れんか!そんな事では儂の後は継げんぞ!」


 俺の実家は古武術の道場をやっていて、道場主のじじいに毎日死ぬほどしごかれているからだ。


「うっさい!もう一回だ!」


 俺は落ちていた木刀を拾い上げ、糞爺の胴目掛けて全力も振り抜いた。


「甘いわ!そんな見え見えの手で儂に勝てると思うな!」


 俺の一撃は容易く受け流され、返す刀で逆に俺が胴に一撃を喰らった。


「ぐっ……うっ……」


 重い一撃によって呼吸が激しく乱れ、苦しさで俺は前のめりになって倒れた。


「何度も言うが、お前には天稟てんぴんの輝きがある。だが、それだけなのだ。いかに優れた才を持っていても、それを伸ばさなければ意味がない。儂との稽古以外の時間も修練を重ねる事だ」


「くっ……そ……」


「今日はここまでだな。ところで、お前に頼みがあるのだが」


 俺の息が整うのを待って、爺が真面目な顔をして話しかけきた。


「頼みってなんだよ?」


「近々蔵を取り壊す事にしたのだが、家宝の運び出しが終わってないのだ。そこで、だ。儂の代わりに、お前が作業をしてくれないか?」


「何で俺なんだよ。自分でやればいいじゃないか」


「儂も何かと忙しいのだ。もちろん、ただでとは言わん。それなりの駄賃は払う。それならどうだ?」


「それなりっていくらだよ?」


「そうだな……これくらいでどうだ?」


 爺は指を三本立てた。


「それは万って事でいいんだよな?」


「ああ」


「やるやる、それならやるわ」


やった。三万もあれば円盤とかフィギュアとか色々買える。


「交渉成立だな。では、儂は出かけるから、帰って来るまでにある程度済ませておいてくれ。ではな」


 そう言って、爺は出掛けて行った。


 よし!給料分、頑頑張って働きますか!




「ごほっ、ごほっごほっ!」


 予想はしてたけど、凄い埃だ。喘息持ちの俺には厳しい環境だな。まあ、給料が美味しいから、無理してでも働くけどさ。


 しっかし、壺やら甲冑やら、素人目に見ても高そうなお宝が沢山あるな。売ればかなりの財産になりそうだ。うちってもしかして金持ちだったのか?


 ん?


 片付けを進めていると、古いお札が大量に貼られている黒い大きな長持を見つけた。


 なんだこれ?お札ベタベタ貼って気持ち悪いなぁ。何が入ってるんだ?


 カタカタ。


 長持に触れようとすると、長持がカタカタと音を立てた。


 え?


 カタカタ。


 ……おいおい、マジかよ。この長持、もしかして曰く付きの物なんじゃ……。


 ビリッ、ビリッ。


 古いからなのか、長持の振動に合わせるように、お札が一枚、二枚と破れていく。


 ヤバい。これはヤバい。本能が逃げろと告げている。


 頭では逃げないと駄目だと分かっているのに、身体が言う事を聞いてくれない。


 ビリッ、ギィィィ。


 最後の一枚が破れ、長持の蓋が一人でに開いていく。


「っ⁉︎」


 相変わらず言う事を聞いてくれない身体が、まるで操られる様に長持へ向かって歩き始めた。


 止まれ!止まってくれ!


 俺は必死に身体に命令をした。が、それも徒労に終わった。


 身体は長持の前に立ち、長持の中を見てしまったからだ。


 長持の中は、黒拵えの打刀と脇差が入っていた。


 相変わらず思い通りに動かない身体は、打刀を取り出し、鞘から抜いた。


 その刀身は漆黒に染まり、妖しい魅力を放っていた。


 そして、手の甲にその刃を滑らせる。


 ズキッとした痛みと共に、血が滲みでた。


 その血は刀身に吸われ、滴り落ちた血は脇差を赤くしていく。


 どこか他人事のようにその様子を見ていると、急に目の前が暗くなり、意識は闇に飲まれた。

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