残念な異世界転移〜憧れの異世界に魔法はありませんでした〜

彼岸花

序開


 俺の名前は不知火一刀しらぬいかずと


 二十五歳、独身、彼女いない歴=年齢、彼女募集中のサブカルを愛する『健康的』なオタクだ。


 特に異世界系の作品が好きで、厨二の頃は本当に異世界に行きたくて、妄想ストーリーを書いてはネットに垂れ流したものだ。


 ……まぁ、今でも憧れはあって、トラックを見るとウズウズする時がある。


 あ、なぜ『健康的』と強調するのかと言うと、


「しっかり気合いを入れんか!そんな事では儂の跡は継げんぞ!」


 俺の実家は古流武術の道場をやっていて、道場主のじじい(七十代後半)に毎日死ぬほどしごかれているからだ。


 俺には親がいない。


 俺の物心が付く前に事故で死んだらしい。


 それで、唯一の血縁者の爺に引き取られて、道場の跡継ぎとして育てられているんだ。


「うっさい!もう一回だ!」


 俺は払い落とされた木刀を拾い上げ、一気に間合いを詰めて糞爺くそじじいの胴目掛けて全力で木刀を振り抜く。


「甘いわ!そんな見え見えの手で儂に勝てると思うな!」


 俺の渾身の一撃は容易く受け流され、返す刀で逆に俺が胴に一撃を喰らった。


「ぐっ……うっ……」


 重い一撃によって呼吸が激しく乱れ、あまりの苦しさに俺は前のめりになって倒れた。


「何度も言うが、お前には天稟てんぴんの輝きがある。だが、それだけなのだ。いかに優れた才を持っていても、それを伸ばさなければ意味がない。儂との稽古以外の時間も修練を重ねる事だ」


「くっ……そ……」


「今日の稽古はここまでだな。ところでな、お前に重要な頼みがあるのだが」


 俺の息が整うのを待って、爺が真面目な顔をして話しかけきた。


「何だよ、重要な頼みって」


「近々蔵を取り壊す事にしたのだが、家宝の運び出しが終わってないのだ。儂も片手間でやってるんだが、進みが悪くてな。そこで、だ。儂の代わりに、お前が作業をしてくれないか?」


「何で俺がやらなきゃいけないんだよ。自分でやればいいじゃないか」


「儂も色々と忙しいのだ。今日もこれから出掛けなければならん」


「色々と忙しいって、隣のさよ婆ちゃんとデートに行くだけだろ?」


「うっ……ゴホン!もちろん、ただでとは言わん。それなりの駄賃は払う。それならどうだ?」


「それなりっていくらだよ?」


「そうだな……これくらいでどうだ?」


 爺は両手の指を全て立てた。


「それは万って事でいいんだよな?」


「ああ、そうだ」


 十万……十万か……十万もあれば円盤とかフィギュアとか好きな物が買えるなぁ。


 ……やるって選択肢以外無いな。


「やるやる!全身全霊でやらせていただきます!」


「現金な奴だ。まぁ、これで交渉成立だな。では儂は出掛けてくるから、帰って来るまでにある程度済ませておいてくれ。ではな」


 そう言って、爺は道場から出て行った。


 よし!給料分、頑頑張って働きますか!


 ◆◇◆◇◆◇


「ごほっ、ごほっごほっ!」


 予想はしてたけど、凄い埃だ……マスクをしていても、咳が止まらない……服も埃塗れになるし……後で出掛ける予定があるからって、お気に入りの服で作業するんじゃなかった……まあ、給料が美味しいから、無理してでも働くけどさ。


 しっかし、壺やら甲冑やら、素人目に見ても高そうなお宝が沢山あるな。売ればかなりの財産になるんじゃないか?うちってもしかして金持ちだったのか?


 「ん?」


 片付けを進めていると、古いお札が大量に貼られている黒い大きな長持ながもちを見つけた。


 なんだこれ?お札をベタベタ貼って気持ち悪いなぁ。まさか、曰く付きの呪物でも入ってるんじゃないだろうな?


 カタカタ。


 長持に触れようとすると、長持がカタカタと音を立てた。


 え?


 カタカタカタカタ。


 どこも揺れてないのに動いてるんだ?……おいおい、この長持、マジで呪われた何かが入ってるんじゃ……。


 ビリッ、ビリッ。


 古いからなのか、長持の振動に合わせるように、お札が一枚、二枚と破れていく。


 ヤバい。これはヤバい。本能が逃げろと告げている。


 しかし、頭では逃げないと駄目だと分かっているのに、身体が言う事を聞いてくれない。


 ビリッ、ギィィィ。


 最後の一枚が破れ、長持の蓋が一人でに開いていく。


「っ⁉︎」


 相変わらず言う事を聞いてくれない身体が、まるで操られる様に長持へ向かって歩き始めた。


 止まれ!止まれ!止まれ!止まってくれ!


 俺は必死に身体に命令をした。が、それも徒労に終わった。


 身体は長持の前に立ち、長持の中を見てしまったからだ。


 長持の中は、二振の黒拵えの打刀が入っていた。


 相変わらず思い通りに動かない身体は、一振の打刀を取り出し、鞘から抜いた。


 その刀身は漆黒に染まり、禍々しくも妖しい美しさを放っていた。


 その妖しい魅力から目を離せずにいると、身体が勝手に動き、刀身を前腕に当て、その刃を滑らせた。


 ズキッとした痛みと共に、血があふれ出す。


 その血は刀身に吸われ、こぼれ落ちた血は鞘を真紅に染め上げていく。


 その理外の現象をどこか他人事のように見ていると、急に激しい眩暈めまいに襲われ。視界が徐々に暗くなり、やがて意識は闇に堕ちていった。

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