交渉に臨む

 


 この湖から一番近い土地を治めているのはフィオレ伯爵という方なのだが、この人もこの湖に手を出してはいない。


 大きな湖なのだから農業用水として利用できそうなものなのだが、今は利用されていない。

 過去に数度その用途で利用されていたようだが、どうにも湖の水を利用して作物を育てようとすると、どうしてか数年でうまくいかなくなってしまうのだ。


 その都度、勝手に湖の水を使ったことで精霊の怒りを買ったとか、いろいろと噂になっていたようだ。

 そんなこともあって今ではあの湖に手を出そうとする貴族どころか一般人にもいない。


 その中で俺はライカル湖とその周辺の土地を欲しいと考えている。いや、正確に言えばその土地を利用する権利さえあればいい。理想を言えば土地の所有権はあった方がいいんだけど。


 どうしてそんなことを考えているかなんて、主な理由はスゥ以外にないが、あえて言うなら初めてライカル湖に来た時、純粋にきれいな場所だと思ったからだ。

 こんな場所が1日以上かかるとはいえ、割かし町の近くにあるというのが信じられないと思ったくらいにかなり感動したのだ。


 まあ、その後崖から突き落とされたせいで、その感動は無に帰したわけだが。


 スゥと一緒に住むだけなら別にライカル湖にこだわる必要はない。

 しかし、何となくだがスゥをライカル湖から離してはいけない気がするのだ。別に深い理由はない。ただ、そんな気がするだけだ。


 スゥはまだ幼い。年齢的な意味でもそうだが、精神的にも幼いのは間違いない。

 ライカル湖はスゥとその母親が過ごした場所である以上、スゥにとって精神を安定させるために必要な要素の1つだと思う。


 それに弟に家業を譲った以上、仕事を自分で見つけてこなければならない。一応、何かあった時のためにと商会の一員として登録はされているが、そのまま残っていても問題になりかねないためいずれは抜ける予定だ。

 

「さて、そろそろフィオレ伯爵の屋敷だな」

 

 実家の伝手で面会の約束を取り付けてこれから交渉するために屋敷の中に入っていくことになるわけだが、その屋敷はとても大きい。


 子爵家であったカイラの家でも大きいと思っていたんだが、子爵と伯爵でこうも規模が違うのか。

 確かカイラの家であるヘキスト子爵家は比較的新しい貴族だと聞いたことがあるし、フィオレ伯爵家は建国当初からこの国に根差しているからその差なのかもしれないな。


 そんなことを考えているうちにフィオレ伯爵家の屋敷の前に到着し、門の前に待機していた門番の男性に紹介状を渡す。

 俺が差し出した2つを受け取った門番は、紹介状に記載された名前と封に使われている家紋を見て、紹介状が偽物ではないと判断したようだ。


「リグラント商会のルーク様ですね。ご当主さまから話は伺っております。すぐに案内の者を呼ぶので少々お待ちください」

「わかりました」


 門番の男性が懐からベルのようなものを取り出し、それを鳴らす動作をした。音はほとんど鳴らなかったが、おそらくその鈴は屋敷の中に連絡するための魔道具なのだろう。


 さて、ここで上手く行くか行かないかで今後のこと予定ががらりと変わってしまうので頑張って交渉に挑むとしよう。


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