閑話 洞窟内、最初の食事




 色々教えて貰った後、しばらく無言の時間が過ぎた。


 助けてもらったとは言え初対面である以上、共通の話題が怪我以外にある訳もなく、何を話していいのかわからない。そもそも聞いた限りのウンディーネの生活環境と人間の生活環境は異なる部分が多すぎる。

 話して盛り上がりそうな話題が一切わからない。


 何を話すべきか、悩んでいる内にスゥが洞窟から出て行った。何をしに行ったのかさっぱりわからない。

 今まで1人で生活していたらしいから、何処に行って来る、何をして来る、なんて言う習慣は無いのだろう。正直、どうしていいのかわからないので困るのだが、仕方のない事だろう。

 しかし、この怪我が治るまでここに居ることになりそうだから、出来れば報告してくれるように頼まないといけないな。


 しばらくしてスゥが戻って来た。そしてその手に持っている物を見て何をしに行ったのかを理解する。


「ごは」

「お、おお? え?」


 待って、まだこの魚生きているんだけど!? 嘘でしょ。


 弱りかけてはいるがまだぴくぴくと動いている魚を目の前に出され、俺は困惑で動くが止まる。

 俺の困惑を余所にスゥはさらに強くその魚を押し付けて来る。


 たしかに俺が何でもいいから食べたいって言ったのだけど、生魚そのままって。え、待ってそのまま渡してくるのだけど? いやいや、は? まさかこのまま食べろと!? ん? 


 生きた魚をそのまま渡されたことで混乱していると目の前に居たスゥがコテン、と首を傾げていた。

 それは実にかわいらしい仕草で、俺はそれ以上抗うことも出来ずにまだ生きている魚を受け取った。しかし、いくら渡してきた子がかわいいとはいえ、生きた魚をそのまま食べることは無理だった。


「食べ…ない?」


 受け取ってから一切動かなかったことで、どうやら食欲がないと受け取られたのか少し心配そうな声色で尋ねられた。


「ごめんな。ちょっとこのまま生で食べるのは……」


 生魚を食べると腹を壊すからな。最悪、長期間腹痛で苦しむ事になる。まあ、死ぬことはないのでどうしようもなくなったら食べることになるだろうけど。


「要ら…ない?」

「いやいや! そんなことはない、っつ!」


 食べることを拒否するような言葉を言った瞬間、スゥの表情が明らかに曇った。すぐに食べたくないわけではないことを示そうとしたところで体に痛みが走る。

 どうやら咄嗟に否定する際に体を動かしたことで、どこか痛めたところを刺激してしまったようだ。


「だ、だじょぶ!?」

「ああ、ごめん。大丈夫だ。ちょっと痛みを感じただけだから」


 ちょっとどころではなくかなり痛かったがこれ以上心配させたくはないのでやせ我慢をしてそう答えた。


 痛みの位置的に背中だろうから体を捻らない様にしていればそこまで痛みは出ないはず。今みたいに座る程度であれば痛みは感じないのだから、無理をしなければ問題は無いだろう。


 心配させまいと痛みは無いといった表情をしたもののスゥはまだ心配そうに俺の事を見ている。少しでも安心させようとスゥの頭を撫でた。


「みゅ?」


 いきなり俺が頭を撫でたことで驚いたのかスゥが変な声を出した。

 と言うか、やっといてなんだが女の子の頭を許可なく撫でるのは駄目じゃないか? こういうのって高確率で嫌われるやつでは?

 そう思い至ったことで、すぐにスゥの頭の上から手を退かした。 


「ぅ?」

「うん?」


 手を退かすとすぐにスゥが俺の顔を覗き込んでいた。


 あれ?

 嫌がると思ったんだが様子を見る限りそういった様子がないような? いや、いきなりやってしまったからスゥの思考が追い付いていないだけかもしれない。


「ごめん?」

「?」


 若干疑問符を浮かべながら謝ったのだが、それに対してもスゥはよくわかっていないような態度を示してきた。

 これは本当に嫌がってはいないようだ。


 普通、このくらいの年齢になれば頭を撫でられるのって嫌がるものだよな? いや、それ以上に大して知りもしない男に触られるのは嫌なもののはずだ。俺の兄弟は弟しかいないし、同年代の女となればあいつしかいないが、嫌がられた記憶しかない。


 しかし、スゥの反応を見る限り嫌がっている様子は見られない。


 しばし互いに見つめ合う状況が続いたが、俺が耐え切れず先に視線を外した。その様子を見て、さらに理解できないといった表情をしたスゥの顔が横目に見えた。


 ああ、これあれだ。純粋に異性として見ていないから気になっていないだけだな? スゥはウンディーネらしいし、実際の年齢が見た目通りなのかはわからないが、確実に俺が男として見られていないのは確実だ。


 スゥにとって俺はあくまでも保護対象なのだろう。まあ、今までの態度を見ればわかっていたことではあるが。

 それに命の恩人に対してこんなことを思うのはどうかと思うが、そもそもウンディーネの恋愛対象に人間が入るかどうかも謎だしな。


 ああ、今はちょっと驚いて気にしていないようだけど、このまま食べずにいるとスゥがさらに落ち込みそうだ。それに俺のために取って来てもらった物を拒否する訳にはいかない。


 このまま食べれば腹を壊す可能性が高いのは理解している。しかし、スゥが見ている手前、食べないわけにはいかない。

 

 意を決して魚にかじりつく。が、当然のように歯は通らない。魚は意外と固い。それ以前に鱗を処理しないでそのまま食べれば、のどに引っかかる可能性もある。 


 いや、というか、スゥの反応で混乱していたが、そもそも俺はこれを焼いて食べればいいのだ。運よく俺は炎の魔法を使えるし、最初からそうして食べればよかったのだ。


 さっそく魚を焼いてしまおう。

 そう思い魔法で炎を出そうとしたところで、この洞窟の中で火を使って大丈夫なのか確認を取っていないことに気付いた。


「ここって火を使っても大丈夫なのか」

「……ひ?」


 あれ? まさかこの反応からして火の存在を知らない? いや、単純に言葉と実際の物が結びついていないだけか?

 ウンディーネは水の精霊と聞いたことがあるし、魔法の基礎から見ても火と水は対極の存在だ。今まで人にあったことがないというスゥが火を見たことがない可能性は十分にありそうだ。


「空気は流れているのかな? 風が吹き込んで来るとかそんな感じの」


 火がわからないのであれば、他の聞き方をすればいい。

 洞窟内で火を使っていいのかを聞いたのは、火を使うとガスが発生してしまうからだ。これは魔法の火であっても同じで、空気の動きがないところで火を使えばガスが付近に充満してしまい、最悪死んでしまうことがあるのだ。


「くうき? かぜ? どうして?」


 そうか水の中でも生活できるウンディーネにとって、洞窟の中に空気が流れているかどうかは重要じゃないのかもしれない。


「えっと」


 しかし、逆に聞き返されてしまうと返事が難しいんだが、下手にガスが出るからと説明してしまうとダメと言われかねないし、どうしたものか。


 そういえば、洞窟内ににおいがこもっていないのだから空気は流れているんじゃないか? この洞窟内には水のにおいはするが水辺独特の生臭いような臭いはしていないし、これなら問題はないような気はする。となれば空気が流れていく穴がどこかに存在するはずだ。


「この洞窟って入口以外に穴は開いてる? 小さい穴でもいいんだけど地上につながっているやつ」

「穴? それなら、いっぱいある」


 そう言うとスゥは窟の天井を指差した。

 スゥが示した先にいくつか小さな窪みが見える。俺がいる位置からはそれが外まで繋がっているかどうかを確認することはできないが、ここに住んでいる開いているというのなら問題ないだろう。

  

 スゥに少しだけ距離をとってもらい、火魔法を使って渡された魚を焼くことにする。串とか魚を焼くときに使う道具はないから地面に置いて焼くことになるが、そこはまあ仕方がない。食べるときに皮を剥げばいいだろう。


 寝るときに使用している乾燥した草を一部拝借して、その上に魚を置く。そしてその魚に向かって火魔法を使う。


 表面が焼かれ皮目が弾けるたびにパチパチという音を立てながら魚を焼けていく。生焼けは怖いが焼き過ぎても苦くなって食べれなくなるのでじっくりとしかし慎重に焼き目を見て火の通りをしっかりと見極める。

 

 正直、料理は数度しかやったことがないので、どのくらいがちょうどいい状態なのかはわからないが、強火で一気に焼かず表面が焦げない程度にじっくり火を通せば問題ないはずだ。


 焼いている最中、少し火が怖いのかスゥは俺の後ろに隠れて焼いている様子を伺っていたのはちょっと面白くてかわいかった。

 途中、魚の油が跳ねて大きな音がした時、スゥの体がビクッと大きく動いた時ちょっと笑いそうになったのは内緒だ。


 そうして、見た目的に十分火が通った判断したところで魔法で出していた炎を消す。

 すぐに食べるには少し熱くなっていたため少し冷めるのを待ってから恐る恐る口をつける。


 少し口に含んだ感じちょっと生臭い感じはするが、しっかりと中まで焼けている。味付けしているわけではないので味はあまりいいとは言えないが、まずいわけではないので十分食べられる。


 二口ほど口をつけたところで、スゥが俺の持っている魚を凝視していることに気づいた。どうやら焼いた魚に興味があるようだ。


「食べてみる?」

 

 焼いた魚に興味心身といった感じに俺が持っている焼き魚を見てくるスゥに声をかけてみる。


「いい…の?」

「もとはスゥが捕ってきた魚だし問題ないぞ」

「ほんと…?」

「ああ」


 俺がそういうと、スゥは俺が最初に食べた時と同じように恐る恐るといった感じに焼いた魚を口に含んだ。

 そして、もぐもぐと小さく咀嚼してから、こんな感じかぁ、と言った表情で口の中のものを飲み込んだ。


「どうだった?」


 スゥの表情からある程度はわかってはいるが、一応感想はもらっておくことにする。


「むぅ…ん。これは…これ…で?」

「そっか」


 まあ、特に味付けもしていないからな。人間である俺からすれば生よりは格段にいいと思うが、基本生食っぽいウンディーネのスゥからすればそれほど差はないのかもしれない。


「もういいの?」


 俺が差し出した魚を一口だけ齧ってそれ以上口をつけようとしないスゥに、もう少し食べないのかと聞いてみるとスゥは小さく頷いた。


「う…ん。これはあなた…のだから」

「そうか」

 

 そういうことならありがたく残りを食べさせてもらおう。


 そうして、スゥに齧られたことで頭の部分がなくなった魚を口に運び、噛もうとしたところでふと思い至る。


 このまま食べたらスゥと間接キスになるのでは? 


 そのことに気づいてしまった俺は、少しの間そのことで食べるのを躊躇してしまうのだった。





 ―――――

 ただ魚を焼いただけの物なのでスゥが極端に感動するということはないです。あくまでも、これもありかも? くらいの感情です


 追記:この世界は洞窟内で火を使うと有毒なガスが出て危険、というのは比較的に一般知識として広まっているものの、閉鎖環境での酸欠による窒息の知識はあまりない世界です

 なので、数日間主人公が洞窟内で生きている=空気が循環している、という認識は生まれません

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る