婚約破棄へ 後

 

「これは3日ほど前に写したものですが、明らかな不貞を行っていたことを示す証明になります。先にも述べましたが、いくら私の息子が行方不明になっていたとしても、婚約が破棄されていない状況で行っていい事ではありませんよ」

「そんなものは知らん! これはお前たちが作り上げた物だろう! 証拠にはならん!」

「ヘキスト子爵殿。これを証拠として扱うかどうかは貴方が決めることではない。まして私たちが決めることでもない。最終的な判断は貴族院がする事です」

「……ふんっ。ああそうだな。そうだったな」


 証拠になるかどうかの判断は貴族院がするという父さんの発言を聞いて、カイラの父親は少しの沈黙の後にそう発言し、口角をほんの少し上げた。おそらく、この後に貴族院へ行ってこの証拠を認めさせないように圧を掛けるつもりだろうけど、それは予想済みの行動だ。そもそも、それが成功するとも思えないけどな。


「すまないが、これ以上の時間はこの話には取ることが出来ない。帰らせてもらう」

「ああ、もう少々お持ちを。まだ話は終わっておりませんので」


 すぐさまこの部屋から退出しようと立ち上がったカイラの父親に対して、父さんが待つように言葉を掛ける。


「私は忙しいのだ! 早くしろ!」

「では、あの書類を出して頂きたい」

「こちらになります」

「ありがとうございます。では、ヘキスト子爵殿。こちらの書類をどうぞご確認ください」

「何だ、これは、っ!?」


 父さんがカイラの父親を呼び止めた後、直ぐに貴族院の人からある書類を受け取った。そして、その書類をカイラの父親に渡す。

 その書類の内容を見てカイラの父親は驚愕の表情を浮かべ、書類を持っている手が徐々に震え出した。


 今、カイラの父親に渡した書類は、先ほどから出している書類が証拠として正式に認められたことを示すものであり、同時にこちらからの婚約破棄の申請を正式に認めたことを示している物だ。まあ、婚約破棄の申請は先にヘキスト家からの申請があったため、正式に認められただけでその先には進んでいないのだけど。


 この場に貴族院の人が居た理由は確かに不正を排除するためであり、会話の内容を記録する物だ。ただ、それ以外にこの書類を提示する役割があったのだ。そもそも、今回の話し合いは、カイラ側が現在申請していることを破棄すると宣言した段階でこちらの勝ちは確定していた。


 では何故さっさとこの書類を出さなかったのかというと、こちらとしては正式に謝罪があれば多少の譲歩をする予定だったからだ。婚約を破棄することは確定ではあったが、カイラ側の原因で婚約を破棄した場合、カイラ側が進めていた申請と同じように、こちらに利が発生するような契約が付随しているのだ。それをこちら側から破棄して痛み分け、という形で譲歩する予定だったのだが結果はこれだ。


 それと本来、今回のような婚約を破棄する事に関する申請は時間が掛かる物だ。実際にカイラが不貞をしていることを示す書類を提出してから正式に認められるまで1週間ほどかかると言われた。さすがにそんなに待つことは出来ないため、ちょっと抜け道を使った。いや、抜け道というよりは金に物を言わせて時間を買ったと言った方が正しいか。貴族院は不正に関しての交渉はまず受けてくれないが、不正に関与しない部分については結構緩い。

 今回は審査の順番を先に回してもらうために、審査の優先権をお金で買った形だ。少々値は張ったが、負けた場合にカイラの家に持って行かれる金額に比べればはした金だそうだ。俺はいくら払ったのかを聞いてはいないが、少なくともうちの商会の稼ぎの1月分との事。


「くそっ!」

「お父様、その書類は、ひぇ!?」


 立ったまま、わなわなと震えている父親の様子が気になったのかカイラが声を掛けた。そして、カイラの父親は持っていた書類をそのまま握りしめ、怒りやなどの感情から顔を真っ赤にした状態で声を掛けて来たカイラの方へ体ごと向き直す。


「この馬鹿娘が!」

「いだっ!? なびぇっ!?」


 カイラの父親は怒りのあまり座ったままのカイラの髪の毛を掴むと強引に立ち上がらせ、そのままカイラを殴り飛ばした。カイラは訳の分からない中、父親の表情を見て怒っていることは理解していたようだが、それ以上のことを理解する前に殴り飛ばされ床に倒れ込んだ。


「失礼する!」


 カイラの父親は自分が殴ったとはいえ、床に倒れ込んでいる娘のことを一切気にすることもなく、そう一言を残して足早に部屋を出て行った。まあ、娘の所為で有利に進めることが出来た話が一気に不利になったどころか、完全な負けになってしまったことで殴りたくなる気持ちは理解できるが、この場でやるとは思っていなかったし見捨てて出て行くとも思っていなかった。だからとはいえ、カイラに対して同情する気持ちは一切ないのだけどな。


「すまないけど、この子も一緒に持って行ってくれるかな」

「え、あ、はい」


 話し合いの中、完全に空気に成ってしまっていたが、この部屋の隅に待機していたヘキスト家の使用人にカイラを連れて帰って欲しいという指示を出しておく。

 当主がいきなり娘に対して暴力を振るったことが呑み込めずにほうけていた使用人は、俺の言葉を聞いて意識をこちらに戻した様子で床に蹲っているカイラを連れて部屋を出て行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る