家族会議

 

 カイラ、いや、ヘキスト家との話し合いが終わり、俺と父さんはそのまま部屋に残っている。

 貴族院の人はヘキスト家の者が全員出て行った後、話し合いの場で作られた書類を複写魔法で写し、控えとして父さんにそれらを渡してから部屋から出て行っている。


「貴族院の方の見送りが終わりました」

「ああ、ありがとう」


 貴族院の人の見送りに出ていた母さんと別室で待機していた弟のサシャが部屋に入ってきた。


「馬車の方は問題なさそうだったか?」

「ええ、しっかり護衛の方もいらっしゃいましたし、人目の多い道を通っていくそうなので問題は無いかと思います」

「そうか」


 母さんによると、道中、ヘキスト家からの妨害、最悪殺害の可能性があるため我が家でも護衛を出そうと提案したらしい。

 しかし、そう言ったことも想定していた、いや、おそらくそう言ったことが多いのだろうな。元から護衛の騎士を連れて来ていた貴族院の人はこちらの提案をやんわりと断り、そのまま馬車で帰っていったそうだ。


 貴族院の人が居る中で正式に決まったこととは言え、その決定を承諾したサインが書かれている書類を貴族院に持ち帰らなければ、その決定が完全に反映されるわけではない。そのため、書類さえ貴族院に届かなければ、その決定は無かったことになる。当然、そこを狙って刺客を放つ者たちは後を絶たない訳だな。


「それで、今後のことはどうするつもりなんだ? 兄さんの婚約者が居なくなった訳だけど、このまま店の後継者のままなのか?」


 父さんたちの会話が途切れたところでサシャがそう言葉に出した。

 サシャはこの部屋に入って来てからずっと不貞腐れた表情を浮かべているが、まあ、理由は俺だろう。


 俺が生きたまま帰ってきたせいで、商会を継げなくなった。商会は元々俺が次ぐ予定だったが、行方不明になって1月半も経っていれば普通は死んだと判断するのが普通だ。そのため、サシャも商会を継ぐのは自分だと思っていても不自然ではない。

 元から商会を継ぎたがっていたし、長子だから紹介を継ぐことになっていた俺のことを嫌っていたことも知っている。


「ルークがリグラント商会を継ぐことに変わりはない。婚約者についてはこれから探すことになるが、何人か候補は決めてある」

「そうかよ」


 それを聞いてサシャはさらに不貞腐れた表情を浮かべた。父さんからしたら、代々長子が商会を継いできた流れを変えたくないだけだろうが、最初からあまり乗り気ではない俺にとって有難迷惑な話だ。


「それについてなんだけど」

「何だ?」

「商会を継ぐのはサシャに譲ってもいいか?」


 俺の言葉に父さんだけではなく母さん、さらにはサシャも驚いた表情を浮かべた。


「お前は何を言っているんだ?」


 俺が言ったことを理解した父さんの表情が険しくなる。会頭である父さんが決めたことを拒否しているのだから、気に障るのは当然だな。


「そうよ。あなたは何を言っているの? 今までそんなことを言ったこと無かったのに」

「いや、先に理由を聞いてくれ。理由もなくそんなことを口に出したりはしない」

「……そうだな」


 父さんの表情はかわらない。多少返答に間があったがどうやら話を聞いてはくれるようだ。


「俺が居ない間にヘキスト家と問題が起きて、さきほどそれが解決した。それで、俺は婚約者が居なくなった訳だが、貴族と揉め事があって婚約者が居なくなったわけだ。

 そして、一時期行方不明になっていた上に解決しているとはいえ貴族と揉め事があった俺に、新しく婚約者が出来るとは思えない。父さんは候補がいるとは言っていたけど、この話しを後にどれだけ候補が残ると想定しているんだ?」


 父さんはすぐに言葉を返すことが出来ないようだった。おそらく候補に挙げていた家がどれだけ残るのかを考えているのだろう。さすがに俺も全員拒否してくるとは思ってはいない。しかし、残るのはその状況でも自分たちに理があると判断した者だけだろう。そういった者が果たして婚約者として良いと言えるのか疑問でしかない。


「それにリグラント商会としても、俺がこのまま後を継ぐことになるのは良くないと思う。こちらに非がなかったとしても貴族の令嬢と婚約を破棄した後継者と言うのは見分が悪すぎる。提携している商会からも印象が悪く見えるだろうからな。

 まあ、婚約破棄に至った経緯を知っていれば問題ないかもしれないが、全員が全員、知ろうとする訳でもないし、最悪噂を流された場合対処が困難だ。商会は印象で商売をしているようなものである以上、俺という不安要素は早い内に切り捨てた方が良い。

 俺がサシャに後継者を譲る、そう言ったのはこういう理由からだ」


 父さんからの返答はない。俺が話している内に表情の方が元に戻っているから、俺の主張は受け入れて貰えていると思うが、さてどうなるか。


 母さんは父さんを見ているから、父さんに判断を任せるという事だろう。サシャは……まだ呆けた表情をしているから状況を呑み込めていないのだろう。後継者になりたがっていたサシャからすれば何故、自ら後継者を降りるのかと疑問でしかないのかもしれないな。


「確かにそうだな。婚約者は問題なく出来ると思うが、商会としての印象は良くないのも否定はできない。それにヘキスト家からの妨害があった場合に、サシャを後継者として据えた方が躱し易いのも事実か」

「え?」


 サシャを後継者にする。そう父さんの言葉を聞いたサシャが驚きの声を上げた。


「しかし、ルーク。後継者から降りるとは言うが、これからどうするつもりだ?」

「一旦、家から離れる予定。期間は半年くらいかな。出来ればヘキスト家からの妨害が来ない、と判断できるくらいは離れていたい。それと、父さんからすれば直ぐに俺の婚約者を決めたいところだろうけど、それも待って欲しいかな」

「ふむ…」


 そして話し合いが続き、後継者はサシャにすることが決定した。俺は何とか半年の間は自由に行動出来るように交渉し、それに成功した。

 婚約者については半年後、俺が家に戻って来てから候補者へ正式に打診する形だ。スゥと一緒に居るには、これをどうにかしなければならなかったが、残念なことに父さんの意見を覆すことは出来なかった。

 ただ、納得できる相手を連れてくればそちらを優先する、そう父さんから言質を取ることは出来たので、後は俺がどうにかすればいいだけだ。


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