婚約破棄へ 前

 

「それは何だね?」

「この後の話を進めやすくするための物ですよ」


 カイラの父親が机の上に書類を出した俺のことを蔑むような視線で睨み、聞いて来たので、そのままのことを返した。


「無駄な足掻きだな」

「ははは、そうなるかどうかは話が進んでみないとわかりませよ」


 俺の言葉を聞いてカイラの父親は悪態をついているが、それを無視して書類を机の上に広げていく。

 この書類の目的は、カイラと俺の婚約を破棄するために使用する事だ。残念ながらカイラが俺を殺そうとしたことを証明することは出来ない。あの場に居たのは俺を除いて全員がカイラ側の人間だった以上、俺が証言したところで全て否定されるのは目に見えている。


 故に婚約を破棄するには別の理由が必要だ。と言うか、むしろこのまま何もせずにカイラたちを帰してしまった場合、俺が闇討ちされて死ぬか、長期間いなくなっていたことを咎めて婚約破棄に持ち込まれる可能性が高い。そのなる前に先手を打たなければことらが一方的に損をするだけになるのだ。


 故にこの書類は先手を打つための物であり、カイラ側に非があることを証明してこちら側が有利な条件で婚約破棄に持ち込むための物なのだ。


「まずはこれを見ていただきたい」


 そう言って書類の中から一枚の紙を取り出す。この紙には描写魔法で風景を写し取った物が写されている。そしてその風景の中にはカイラとほんの少しだけ見覚えがある男がいた。


「何だ。これは」


 カイラの父親は書類に写っていた物を見て眉をひそめた。この反応からしてカイラが書類に写された男と近しい間柄であったことを知らなかった、もしくは会っていたことを知らなかった可能性が高いことがわかる。


「これは1週間前に描写魔法で撮られたものですね。こちらも同じ日に撮られたものです」


 もう一枚書類を出す。そこにはカイラと男が顔を寄せている場面、まあ要するにキスしている所が写されている。


「……これはお前たちの家の者が撮った物か?」

「いえ、貴族院に付属する調査部門に依頼してやってもらったものですね。そもそもこちらには描写魔法を使える者はいませんから」

「ああ、そうか」


 カイラの父親はあからさまに残念そうな態度を示した。

 まあ、無断で撮っているのだから状況次第ではこちらの問題になるよな。ものによってはそれだけで罪に問われる可能性もある。だから、その指摘を回避するために貴族院の方に依頼をしたのだけど。


「息子が行方不明になっていたとは言え、まだ婚約が破棄されていない状況で別の男と逢瀬を重ねるのはどうかと思いますが、どうでしょうね?」

「……ふん。別にそういう仲でなくとも男女で会うこともあるだろう。これも実際にしているかどうかは明確に判断できないではないか。この男とは偶然会っただけだろう? カイラ」

「え、あ、はい。そうですね。この方の名前も私は存じ上げませんし、していませんよ」

「ほう、名前も知らないような男性にも拘らず、ここまで顔を近づけるのですか」

「え、ええ、そうです。偶然! そうなっただけですわ!」


 あからさまに挙動がおかしいカイラに対して、カイラの父親は前にも増して不機嫌そうな表情になっている。と言うか、多少距離が離れているがほぼ真横から撮ったものなので確実にしているとわかる物であるにも関わらず、していないと言い張るカイラたちは本当に誤魔化せていると思っているのだろうか。


「では、次も出しますね。正直これは出したくなかったのですが、違うと言い張られていますので仕方ありません」


 描写魔法で写し取った物の中で一番の証拠となるものだ。正直、俺はこれを見た時悪態をつきたくなったが、それ以上にこいつら正気か? と本気で疑いたくなった。


「なっ!」


 書類に写し取った光景を確認したカイラの父親は驚きのあまり声を上げ、直ぐにカイラの方へ向いた。それも多少どころではない怒気を含んだ表情で、だ。


「カイラ! これはどういう事だ!?」

「ひぇっ! えっあ!」


 父親に怒鳴られて怯えた表情をしながらも、父親に示された書類を見てカイラの表情が一気に恐怖から絶望へと変化した。


 カイラの前に示された書類には男女が密着している場面、言い換えれば男女の性的な場面が写し取られているという事だ。しかも、割と近距離でという注釈が付く。


「どう言うことだと聞いているんだ!」

「え、あ……ええーと、別人! そうです別人です! それは私ではありません!」

「顔もしっかり見えて、ヘキスト家の者である証の紋章もはっきりと確認できるのに別人だと言うのですか?」


 この書類に写っている女がカイラであるという証拠になるものが複数存在している。一つは顔である。もう一つは比較対象があるため身長もある程度把握できる点。そして一番重要な証拠として存在するのは、各貴族家に存在している家紋が写されている紋章だ。カイラの場合はピアスが該当するのだが、これにははっきりとその存在が映し出されているのだ。


「ええ、そうです! 私ではありません!」

「娘がこう言っている以上、違う! その書類はさっさと破棄しろ!」


 ここまではっきりとした証拠を出しているにも拘らず、頑なに自分ではないと言い張るのはある意味凄いとは思うが、同時に馬鹿だなとも思う。ついでにカイラの父親の発言に関しては何の根拠もないので馬鹿以前の問題だ。

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