閑話 弟の気持ちと考え

 

 既にルークが行方不明になってから1月半が経った。これまでいくつかの捜索隊を派遣しているにも関わらず、未だに碌な手がかりすら見つかっていない。それは、捜索している側からしたら絶望的なことでもある。


 ここで気にすべき点は、ここまで時間が経っていると死体がそのまま残っている可能性がとても低いと言うことだ。


 ルークが既に亡くなっていた場合、仮にルークらしき亡骸が見つかったとしても、時間が経つほどに亡骸は腐敗し、見ただけではそれがルークかどうかの判断も難しくなる。ただこの場合、高額な費用は掛かるが人の持つ魔力を確認すれば確認はそこまで難しくはない。


 次に、既に捜索隊とは別の人物がルークの亡骸を見つけ弔ってしまっていた場合、この世界での亡骸の処理は火葬であるため、確認のしようが無くなってしまう。

 また、そのまま自然下で亡骸が放置されていた場合、周囲に肉食の獣がいなかったとしても、虫や鳥によって亡骸が損傷どころか骨を残して消失している可能性すらあるのだ。


 それと腐敗しているだけならまだしも、弔われてしまっている場合や骨しか残っていなかった場合では、ルークが害された証拠が見つかる可能性は極めて低い。


 それらを踏まえてルークの家族は、もうルークが見つかることは無いだろうと言う、諦める段階まで来てしまっていた。



「兄さんが居なくなって1月半か。これは本格的に先のことを考えなければならないかもしれないな」


 ルークの弟である、サシャが他に誰も居ない自室で独り言ちる。


 先ほどまで話していた父親も、ルークを見つけてカイラの家との契約を破棄する計画は諦め、どうすれば契約による影響が少なくなるのかを考え始めていることを、サシャも知っている。


 そもそもルークの家は大きな商会ではあるが、この規模になったのは現在の商会長、ルークの父親になってからだ。故に貴族との伝手が薄くより大規模な商いをするには、どこかの貴族家と繋がりを持つ必要があった。


 ルークとカイラが許嫁になった当初は、カイラの家に感謝の気持ちがあったが、次第にカイラの家が商会との繋がりを必要とせず、自らの益のみを求めていることに気付いた。しかし、それでもこの婚姻で得られた伝手の大きさは商会としては無視できず、今まで目を逸らしていたのだが、その結果が今の状況を発生させてしまった。

 契約を結んだ当時、商家との繋がりを求めていたのなら下手なことをしてくることは無いと踏んでいた父親は、カイラの家の求めている物に気付いた時、何かしらの行動を示しておいた方が良かったとここに来て後悔していた。


(このままいけば商会は損しかしない。父さんはあの家との繋がりを得たことに後悔をしているようだが、それは今更だろう。しかしこのままだと俺の婚姻にも影響が出るな)


 元より婿に出るはずだったサシャからすれば、家が損をすることは対岸の火事のようなことではあったが、ルークが死亡してしまっている場合、家を継ぐことになるのはサシャだ。


 許嫁の家からすればサシャと娘の婚姻は、あくまで商会間の繋がりを強くするために結んだものだ。故に商会に問題が生じているルークの家との繋がりを持つことに危機感を覚えている。このままでは、サシャの婚姻は解消されてしまう可能性すらあるのだ。


 実を言えば、カイラの家との契約はあくまで現商会と結んだものだ。故に新しい商会を作りそこに現商会の権利や版権を移せば損を減らすことは出来る。確かに現商会の知名度や信頼を損なうことにはなるが、総合的に見れば損は新しい商会を作った方が確実に少ないのだ。


(まあ、ルークが見つからないのなら仕方が無い。多少、損はするが新しい商会を建てるように父さんに提案してこよう。そうすれば俺が次期会長になっても、何の問題もない)


 実の所、サシャはルークにあまり良い感情を持っていなかった。少し先に生まれただけで、別に自分より優れた能力がある訳でもないくせに、次期会長の座を得ていると言うのが気に入らなかったのだ。

 そして、カイラからルークが崖から落ちて行方不明になったと聞かされた時は、直ぐにルークの亡骸を見つければ自分が次期会長になれると内心喜んでいたほどである。

 残念ながら、サシャの思うようには行ってはいないが、少なくともこのままいけばサシャが次期商会長になる事は確実だ。


 サシャは父親に今考えていたことを伝えるために部屋を出た。すると、そこに息を切らして走って来る使用人の姿が見えた。


「サシャ様!」

「どうしたんだ?」

「ルーク様が」

「え?」


 いきなり使用人からルークの名前が出たことにサシャは驚き、それと同時に自分にとって都合が悪いことが起きた可能性に気付く。

 まさか、と思いつつもサシャは使用人に尋ねる。


「兄さんが、どうしたんだ?」

「ルーク様がお帰りになりました!」


 そう使用人の言葉を聞いたルークの思考に一瞬空白が生まれた。既に死亡したことになっていた兄の帰還、自分にとって都合の悪い事実を受け止められていない中、サシャは使用人に連れられてルークの元に向かった。

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