第28話 矢車先生との勝負の末路
それから一週間が過ぎた月曜日。
先週の月曜、火曜、水曜の三日間に渡って行われた中間考査の順位通知が茶封筒に入れられて配られた。
もう衣替えの季節とあって、黒ブレザーなしの白ブラウス姿の柊さんが隣に見えるが、薄着だからか小刻みに震えていた。腰に巻いている茶カーディガンを羽織れば良いだろうに。
「寒いんですか?」
「……心がね」
そういうことか。
中に入っているであろう細長い紙を見たくないのだろう。
「でも、手ごたえはあったんですよね?」
「まあ」
初日の月曜日、日本史と数学と化学というなかなかハードな日をどうにか乗り越えてくれた柊さん。
火曜日の英語と物理でも上機嫌だった。
だがしかし、最終日の水曜日、世界史と国語。その国語のあと灰になっていたのは知っている。僕も真っ白になっていたから。
「国語は気にしなくても大丈夫ですよ。あんな奇問じゃあ相当平均点が低そうですから」
「だと良いけど」
問題用紙を伏せ、矢車先生の「はじめ!」の合図で捲ると、その内容に愕然とさせられた。昨年度とはガラリと形式は変わり、筆者の気持ちを汲み取る系は皆無。代わりに登場したのが物語作成だった。
その大問二の一文『物語作成:わたしを感動させよ』を見たクラスメイトたちが全員身震いしていたことだろう。小説家っぽい柿坂さんは武者震いだったかもしれないが。
大問がふたつしかないテストだったため、五十点満点としか思えない。僕の点数も恐らくは壊滅していることだろう。総合三位は諦めよう。
「と、ところで、どんな物語を書いたんですか?」
「ファンタジーもの」
「へえ、それは凄いですね。僕なんか家出した小さな男の子が心優しいお爺さんの家で少しだけ暮らすみたいな、何だか日記みたいな物語になっちゃいましたよ」
「へえ、それいいじゃん。ほのぼのしてて、なんか心温まるっていうかさ。わたしなんてバトルものだからほのぼのしないし」
少し元気を取り戻した柊さんが熱く語る。バトルもののファンタジー小説などを愛読しているのだろうか。
「ちなみに、どのような?」
「聞きたい? どうしよっかなー?」
ニンマリしながら腕を組む柊さん。勿体ぶられると気になる。熱い内容をお聞かせ願いたい。
「お願いします。気になって今晩寝られません」
「そんなにッ! しょうがないなあ。タイトルは勇者シロたんの大冒険」
「え?」
今なにか、凄くゆる~い単語を耳にしたような気がするのだが。
「とある部室から転生しちゃった勇者シロたんが魔王を倒しに行くっていうね」
「へ、へえ……」
僕の物語よりもほのぼのしていそうなのは気のせいだろうか。
「だけど、冒険の途中で中のひとがバレんのよ」
「中の人?」
「敵の攻撃で破けた着ぐるみから腹黒少女が登場するの」
元ネタにすぐ気付いてしまう。絶対に部室で言ってはならない。
「そ、それは斬新ですね」
「でしょ? あ、でも、このこと他の人にはナイショね?」
当たり前です。元ネタのひとに、僕の人間という着ぐるみを破かれてしまう。
僕は強く頷いておいた。
そんなやり取りから数時間後の放課後の甘部。
元ネタのひとが怖い顔をしていた。
「ねえ、ホントにわたしから開けんの?」
「当たり前でしょ! 美月の成績が全てなんだから」
バレてしまったからではなく、柊さんが封筒を開けようとしないからである。近くで柿坂さんが不安げに眺めていた。
「そ、そうだ。先に僕が開けても良いですか?」
気を遣って提案してみる。
「あ、じゃあ勝負しなーい? あたしが勝ったら犬がひとつだけ言うことを聞く、犬が勝ったらあたしにジュースを奢るってルールで」
残酷すぎる。勝っても負けても損をするのである。
「分かりました」
「よーし! じゃあ行ってみよー♪」
上機嫌な松葉さんの横で僕は茶封筒を開ける。
ゆっくりと細長い紙を滑らせると、
「よ、四位……。前回よりも悪い……」
すぐに「よっしゃ!」と言ってガッツポーズを見せる松葉さん。これがメシウマというものか。どこぞの雑誌でちらっと見たことがある。
だが、松葉さんは確か前回五位。まだ可能性はあるはずだ。
いや違うな。勝ってもジュースを奢るだけか。
無言で隠れながら封筒の中身を見ている背中姿の松葉さん。
一瞬なにかにギョッとしたあと、振り返って言ってきた。
「んじゃ、美月ー、早く開けてー」
「え!? あのぉ、順位――」
「は?」
凄い圧を顔に示していた。僕が勝ったということか。
そんな僕らの近くで、ひっそりと封筒を開ける柿坂さん。
中身を知って肩を落としている。
「あれー? 穂花、下がっちゃった?」
またメシウマを求めて松葉さんが近付いてきた。
「前と、同じ」
「じゃあ、なんでガッカリすんのよ!」
「いつも一番になれない……」
この様子だと入学以来ずっと二番なのかもしれない。すると一位は誰なのだろうか。
「気にしなくて良いわよ。どうせ、どこぞのガリ勉太郎だろうし。勉強しか取り柄ありません、みたいな」
自分に言われているようで、何だか切ない。
松葉さんに懐いている柿坂さんは、フォローされて頬を染めていた。
「ほら、あたしたちは条件クリアしたから、あとはあんただけよ?」
「うっ……」
蚊帳の外を満喫していた柊さんが青ざめる。
急かされながら封筒を握る手はブルブルと震えていた。
「やっぱムリ! 愛莉、開けて?」
「はあ!? そんなことぐらいでビビってんじゃないわよ! ぱっと開けなさいよ!」
「愛莉みたいに肝据わってないから」
無理矢理に封筒を手渡す柊さん。
「もう! しょうがないわねえ」
その封筒を手に取り、堂々とした仕草で開けようとする松葉さん。この姿に憧れる。
感動を共感しようと、僕と柊さんと柿坂さんが松葉さんのうしろに集まり、息を呑む。
「…………」
するとどうだろう。今まで堂々とした立ち居振る舞いだった松葉さんの手が少しだけ動き始めた。
「愛莉、はやく?」
「分かってるわよ。ち、ちょっと待ちなさいって」
よく見ると、茶封筒の一部が黒ずみ始めた。まさか手汗をかいているのだろうか。
「愛莉、まさか……」
「そ、そりゃあ緊張するわよ。犬、代わって?」
「ええぇっ!? 最悪な役回り……っ」
今度は僕が中心となって、うしろに美少女が三人立ち並ぶ。圧と匂いが凄い。
意を決して開けてみると、
「な、七十六位……」
松葉さんの小さな声がうしろから聞こえた。
「うっ、うっ……ごめん」
急に柊さんが泣き出した。
僕がすぐさま声を掛けようとすると、
「良かったじゃん」
「え?」
松葉さんが先に言い出した。
疑問の声と共に柊さんが目を開ける。
「ほらだって、前回百四十位が今回七十六位でしょ? よく頑張ったじゃん」
「うっ、うっ……愛莉ーー!」
怒られるだろうと思っていた柊さんは安堵したように松葉さんに抱きついて泣いていた。
僕が言おうとしたことを先に言われてしまったな。
松葉さんと同じ考えであったことが酷く嬉しく感じられた。恐らくは柿坂さんも同じ考えだったのだろう。そんな表情をしているから。
「感動のところすまんが、良いか?」
入り口付近に目をやると、矢車先生が立っていた。
「いつから?」
「柊が泣き出したとこくらいからだ。入りづらくて待っててやったんだ」
松葉さんの問いに先生が答える。
ゆっくりと部室の中央、僕らのもとへ近付いてきた。
「んじゃ、約束、守ってくれるよな?」
「……あのぉ、オマケとか?」
「往生際が悪いぞ、松葉。こっちだって他教科の結果聞いて冷や冷やしたんだからな。もし負けたら何させられるか分からんしな」
「そ、そんな先生。勝っても命令などしないつもりでしたよ?」
近くまで寄って目を細めて松葉さんを見る矢車先生。
「だと良いがな」
松葉さんは苦笑いしていた。
矢車先生は松葉さんの何かを知っているのだろうか。そんな感じがした。
「んじゃ、申請書に部員の名前と役職を書いて提出してくれ。通ったら活動開始だな」
「活動とは一体?」
「お悩み相談だ」
「はい?」
僕ら三人が黙って眺める中、ふたりだけが話をし、松葉さんが首を傾げる。僕らも首を傾げている。
「悩める高校生たちの悩みを解決する、それが活動内容だ」
「ち、ちょっと待ってください。部の名前は甘部なので、スイーツ的な部で行こうかと思うのですが」
松葉さんが抗っている。
「甘部……。ならこうしよう。悩める高校生たちを甘々なカップルに導く部――略して甘部。活動内容はお悩み相談(恋愛)に変更」
「ええぇっ!?」
余計に悪化した。
「そのついでに恋愛以外の相談も聞いてやってくれ」
「せ、先生! なんであたしたちなんですかッ?」
「お前らには魅力を感じるから。特にお前にはすごーい魅力をな」
「はあ!?」
急に自分を指差され、少しだけ腹黒な叫び声をあげてしまう松葉さん。
「まっ、とにかく頑張ってくれー。顧問は私がやってやるからー」
後ろ手を振りながらそう言い残して先生は出ていった。
残された四人は話す気力を失っていた。
学園の女神さまが腹黒だった件について 文嶌のと @kappuppu
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