第25話 アパートに集う部員たち

 次の日――土曜日の放課後。

 いつものように甘部の部室に足を向けようとすると、


「ストップ!」


 僕ら三人を引き留める松葉さん。


「どしたの?」


 柊さんが振り返って尋ねる。


「どしたの、じゃないわよ。はい、そこの犬! 美月の昨日の成果を述べよ」

「えーっと、確か範囲のうちの一割ほどだったかと」


 そうなのだ。最初はなかなか良い感じだと思われたのだが、間食後から徐々にペースは落ち、挙句の果てに寝落ちまで決められ、あまり順調とは言えなかった。


「今日明日、同じよーなペースだと、一体どーなるでしょーかッ?」

「……部が創設されますね」

「いや、ちょっと待ってよ。昨日は途中寝ちゃったけど今日は頑張るから」

「あらあ? あんたが昼ご飯を忙しなーく食べ終えたから、あら勉強するのね偉いわあ、と思った直後、一生懸命なんたらタイムに勤しむ姿に強烈なダメージを受けたあたしの心、どうしてくれるのかしらあ?」


 その時のことを僕も鮮明に記憶している。「ごちそうさま」と最初に宣言した柊さんを見て、僕も松葉さんも柿坂さんもそれはそれは嬉しい表情だった。素晴らしい、残り時間を勉強に捧げるんだ、と。だが、早く食べた理由、それが猫撫でボーナスタイムにあったと知り、恐らくは僕だけではなく松葉さんと柿坂さんの弁当もしょっぱくなったことだろう。


「……ごめん。ついハマっちゃって」

「このドあほを教育すべく、急遽あたしが考案したプロジェクトを発表します!」


 とても嫌な予感がする。

 松葉さんと出会ってまだ一ヵ月余りだが、発表される多くが鬼畜仕様だからだ。


「今日は部室へは行かず、美月の家に四人でお泊まり勉強会!」

「「「ええぇっ!?」」」


 珍しく柿坂さんまでもが大きな声をあげた。


「まあ穂花は父親のことがあるから無理にとは言わないけど」

「……電話してみます」


 松葉さんの意見には必ず賛成の意を示してくる。余程惚れているようだ。


「いやしかし、柊さんの家って部屋がひとつしかないので、男の僕がそんな」

「やだ~、この犬、三人とも犯すつもりよ~」

「ち、違います! そういう意味では」

「わたしもそう聞こえたけど?」

「ええぇっ!? か、勘違いですよ。僕が言いたいのはですね、ご両親が気にされるのでは、ということです」

「あー、うちは無いわー」

「わたしもー」


 松葉さんも柊さんも即答だった。

 まあ確かに、心配ならひとり暮らしなどさせないだろうし、松葉さんに至ってはボーイの数が多すぎて日常茶飯事かもしれないし。

 だが、柿坂さんの父親が許すだろうか。


 そんな中、教室の隅で電話をしていた柿坂さんが戻ってきた。


「良いらしい、です」

「ホントに!? よくあのお父さんが許したね」


 柊さんが驚きを露にさせる。


「はい。松葉さんが一緒なら、心配ない、と」

「なんで、あたしそこまで買われてんのよ?」

「あれじゃない? 愛莉に怒鳴られてゾクゾクしちゃった的な。今度また罵ってくださいって頼まれるかもよ?」

「はあ!? あたしはSじゃないっつーの!」


 一瞬にして静まり返る教室。もう僕らしかいないのだが、誰も返事をしない。


「なんでシーンとなんのよッ!」

「いや、どう見ても愛莉ってSじゃん」

「はあ!? あたし結構尽くすタイプだから――って、どうでも良いわッ! ほら、あんたの親は? 連絡しなくて良いの?」


 お茶を濁すかのように僕に振ってきた松葉さん。


「そうですね。父に電話しておきます」


 そう言って先程まで柿坂さんが電話をしていた辺りで父に連絡を取ってみると、何の問題もなく「分かった」と一言だけ返ってきた。「女の子の家なんだけど」と言ったはずなのに、何故に驚かないのか。寛大なのか、僕を男と認めていないのか。


「大丈夫でした」

「そう。んじゃ、レッツゴー」


 松葉さんが柊さんの背中を押し、その後ろを僕と柿坂さんが歩いた。




 お邪魔するのは四度目になるアパートの一室に四人が集う。

 急な来訪だったため、女子力は無力と化し、大惨事となっていた。


「汚ッ! 久しぶりに来たけど、まだあんたこんな感じなの?」

「いや、だって昨日疲れたからカップ麺食べてすぐ寝落ちしたんだもん」

「あんた朝も弱いからギリギリまで寝てて朝ご飯抜き洗い物無理って感じでしょ? てか、カップ麺の臭い凄いんだけど」


 昨日の夜からずっと、残り汁とともにシンクに置いていたらそうなるだろう。隣で柿坂さんが青ざめている。


「それじゃあ、僕が片付けますので、先に柿坂さんと松葉さんが教える担当してください」

「わ、わたしも、やります」


 シンクに立つ僕の横に柿坂さんが並び立ち、洗い物を手伝ってくれる。


「あら? 新妻さん? お優しいのね?」

「へっ!? ち、違う、ので」


 松葉さんからからかわれると、眼鏡がズレる勢いで焦る柿坂さんがそこにいた。


「よし! じゃあ、レッツ、イングリッシュ~♪」

「ちょっと待って! 愛莉からのスタートじゃあ無理だって!」

「ノープロブレム。優し~く教えてあげるから♪」

「い、嫌ぁああ!」


 流しの水の音を掻き消さんとする叫び声が背中に響く。やはりドSだったらしい。




 ついでに台所周りの掃除もふたりですること一時間。

 机の上でのびている柊さんが見えた。


「穂花、交代」

「はい」


 柿坂さんが柊さんの隣に座ると、松葉さんが台所にやってくる。僕の近くで慣れたように冷蔵庫を開けていた。長い付き合いだから承諾なしで出来るのだろう。


「え!? なにこれ!?」


 その声に誘われて、僕も冷蔵庫を覗いてみると、魚肉ソーセージやプリンや牛乳やジュースなどしかなく、食材は一切見当たらない。


「帰りに買いに行くつもりだったのに、愛莉が言い出すから。て言っても、料理しないから食材は買わないけど」

「晩御飯どうすんのよ?」


 時計を見ると午後五時。


「どっか食べ行く?」

「だから時間ないっつってんでしょーがッ!」

「なら僕がミルマまで買いに行きますよ?」


 そう言ってみんなに食べたいものを尋ねていく。

 メモをポケットに入れて玄関を出ようとすると、


「やっぱ、あたしも行く」


 台所で暇を持て余していた松葉さんが近付いてきた。


「ひとりで大丈夫ですよ?」

「変なもの買われたら困るし。それに暇だし」


 松葉さんがふたりに目をやるので見てみると、必死に日本史の語呂を復唱していた。

 松葉さんはこの部屋の合鍵を持っているらしく、そのまま僕らは玄関を出た。




 ミルマまでの道すがら話す。


「合鍵まで渡されるとは、流石親友ですね」

「まあ長い付き合いだし。腐れ縁だけど」

「良いですね、そういうひとが居るというのは。僕は松葉さんたちと知り合うまで誰も友達が居ませんでしたから」

「ただ作んなかっただけじゃない? 部室で見るあんたは友達できそうな感じだし」

「そうですかねえ」


 確かに声を掛けられたり、誘われたりしたことはあった。だけどいつも家事と勉強を優先にして断っていたから、言われる通りかもしれない。

 そんな僕が今は何故か部室を優先している。松葉さんが好きだからというのもあるが、何か違う気もする。


「あっ!」


 歩いていると、突然走り出す松葉さん。視線の先には電信柱の下の段ボール。前に子犬が捨てられていた場所だ。


 近付いてみると、松葉さんがその中を凝視していた。


「なんだ。また違う子が捨てられてんのかと思ったじゃん」


 そこには雑誌が入っているだけだった。

 しゃがみ込む松葉さんの横顔は優し気な安堵の表情だった。


「やっぱり優しいんですね」

「はあ!? 違うし! 違う子が居たらゲシゲシしてやろーと思っただけだし」


 そう言って立ちあがった松葉さん。絶対にそんなことをするつもりなんてないだろうに。


「そう言えば、あの時いた子犬に魚肉ソーセージをあげたんですよ。それがさっき冷蔵庫に入っていた物と同じで」

「へえ。なら今夜、それ美月に渡して犬プレイでもやってみたら?」

「し、しませんよ、そんなこと」


 時折冗談を交えながらミルマに着き、指定の品物を買いそろえた。

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