甘部の悩み

第22話 部員がひとり増えました

 次の日。

 今日は四人で昼休みを過ごしている。


「んで? 昨日どうだったの?」


 松葉さんが言い始める。


「もうしない、って言われました。お母さんみたく、なると、嫌だと」

「そう。まっ、根は悪いひとじゃないんだろうけど」

「あ、ありがとうございました!」


 急に立ちあがって大きく頭を下げる柿坂さん。今の時間まで言い出そうとしても勇気が出なかったのだろう。ようやくお礼が言えて安堵しているようだ。


「結局こうなるんだよねえ」


 柊さんが意味深発言する。


「どういうことですか?」

「昔っから悪ぶるんだけど、人助けはするってこと」

「人助けじゃないから! 女を道具みたいに扱う男がムカつくだけ」

「またまたあ」


 松葉さんの頬を柊さんが突っつく。

 やはり僕が思っていた通りのひとだ。あの雨の日、嘘じゃなかったって確信した。


「門限とかはどうなったんですか?」

「なしに、なりました。今までは、五時、でしたけど」

「あらあ♪ それだったらお持ち帰りラブホなんてこともアリアリじゃな~い?」

「柿坂さんが行くわけないでしょ!」

「でもでもぉ、清楚は一線越えると淫ららしいし~」

「あんたと同類にしないであげて」


 その言い方だと、松葉さんは多くの男性と経験済みなのだろう。少し、いや、かなりショックである。


「それじゃあ、今日から一緒に甘部で過ごしませんか?」

「あま、部?」

「はい。いつも利用しているあの部屋が部室なんですよ」

「つっても正式な部じゃあないけどね」


 柊さんの仰る通りだ。ただの僕らの交流スポットである。


「や、やめとき、ます」

「えーー、なんで? わたしら友達じゃん?」

「と、友達、ですけど、お仲間、じゃあない、ので。それじゃあ」


 弁当を食べ終えた柿坂さんが急いで立ちあがり、前の席に戻っていった。


「あーあ、行っちゃった。気ぃ遣ってんのかな?」

「そうかもしれませんね。気を遣わせてしまうから引いたように見えましたね。僕からもう一度――」

「放っとけば? 嫌なら来る必要なくなーい?」

「愛莉、冷たすぎ」

「塩対応属性も習得しなきゃだし♪」

「もう充分マスターしてるって!」


 柿坂さんの挙動不審ぶりは相当緩和された。胃の調子が良いのか猫背も治ってきている。

 確かに僕らは更生を頼まれただけだったけど、それが完了したら終わりだなんて何だか寂しいな。てっきり部員がひとり増えるとばかり。


 その日の甘部は何事もなく過ぎた。

 何故か未だにソファに座っているシロたんが、少し柿坂さんに見えていた。



※※※



 次の日の放課後。

 いつも通りにすぐ帰宅の準備をして立ちあがる柿坂さん。

 その柿坂さんに向かって、僕の近くに立つ松葉さんが手招きを送っている。

 それに気付いた柿坂さんが恐る恐る寄ってくる。


「はい?」

「コレあげる」


 小さな茶色の袋を柿坂さんに渡していた。

 甘部に誘うのかと思ったのだが、違ったらしい。


「何ですか?」

「開けてみたら~?」


 柊さんも不思議そうな顔で見つめる中、柿坂さんが袋を開けると、


「「あっ!」」


 その品を見て、僕と柊さんが同時に声をあげる。


「砂糖?」

「あたしら、お揃いで付けてんだけど、昨日学校の帰りにたまたま店の前通ったら売れ残ってたから」


 松葉さんの言葉を受けて、僕と柊さんが鍵を取り出す。


「え?」

「コレ、甘部の象徴だからもう仲間じゃんって意味だよ」


 松葉さんの真意を柊さんが代弁する。


「え~~、あたしは嫌々付けさせられてるだけなんだけどぉ~」

「よく言うよ。傷つかないように柔らかタオルに包んで鞄に入れてるくせに」

「いやいや、これは盗難防止用! つーか、ひとの鞄の中覗かないでくれるッ?」

「ていうかさ、あの店、愛莉の家と逆方向だよね?」


 言われてすぐ赤い顔になる松葉さん。

 くるりと反転し、教室の出口に向かっていく。


「さーて、甘部行こーっと」

「あっ、逃げたし」


 出口付近でピタリと止まった松葉さんが少し振り返って言ってくる。


「穂花は、どうすんの?」


 柿坂さんが松葉さん、柊さん、そして僕の順番に視線を送り、


「行きます!」


 大きな声でそう言ってくれた。




 四人で部室に入ってすぐ、松葉さんが提案する。


「部員が増えたことだし、模様替えでもしよっかな♪」


 この部屋の積みあがった備品に目を向ける松葉さん。


「それじゃあ犬、レッツゴー♪」

「ええぇっ!? 僕ひとりで、ですか?」

「ねえ、何のために男の子やってるのぉ? あたしら女子はお箸より重いものはNGなんだよぉ?」


 柔軟体操の時、軽々と僕を持ち上げていたはずだが。


「わ、わたし、手伝います!」


 僕に救世主が現れる。


「穂花ちゃん? シロたんがソファに来て、って言ってるわよぉ?」

「え……はぃ」


 救世主は悪に呑まれた。


「愛莉、流石にひとりは可哀想だって。藤ヶ谷くん、手伝うよ?」


 別の救世主が現れた。


「そっかぁ。美月は好感度あげなきゃだもんねえ。だって、美月は――」

「ああああああ! や、やっぱ、シロたんと遊ぼっかな~?」


 また救世主が悪に呑まれた。どれほど大食家なのか。


「分かりました! 僕に任せてください。皆さんのためなら頑張れます!」


 覚悟を決めて宣言すると、なぜか三人とも頬を染めていた。


 それからは指示――主に松葉さんの――に従って移動させていく。不必要なものを部室から廊下に出し、箒と塵取りで掃除をして、必要なものから順に部屋に戻していく。

 この部屋には前方入り口しかなく、後方に掃除用具ロッカーとその横に棚、腰ほどの台を設置する。

 今現在、前方に置かれている長机を、やや後方寄りに移動させて、もうひとつの長机と繋ぎ合わせて正方形っぽく見せる。そこへパイプ椅子を二脚ずつ配置させ、四人掛けテーブルを完成させた。

 前方窓際に置かれたソファはそのままにしておいて、前方スペースには何脚か椅子を適当に置いておく。

 スペースが生まれたことで前方のホワイトボードがようやく使用可能状態になった。


 ここまでの作業で疲弊した僕は少しフラフラしていた。


「んー、まあまあだけど、まだ……」


 松葉さんが何かを考えている。


「そうだ! その後ろの台の上に電子レンジとポットが欲しいわね」

「ええぇっ!?」

「ムリだって、そんなの。ここ学校だよ?」

「え、文化部の子に聞いたらあるって言ってたわよ?」

「えっ!? 何部、それ?」

「茶道部と料理研究部」

「いや、そりゃあ、あるでしょうよ。けど、うちら食べ物と関係ないじゃん」

「え、砂糖が象徴アイテムで、名前が甘部なんだし、食べ物系じゃないの?」

「いや、申請も出してないのに。愛莉、正式に部の申請出してみたら?」

「あ、それは無理。面倒だし、合コン行く時間減るし」

「最低ー」


 ひとり滝のような汗をかく僕の向こうで、松葉さんと柊さんが話していた。


「とりあえず犬、御苦労~」

「はあ」


 模様替えが完了したことを一応は褒めてくれた。


「御苦労ついでにもうひとつ」

「何でしょう?」

「部の申請はNG。だけど電子レンジとポットは欲しい。その心は?」

「いや、さっぱり」

「犬が家から運んでくるの」

「ええぇっ!? ポットは可能ですけど、電子レンジは重すぎます」


 そう告げると、松葉さんが少し赤ネクタイを緩ませる。


「あたしの彼氏になれるかも♪」

「運びましょう」


 僕は秒で答えた。

 テンションMAXの松葉さんと、苦笑いを送ってくるふたりの姿があった。

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