第14話 ドキドキ課外活動 前半

 課外活動当日。

 久しぶりに家のインターホンが鳴る。あまり人が訪ねてこないので新鮮な気分だ。


「お待ちしてました。どうぞ」

「どーもね」


 柊さんは日曜日に見た黒のトップスとジーンズ。かなり大きめの緑カバンを提げていた。一泊するだけなのだが。

 松葉さんはフリルの付いた清楚な白ブラウスに紺のロングスカート。普通の大きさの赤カバン。この洋服、どこかで。


「やだー、やらしーことされちゃーう」

「あれ? 愛莉は欠席するんじゃなかったっけ?」

「んー、それはー、お休みに鞄持って散歩してたらー、たまたま前を通ってー」

「嘘くさッ!」

「とりあえず上がってください」


 柊さんから順に「お邪魔します」と言いながら入ってくれた。松葉さんは挨拶なしだったが。ちらりと傘立てを見ていた気がする。


「荷物、部屋に運びますね。付いてきてください」


 そう言ってふたりから荷物を受け取ったのだが、


「ごめん、重いよね?」

「い、いえ、大丈夫です」

「ねえ、あんた何泊する気よ?」

「ほとんど実家から持って来た遊び道具。暇になったら嫌だし」

「え~、いつも部室みたく犬とラブロマンスしてりゃあ朝まですぐじゃな~い?」

「そんなんしてないしッ!」


 ふたりのやり取りどころではない重たさ。階段を上がる足が遅くなる。


「片方貸しなさいよ! 見てらんないから」

「そ、そうですか?」


 そう言って松葉さんの方の鞄を渡そうとした時、片側が軽くなった事で一気にバランスが崩れてしまう。


「え、あ、ちょっと!」


 松葉さんの声と大きな音と共に絨毯スペースに着地したのだが、


「あ」


 目を開けると松葉さんを押し倒しているような格好になってしまい、僕は思わず声を漏らす。仰向けの松葉さんの顔が少し赤い。


「ラブロマンス乙~」


 柊さんが口に手を当てて野次る。


「はあ!? 早く退けッ! 犬ッ!」

「す、すみませんッ!」


 勢いよく飛び退くと、松葉さんが起き上がり服をはたいていた。


「最悪~、もう襲われたんですけどぉ~」

「いや、そんなつもりじゃあ」

「凶悪~、荷物運ぶの非力なのにこんな時だけ怪力~」

「いや、あまりに重くて」

「キリないから。案内してよ」

「はい!」


 柊さんが場を収め、僕が階段を上がる。結局、ふたりにそれぞれ自分の荷物を運んでもらった。情けないことこの上なし。


「ここです」


 生前母が使っていた部屋。しばらく使われていないが、掃除はしていたのでふたり分の布団を横並びに敷いておいた。他の家具がないから布団だけになるけど。


「なにこれ。初夜じゃん」

「ええ!? 変ですか?」


 松葉さんから突っ込まれて慌ててしまう。


「わたしもそれ思った。家具がないんだもん」

「母が使ってた部屋なので。母の遺品は全て母方に持って行ったらしくて」

「え!? ひとつもないの?」

「そうですねえ。残ってるのは仏壇の遺影だけですかね」

「そう」

「犬のお母様、マジヤバな素性なんじゃないのぉ~?」

「コラ! そういう言い方ダメだって!」

「大丈夫ですよ。僕も変だとは思ってますから。何か訳ありな実家なのかもしれませんね」


 荷物を運び入れて一階に下りると、


「お母さんの写真見せてよ?」

「良いですよ」

「あたし興味なーい」


 ソファに座り、スマホを弄る松葉さんをよそに、柊さんを仏壇まで連れて行く。


「白黒ですけど」

「えっ!? 何この人っ!? レベルが……っ」

「父が言うには美人だったらしいですよ」

「いやいや、美人どころじゃないからッ!」

「ですが、外国の人なので美人の基準が分からなくて」

「いやいやいやいや、見りゃ分かんじゃん! コレ、テレビで見る系じゃん!」

「そうですか?」


 そんなやり取りに興味を示したのか、松葉さんがヒョイと遺影を取り上げて眺めていた。なぜか僕と写真を交互に見ている。


「DNA乙~」

「え?」


 意味不明な発言のあと、写真を僕に手渡してソファへ戻っていった。柊さんは理解しているのか苦笑いしている。


「そうだ、お昼作りますね。何が良いですか?」

「藤ヶ谷くんに任せるよ」

「お口に合わなかったら失格ーってヤツまたやる?」

「それ出来レースになるじゃん」

「えーっと、どういう意味ですか?」

「鈍すぎ~」

「愛莉が言いたいのは、藤ヶ谷くんの料理だったら何でも美味しいから任せるってこと」

「そこまで言ってないんですけどー」

「分かりました! 全力を尽くします!」


 ふたりの期待に応えたい一心で懸命に昼食作りに励んだ。

 その結果、作り過ぎてしまった。


「デブになれって言いたいの?」

「ち、違います! 力が入ってしまって」

「でも愛莉、すっごく美味しそうじゃん」

「まあ……。残ったら晩用にでもすればー?」

「そうします。どうぞ、食べてください」


 ふたりが喜んで食べてくれたから嬉しかった。気に入ってくれたのか、意外と晩用が少なくなった。これは追加で作っておいた方が良いかもしれない。




 昼食後、しばらくして柊さんが言う。


「藤ヶ谷くんの部屋見てもいい?」

「はい、良いですよ」


 てっきり付いてこないのかと思ったら、松葉さんも階段を上り始めた。興味はあるらしい。

 上がり切ってすぐの扉を開けようとしたら、


「抜き打ちターーイム!」

「え? なに? どゆこと?」


 急に大声を上げる松葉さん。


「もしこの中にえっちぃ系がちょっとでもあったら失格~」

「ないですね」

「即答ッ!」

「美月、甘い甘い。あたし何人もの男の部屋行ったけど、最初は絶対即答するもん。けど、あるんだよねえ。あったら帰るねって約束して、ヤれるって期待してた男みんな泣かしてきたから」

「あんたが最低だわ」


 だけど、父も興味を示さないタイプだから家にひとつもないと思う。勝ちレースで悪いなと思いながらも扉を開けた。


「へえ、綺麗にしてるね」

「まあ」

「まあ見てなさいよ。すぐに美月も犬に幻滅するから」


 そう言って慣れた様子でクローゼットの中、ベッドの下、机の引き出し、本棚の奥の方、棚の上、などを確認している。まさか椅子に乗って棚の上まで見るとは思わなかった。埃が残っていたかもしれない。


「どう? 判定は?」

「チッ、つまんなーーーい!」

「嘘ッ! すごいじゃん。紳士~」

「あんた、男好きじゃないでしょうね?」

「いや、言いましたよね? 松葉さんが好きだって」

「ねえ、今までの愛莉の経験上、こんなケースは?」

「……初めて」

「やっぱねえ~。藤ヶ谷くんは他と違うって思ったのよ~」


 不服そうに部屋を出ていった松葉さん。柊さんが、出ていく前にニコリとさせて手で僕の胸をトンとしてくれた。褒めてくれたらしい。

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