第15話 ドキドキ課外活動 後半

 部屋の抜き打ちチェックを終えて暫くが過ぎた夕暮れ。

 柊さんがリビングに奇妙なものを持って来た。


「なにそれ?」

「人生ゲーム!」


 それはとても大きな箱。こんなものを入れてくるとは。特大サイズの鞄なはずだ。


「ダサッ! 男の品定め続行ー」


 そう言って松葉さんはスマホに目を移す。あのデータの中にどれほどの数の男たちがおられるのだろうか。


「ちょ、やろーよー! 折角持って来たんだから」

「それいつ版? 古くさーいけど」

「二年前のッ! そんな古くない!」

「二年前って。誰が買うのよ、そんなダサグッズ」

「今のお父さん」

「ガキじゃん! なに? 夫婦で勝った方の言うこと聞きますプレイでもヤってんの?」


 松葉さんが煽ると、柊さんが箱を両手で持ちながら頬を真っ赤にして目を瞑る。


「え? 嘘でしょ!? あんたの両親バカップル過ぎでしょ」

「それは良いからッ! はやく!」


 床に中身を広げ始める柊さん。恥ずかしさからか手は震えていた。両親の仲が良いのはとても幸せなことなのだけど。まあベッド事情は聴かれたくないのは分かる。


 それぞれ一台ずつ車が手渡され、人を模したピンが渡される。僕の車は青、松葉さんが赤、柊さんが黄。ピンは男が青、女が赤だ。


「ねえ、その青の、犬型の方がよくなーい?」

「そんなんないから!」


 松葉さんの言葉に柊さんが突っ込む。


 しばらく進めていくと、職業選択に行き着いた。


「医師ですね」

「藤ヶ谷くんっぽいね」

「やだー、夜の診察されちゃーう」

「あんた、ホント下品」


 次に松葉さんが選択に入る。


「あ」

「おっ、専業主婦じゃん。よかったね」

「ダサーい。アイドルがよかったー」

「え、愛莉の理想って、金持ちと結婚して遊んで暮らすことじゃないの?」

「それは最終段階。アイドルになって片っ端から品定めし終えた後だから」

「あんた、腐ってるわ」


 最後に柊さんに選択マスが回る。


「え!? アイドル……」

「もしもーし、隠れビッチさーーん?」

「ち、違うし! わたし一途だし」

「誰に一途なのよ?」

「ええぇっ!? い、今はそんなひと居ないよぉ。今後、そう今後だから」

「ふーーーん」


 細い目でじーっと柊さんを見つめる松葉さん。なぜか柊さんが汗をかく。


 またしばらくして、今度は結婚マスに止まった。出来るかどうかは五分の確率にされていた。


「あ、結婚するみたいです」

「あー、よかったねー」

「おめー」


 完全に棒読み。友人ふたりから祝福されていない。結婚式には来てくれないパターンだ。


 そして、ふたりは結婚できなかった。


 そのあと、僕の車にはふたりの女児が追加されていく。長女と次女か。家族四人、幸せだろうな。相手は松葉さんが良いな。

 だが、そんな幸せは長くは続かないのか、浮気試練なるマスに止まってしまう。


「やらし~。欲張り~」

「そ、そんなはずは」

「藤ヶ谷くんってムッツリ?」

「そ、そんなことは」


 二割の確率で新たな夫人が乗車してしまう。

 いやしかし、多くはセーフだ。そう思って回してみると、


「うわっ! 最低ーー」

「第二夫人じゃん」

「そ、そんな……」


 ふたりが僕に冷ややかな目を向ける。


「ほらね? えっちぃ系持ってなくてもコレだから。女医、看護師、患者、貪り放題よ」

「ちょっと失望ー」

「ちょ、ちょっと待ってください! なにかの間違いです!」

「あんたが間違いを犯したの」

「そんな……」


 五人乗りとなった青車で続ける。

 未だにふたりは結婚していなかった。


 そんな絶望の中、再び試練が訪れる。


「はあ!? あんた何回浮気すんのよッ?」

「し、知りませんって。マスに勝手に」

「でも、今回はアウト一割みたいだし、大丈夫っしょ?」

「犬の人生、見物だわあーー」


 ふたりの注視を受けながら震える手でルーレットを回す。


「おっ、セーフじゃん」

「チッ、つまんなーーい」

「助かりましたぁ」

「いやいや、あんた前科もんだから」

「そんな……」


 柊さんは笑っていたが、松葉さんは許してくれないまま人生ゲームは終わった。順位は柊さん、松葉さん、僕の順だった。家族に恵まれたのにビリとは。波瀾万丈だこと。




 追加で作った料理を夜に三人で食べて風呂の時間がやってきた。


「おふたり、お先にどうぞ」

「あんた先に入って」

「え?」

「あたしらの出汁、飲まれちゃ困るから」

「そ、そんなことは」

「愛莉は気遣ってるだけだから。主が先に入ってよ?」

「そうですか? それじゃあ」


 着替えとタオルを用意して風呂場に向かう。


「抜け落ちターーイム!」

「なにそれ?」


 また松葉さんが思い付く。


「あたしらが入る時に、一本でも変なものが浮いてたら失格~」

「いや、男子には厳しくない?」

「分かりました。入念に掃除しておきます」

「栓抜きして沸かし直すのNGだから」

「はい。全力を尽くします」


 掃除には自信がある。眼鏡の曇りを何度も拭きながら作業を余儀なくされるのは少々辛いが、ふたりのためなら頑張れる。




 少し時間は掛かったものの、無事に風呂掃除を終えて洗面所に出た。今は上半身裸の腰タオル状態。髪をオールバックにさせて眼鏡を脇に置き、顔を拭いている。


「遅すぎ――ええぇっ!?」


 後ろから松葉さんの声が響き、悲鳴も聞こえた。上半身裸だからだと思い、慌てて手で隠して振り返るが、眼鏡をしていないので殆ど見えない。


「愛莉、どした?――うわあッ! ヤバっ!」


 あとから到着した柊さんの声が響くが、また悲鳴も聞こえる。


「すみません。上半身裸で」

「そ、そこじゃないっつーのッ! め、眼鏡、はやく眼鏡掛けてッ!」

「え?」


 何故裸よりも眼鏡優先なのだろうか。

 言われた通りに眼鏡を掛けてハッキリと映ったふたりは茹でだこのようだった。怒っているのだろうか。


「あんた、あたしら以外の前で脱眼鏡禁止! 特に女の前で。厄介なことになるから」

「はあ」

「それ、わたしも同感」

「同感って、美月、あの時よく時計台の近くに座らせたよね? 他が近付いたらどうする気だったの?」

「ごめん。やったあとで後悔した。愛莉が肉食でよかった」

「すっごい腹立つ言い方!」


 ふたりが勝手にヒートアップしているが、少々寒い。


「あのぉ、着替えたいので」

「あ、ごめんね。それじゃあーー」


 松葉さんの背中を柊さんが押しながらふたりが退出していった。


 急いで着替えてリビングに向かうと、今度はふたりが風呂場に向かっていく。


「え? おふたりで入るんですか?」

「そうだけど?」


 キョトンとする柊さん。


「うちのお風呂は狭いですが、大丈夫ですか?」

「ヘーキ、ヘーキ、小さい頃からよく入ってるから。狭けりゃ密着して入るし」

「あたし、美の象徴揉まれるのイヤなんですけどー」

「いいじゃん。触らせてよ。恵まれてんだから」


 横から見ても、その違いは分かる。柊さんは平均的だろうけど、松葉さんは大きい。


「やだ~、犬に視姦されちゃ~う」

「い、いえ、すみません」


 胸を見ていたことがバレてしまった。えっち系に興味ないなどと語っておきながら、結局僕も男なんだな。


「いつか藤ヶ谷くんにも味わえる日がくるかもよ♪」

「ええぇっ!?」


 柊さんが小悪魔っぽく言ってきた。


「絶対ないから。それだったら死んだ方がマシ」


 怒りを露にさせて松葉さんが風呂場に消えていった。そのあとを苦笑いの柊さんが追っていた。




 現在時刻は午前一時。

 抜け落ちテストは合格だったのだが、友達が隣部屋にいるというだけで緊張して眠れない。


 そんな時、小さく扉のノック音が聞こえた。


「ちょっと良い?」


 覗いてきたのは、まさかの松葉さんだった。急いでベッドから飛び起きて正座する。


「大丈夫です」


 松葉さんが電気を点けると、ベッドの上で正座する僕の近くに座った。


「傘、捨てなかったんだ」

「そんなことしません。毎日拭いてます」

「家宝か!」


 しばらく静かになる。


「あの日、傘を被せてくれてありがとうございました」

「なんであんたが礼言うのよ?」

「子犬さん、喜んでましたから」

「犬の気持ちなんて分かるわけないじゃん」

「いえ、きっと嬉しかったと思います」

「……まあ、捨てるなら飼うなっつー話だけど」

「そうですね。要らない命なんてひとつもないのに」


 僕がそう言うと、松葉さんはベッドから立ち上がった。


「傘代は浮いたし、それだけは感謝しとくわ」

「はい」

「これはついでだから。トイレに起きたら美月寝てたし、ついでに言っとくかみたいな」

「分かってます」

「じゃ、それだけ」


 そう言い残して松葉さんは電気を消して部屋を出ていった。初めてもらえたお礼に満ちた気分になった。

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