柿坂穂花の悩み

第13話 クラス委員のキョド子ちゃん

 あれから松葉さんにも許可を得て、部員のひとりとして放課後に赴いている。

 そんなある日の昼休み。

 ひとりの女子がクラスメイトたちからノートを回収している姿が見えた。僕たち三人のところへもやってきた。


「あ、あの……英語のノート……回収してまして」


 それは矢車先生から半強制的にクラス委員にされてしまったかきさかほのさん。お下げの黒髪に度の厚い丸眼鏡。まるで僕を見ているかのような女の子だ。相当人見知りが激しいのか、小声で震えている。


「え!? 今日だったの!? わたし、出来てない」

「あれれ? 美月ちゃんドジっ子属性発揮~? あたしはやってきましたよぉ?」

「僕もやりました」

「どうしよぉ」

「……待ってくれる……みたい……なので、また明日……にでも」

「ホント!? 助かったあ」


 僕は鞄から、松葉さんは自席からノートを取ってきた。


「あぁ、でもコレ提出したら写せないかな~」


 松葉さんのフリに柊さんがゾッとする。いつも課題を写させてもらっていたらしい。


「ふたり、どっちか提出しないでくれない?」

「どうしよっかな~♪」

「あの……写すのは……」


 柿坂さんが咎めてきた。


「だよね。ごめん。自分でやります」

「……いえ……聞かなかったこと……にします」

「ホント!? ありがと」


 結局、松葉さんがノートを提出しないまま柊さんに貸す形となった。

 軽くお辞儀をして柿坂さんが歩いていくが、三十人分のノートは重たそうだ。


「持ちますよ? 職員室ですよね?」

「え……いい……です」

「重たそうですから」

「すみま……せん」


 柿坂さんからノートを譲り受けると、やはり重かった。クラス委員のサインが必要らしく、ふたりで向かう事にした。


「あの、これを運んでくるので先に食べてください」

「勝手にすればー」

「どーぞー」


 妙に冷たいふたりがそこにいた。




 職員室は東館一階だが、そこまで無言。柿坂さんは猫背気味に手を結んでビクビクしながら歩くだけ。そのせいで随分背が低く感じる。その上、下に来ているカーディガンの袖が長すぎてあまり手の先が見えない。

 職員室に入ってすぐ矢車先生から声を掛けられる。


「おー、藤ヶ谷が運んでくれたのか? ありがとな」

「いえ、そんな」


 ふたりで矢車先生のデスクに向かい、ノートを渡す。用紙に柿坂さんがサインをして事は済んだ。

 帰ろうとした時、


「お前らー、コレやる」


 矢車先生が渡してきたのはたこ焼き。購買で売られているものだ。


「良いんですか?」

「ああ、六個あるから分けて食べろ」

「ありがとうございます」


 深くお辞儀をして職員室を出た。


「わ、わたし……要らない……ので」

「え? そんな折角ですから」

「お、お腹……減って……ない……ので」


 その時、ぐぅ~という間抜けな音が柿坂さんから聞こえた。

 すぐその場にしゃがみ込んだ柿坂さんが両手で顔を隠している。耳まで真っ赤だ。


「三個ずつ食べましょう。中庭のベンチで」


 そう言うと渋々立ちあがり、付いてきてくれた。


 ちょうど東館と西館の中央から北側に出ると噴水のある中庭がある。多くの生徒が昼休みに利用しているが、空いているベンチも当然ある。噴水近くの人気スポットを避けて、日陰の場所で腰を下ろした。

 隣にはずっと震える柿坂さんの姿。


「爪楊枝どうぞ」

「は……はい……」


 受け皿がないので蓋を切り取って代用して、そこへ三つ自分用に取った。

 そのひとつを噛んでみると焼き立てなのか、かなり熱かった。

 そのことを急いで忠告しようとしたのだが、


「あちゅ!……」


 時すでに遅しであり、恥ずかしさの余り、また顔を両手で隠してしまった。


「ほら、見てください」


 ぺろっと舌を出して柿坂さんに見せてみた。僕の舌も多分赤くなっていると思うから。


「赤……い」

「ですよね。矢車先生、熱々を渡さなくても」

「ふふ」


 僕が冗談ぶって言うと、初めて柿坂さんが微笑んだ。


 三つずつ食べたあと、ふたりで教室に戻った。


 十五分程経ったから、てっきり食べ終わっているものだとばかり思っていたが、まだふたりは食べていた。


「待っててくれたんですか?」

「そ、そう。藤ヶ谷くんも早くしないと時間ないよ?」

「ホントですね。いただきます」


 柊さんに急かされて弁当を流し込んだ。




 それから放課後、部室に集う三人。

 突然、松葉さんが言い出した。


「あたし、ああいうタイプ嫌いなのよねー」

「え? 誰のことですか?」

「キョド子よ。お下げの」


 挙動不審だからキョド子か。酷い命名である。


「少し人見知りなだけだと思いますよ。きっと良いひとですよ」

「わかってないわねえ、あんた。演じてんのよ。自分臆病なんですぅ、って可愛い子ぶって中身腐ってんのよ」

「あんたがそれ言う?」

「庇われたいのぉ、って悲劇のヒロイン気取りよ」

「あんたは悪魔のヒロインだけどね」

「そういう美月はどうなの?」

「んー、写しも目瞑ってくれたし、良い子なんじゃない?」


 僕もそう思う。やはり柊さんとは意見が合うらしい。早く松葉さんとも合うようになりたい。


「でもでも~、ああいうタイプほどペロッと奪っちゃうんだよね~」


 何を奪うというのか。

 だが、その言葉を受けてから柊さんの様子がおかしい。


「やっぱ悪い子かも」

「ええっ!?」


 なぜ柊さんの意見が覆ったのか。


「あんた、やたらキョド子庇うじゃん。わたし火傷しちゃう、がそんな良かった?」

「え? なんでそれを?」

「あ」


 引きつる松葉さんの肩を「バカ」と言いながら叩く柊さん。


「見てたんですか?」

「はあ!? そんなわけないし。ふたりでトイレに行ったら中庭の犬が目に入っただけだし」

「あ、窓から見えたってことですか」

「なにあの、僕も火傷しちゃったアピール」

「す、すみません」


 しばらく無言の悲しい時間を過ごすと、また松葉さんが突拍子もないことを言ってきた。


「あんたんち行って良い?」

「ええぇっ!?」

「あ、わたしも行きたい!」

「えーっと……」

「勘違いしてんじゃないっつーの。美月は興味本位だろうけど、あたしは傘取りに行くだけ」


 あの雨の日のことは松葉さんが柊さんに説明したと聞いている。逆に、僕をアパートに呼んだ日のことは柊さんが松葉さんに説明したと聞いた。


「あぁ、そういうことですか。良いですよ」

「ホントは愛莉も気になるくせに~」

「うっさい!」


 家に誰かを呼ぶなんて初めてだ。こんなに嬉しいとは思わなかった。


「今週末の祝日は? 二連休だし」


 柊さんから提案される。


「良いですよ。その日は確か父が出張だったと思いますから」

「じゃ、別の日で」

「え?」


 急に松葉さんが断ってきた。


「だって、その日ひとりなんですぅ、って、あたしらに何するつもりよ?」

「そ、そんな意味で言ったんじゃなくてですね」

「それ以外にどういう――」

「そうだ! お泊まり会しよう!」


 松葉さんの言葉の途中で、柊さんが大きな声で提案してきた。


「はああ!? 何考えてんのよ、美月ッ! まさかビッチ?」

「あんたに言われたかないわよ!」


 シモ発言の松葉さんのおでこをぺチンと柊さんが叩いた。


「部活の課外活動ってこと」

「僕は構いませんけど。母の部屋が空いているので」

「決まり! じゃあ、週末ね」

「え、ちょ、ホントに? あたし行かないから!」


 急な流れで妙な課外活動が誕生した。

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