第12話 仲直りの交換条件

 次の日。いつものように三つの弁当を用意した。

 あのあと、柊さんの家に戻り、着替えを済ませて帰ったのだが、赤く腫れた柊さんの右頬に切なさを感じた。僕を殴ってくれれば良かったのに。


 登校するも松葉さんは一切こちらを見ようとしない。柊さんはまだその腫れを手で隠し、苦笑いしていた。


「腫れはどうですか?」

「ほら」


 少し引いてるが、まだほんのり赤い。無理をして笑っているように見えた。




 昼休み、僕が席から立つ前に松葉さんは教室を走って出ていった。


「親友、無くしちゃった」


 俯く柊さん。


「僕、渡してみるんで、食べといてもらって良いですか?」

「え!? ちょっと」


 その場に柊さんを残し、松葉さん用の弁当だけを手に教室を出た。


 購買に着いても松葉さんの姿がない。その横の食堂に目を移すと、券売機に並ぶ松葉さんが見えた。財布を開けて中を見ていた。


「あの、ちょっと良いですか?」


 声を掛けて目が合ってすぐ、松葉さんが逸らして無表情になる。


「コレ、食べませんか? 余ってるので」


 券売機の列は進んでいく。周りの生徒から奇異の目を向けられる。


「玉子、たくさん入ってますよ?」


 無視されたまま、更に列は進む。


「あ」


 松葉さんの番が回った時、オムライスが売り切れになっていた。今の声からしてそれ目当てだったらしい。


「ちょうど玉子にケチャップ合わせてるので、ご飯と合わせたら似た味になりそうですよ?」


 それでも別の品を探す松葉さん。だが、他に卵料理が見当たらない。

 後ろからは「早くしてくれよ」という野次が飛び始めた。


 僕は勇気を出して、松葉さんの腕を引っ張った。


「ちょっと」


 順番はロストされ、後ろにいた生徒が券売機に小銭を入れ始めた。


「最低」

「お願いします! お話だけでも聞いてください」


 黙ったまま財布を仕舞った松葉さんが僕の手から弁当を奪った。

 黙って席を探している松葉さんの後ろを付いていく。


 壁際のふたり席が空いており、そこに松葉さんが腰を下ろした。


「隣良いですか?」


 一切返事はなく、弁当を開けていた。


「あ」


 右側のおかずエリアにあるスクランブルエッグとケチャップを眺めている。その隙に隣の席に座った。


「どうですか?」


 無言で玉子とご飯を交互に頬張っていた。


「エッグベネディクトっぽくてキラーイ」

「そのことなんですが、昨日のアレは全部僕の仕業でして、合わせてほしいと柊さんに頼んだんですよ。柊さんは何も悪くないんです」

「あ、こっちのマカロニサラダ、カルボナーラみたーい」

「提案なんですが、僕が部室に行かない、松葉さんに関わらない代わりに柊さんと仲直りしていただけませんか? あ、お弁当は作ってくるので」


 松葉さんが箸を強く弁当箱に置いた。


「なんで、そこまで出来んのよ?」

「おふたりに仲直りしてほしいからです」

「そこじゃない! なんで暴言吐かれてもあたしのそばに居んのってことッ」

「好きだからです」

「キモ。あたしの何を知ってんのよ。つい最近会っただけの癖に」

「知りません。だけど、あの雨の日は嘘じゃないって思えたんです」

「え?」


 その時、何かに気付いたような意味深な顔を向けられた。


「捨て犬に傘をプレゼントしてたの、松葉さんですよね?」

「あぁ、それで。あんたの思い違いだから」

「え?」

「あんなの演技だっつってんの。誰かが見てたら良い子だわあって点数稼ぎにもなるし、優しき姫を王子が拾ってくれるかも的なね」

「だけど、子犬を見ていた目は切なそうでしたよ?」

「ただの同情だから。あぁコイツ可哀想だなあ、哀れ、みたいな」

「ですが、あの傘お気に入りだったんですよね? 普通の人なら見て見ぬふりすると思います」

「うっさい! あんなことで好かれちゃ迷惑だわ」


 また弁当を食べ始める松葉さん。


「あの傘、今僕の家にあるんです。早く返そうと思ってたんですけどタイミングがなくて」

「捨てといて。犬小屋の臭い付いた傘とか要らないから」

「それより、さっきの件なんですが、放課後甘部で仲直りしていただけますか?」

「分かったわよ! あたしも美月がいないと辛いし。謝ろうと思ってたわよ」

「ホントですか!? ありがとうございます。それと、騙したりしてすみませんでした」

「んじゃ、もうあたしに関わらないでね?」

「はい。約束ですから」


 そう言って僕が椅子から立ち上がった時、


「あの子犬、どうなったの?」


 少しばかり食べる手を止めて松葉さんが聞いてきた。


「あのあとすぐに小さな女の子とその母親が通りかかりまして、飼ってくれることになったんです」

「そう。……どうでも良いけど」


 再び弁当を食べる松葉さんを残して僕は教室に戻った。




 教室に戻ってすぐ柊さんと目が合った。弁当には手を付けていないようだ。


「お弁当食べてくれました。話をしてみたら松葉さんも仲直りしたかったらしいです。放課後、甘部で仲直りです」

「ホント? よかったぁ」


 安堵の表情に包まれる柊さん。幸せな姿を見るのはいつも和む。もう甘部には行けないけど、仲直りできて良かった。

 そのあと、残り時間のあまりない中、ふたり急きながら弁当を平らげた。




 放課後になり、柊さんから誘われる。


「甘部行こ?」

「あ、今日は用事があるので帰ります。松葉さんにもよろしくと言っといてください」

「そう。なんか寂しいな」


 手を振りながら柊さんは甘部を目指した。

 僕は門を出て、いつものスーパーに向かった。




 スーパーの外、入店目前のところで電話が掛かってきた。


「もしもし?」

『わたし! 美月だけど!』

「あぁ、仲直りは――」

『バカじゃないのッ!』

「え?」


 急に怒鳴られて頭が真っ白になる。いつも優しい柊さんから初めて怒られた。


『愛莉から聞いた! 仲直りの交換条件のこと。なんでそんなことするかなあ!』

「いや、仲直りしてほしくて」

『今どこにいるの?』


 声の荒れ方からして走っているように思う。


「ミルマっていうスーパーですけど」

『知ってる! 待ってて!』


 そう言い残して電話は切られた。

 本当はミルマではなくMealミール-Martマートなのだが、この辺りでは略してそう呼ばれていた。


 外に置かれたベンチに座っていると、向こうから猛スピードで走ってくる女子が見える。


「はあ、はあ……ごめん、遅くなって」

「いえ、そんな待ってませんよ」


 息を整えてから柊さんが話す。


「明日からまた甘部来てよ?」

「いや、でも松葉さんと約束しましたし」

「愛莉を幸せにするためだからさ、お願い」

「それは叶わないと思います。松葉さんが僕を受け入れることは絶対ないので。あ、飲み物でも買ってきますよ?」


 ベンチから立ち上がり、入り口に向かっていくと、


「わたしが幸せになるため、じゃあダメ、かな?」


 振り向くと、赤い顔をした柊さんが立っていた。


「あ、好きとかじゃなくて、そのー、ほら、一緒にいて楽しいってこと。うん、そう」

「柊さんがそうでも松葉さんは……」

「愛莉も同じだと思う。十年も一緒にいるからなんとなく。ううん、きっとそう」

「……それじゃあ、明日は顔出します」

「ホント!? ありがと」


 笑顔の柊さんを見て決心がついた。僕だって松葉さんのことを諦めたくない。

 お礼の気持ちも込めて店内で買ってきたジュースを、ベンチに座ってふたりで飲んだ。

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