第11話 嘘も方便?
時計台が鳴り止んですぐ、松葉さんが提案してくる。
「そうだ、お昼一緒にいかがですか? 美味しいお店知ってるので」
「はあ」
言われるがままに立ちあがり、松葉さんの隣を歩く。部室で向けられたことのない笑顔。嬉しいのだが、後が怖い。
「ここです」
アンティーク調の洋食店だった。雰囲気はとても良いのだが、客の全てがカップルだ。とても入りづらい。
「あたしなんかと入ったら彼女さん怒りますか?」
「いえ、そんなひとは居ませんので」
「ホントに!? じゃあ入りましょ♪」
手を引かれ、入店する。お金が足りるのかということも心配だった。
中でメニューを見てみるが、それほど高級店というわけではなく充分払える額だった。
「どれにしよっかなー」
「卵料理は左下に」
「え!?」
しまったッ! つい部室の癖で薦めてしまった。
固まっている様子を見ると、バレたらしい。
「すごい」
「え?」
「なんで卵好きって分かったんですか?」
「え、いえ、なんとなく」
「あたしたち、前世一緒だったのかな♪」
よく分からないことを言っているが、バレていないようだ。
「じゃあ、この三つだとどれですか?」
メニューを指差している。エッグベネディクト、カルボナーラ、チーズオムレツ。相当難しい。柊さんからはオムレツ好きという情報しか聞かされていない。普通に考えればチーズオムレツだが。
「チーズオムレツですかね」
目を丸くさせた松葉さんが僕を見つめてくる。
「当たり♪」
「よ、よかったです」
「エッグベネディクトは少し食べ辛いし、カルボナーラは服汚すかもだし。同じ考えだなんて素敵♪」
僕はそこまで考えて発言したわけではないのだけれど。
注文した品物を食べていると、
「お兄さん、お名前は?」
同い年なのだが。
柊さんからは素性を明かすなと言われているから偽名を使うということか。
「
思い付きで苗字を弄り、父の名前を使ってみた。
「まあ、素敵なお名前。あたしは松葉愛莉と言います。長い付き合いになるかも♪」
「よろしくお願いします」
「え!? それって」
「え?」
なぜか赤面し、手が震える松葉さん。
そのあとは少し口数が減ったようにも感じた。
ふたり分を僕が支払い、店を出ると、
「ごちそうさまでした」
「どういたしまして」
「もうちょっと歩きませんか?」
「はい」
僕に向けられた笑顔じゃないけど、一緒にいられるだけで良かった。
しばらく歩いた時、松葉さんが立ち止まる。
「ここ入りましょ?」
何やら怪しげなお店。水晶玉の写真が看板に載せられている。
「ここの占い師さん、有名らしいですよ。相性知りたいな」
「はあ」
松葉さんが喜ぶのならと思い、ふたりで入店した。
店内にはカップルしかいない。
だが、待合でウキウキしているカップルのほとんどが、カーテンの向こうから顔を見せると浮かない表情になっていた。
「ここ、直球らしいですよ」
「どおりで」
相性の良し悪しにフォローはしない占い師ということだろう。それじゃあ、今までの三組ともアウトだったということなのか。厳しい世界だ。
だが、僕は大丈夫だ。元々松葉さんとカップルになれるなんて思っていない。相性の良し悪しなんてどうだってよかった。犬でも何でもそばにいられればそれで良いから。でもまあ、本命の彼と結婚してしまったら、犬はお払い箱かな。
順番が回ってきたようでカーテンの奥へ入った。
「どーぞ」
そこには険しい顔の老婆が座っていた。白髪に深い皺。いかにも毒舌家らしい風貌である。
「何が聞きたいんじゃ? 結婚か? 子宝か?」
「いえ、あたしたちまだそんな。相性を見てほしくて」
「そうかえ。嘘は嫌いじゃが、平気かえ?」
「はい」
松葉さんが胸を張って告げたので、僕も頷いた。
老婆の指示に従って生年月日と血液型を書いた。
「えーっと、五月四日A型と七月七日O型っと」
器用にパソコンを操作して、僕たちの情報を打ち込んでいる。松葉さんは七夕生まれなのか。本来なら彦星はひとりだが、松葉さんの場合、大量の彦星を相手にしていそうだ。
「ほー、珍しいのー」
「え、え、どうなんですか?」
「ここまで良いのはあんまり知らんわい」
「ホントですかあ♪」
松葉さんの黒目にハートマークが見える気がする。
「この男、本当に真っ直ぐじゃな。死ぬまで一途じゃろうて」
「素敵♪」
それは当たっているかもしれない。僕は松葉さんしか見えないところがあるから。
「ただ、問題があるのぉ」
「問題?」
「真っ直ぐ過ぎて女難が、な」
「え!?」
隣で松葉さんが青ざめている。
「顔みりゃ分かるじゃろ? その優しさで知らんうちに落としまくるんじゃ」
「そんな……」
そこは当たっていない。僕はモテないから。
「それとあんたも問題じゃ」
「あたし!?」
「ものすごーく強い二面性を感じるのぉ」
「えっ!? そ、そんなことないですよぉ。当たってませんよぉ」
笑顔の松葉さんの額に汗が伝う。
「ただこの相性じゃ。あんたが正直になれば絶対に成就する。この男に素直に甘えることじゃ」
「やだな~、いつでも素直ですよぉ。甘々ちゃんですからぁ」
汗をかき続ける松葉さんを老婆がじーっと睨んでいる。
「そういうことにしておいてやろぉ」
会釈をしてカーテンから出る間際、背中から声が聞こえた。
「後悔せんようにな」
その言葉には、先ほどまでよりも遥かに強い重さを感じた。
占い館を出てすぐ松葉さんが聞いてくる。
「もう夕方ですけど、どうしましょうか?」
時計は午後五時を示している。時間が経つのは早いものだ。父が帰宅するまでもう少しだけ時間がある。
「もう少し大丈夫ですよ」
「ホント!? じゃあ、甘えちゃっていいですか?」
「はい?」
「占い師さんが言ってたじゃないですか、甘えなさいって。ふたりきりになれる場所が良いんですけど」
「そうですねえ」
ふたりきりになれる場所とは一体。遊びを知らないからどこへ行けば良いのやら。
「あの、任せてもらって良いですか?」
「はあ」
そう言うと松葉さんは僕の手を握ってきた。初めての手つなぎで夕暮れの道を歩いた。手のひらの柔らかさに鼓動が早くなる。
しばらく歩いた時だった。
「愛莉! なにしてんの?」
そこには黒のトップスにジーンズという男っぽい恰好をした柊さんが立っていた。
「え!? 美月!?」
すぐに繋いでいた手を松葉さんが離す。
「ドタキャンしてごめんね。用事の帰りなんだけど、すごい偶然」
「そ、そうなんだあ。奇遇~」
「そのひと、誰?」
「え!? あ、えーっと、たまたま時計台で会ってね」
「ふーん。わたし、愛莉の友達です。どーも」
「どうも」
ここは合わせるしかない。
僕と松葉さんの顔を交互に見やる柊さん。
「愛莉好みじゃん」
「ま、まあね。運命かも♪」
しばらく静けさが続いた中、
「ぷふふ、あははは」
「え!?」
お腹を抱えて笑う柊さん。こんなに崩れた表情は初めて見る。
「愛莉の負けじゃん♪」
「え? 何のこと?」
「良かったね、藤ヶ谷くん」
「――ッ!」
そう言われて松葉さんが上から下までまじまじと僕を見る。
「はああ!? 嘘でしょ!?」
「すみません、騙したりして」
「藤ヶ谷くんは悪くないよ。言い出したのわたしだし」
「美月、何の真似?」
「眼鏡取ってもらったら驚いて、これなら愛莉受けかなーなんて」
「サイッテー! あたし、帰るッ!」
怒り心頭の松葉さんが道を行く。
「惚れたんじゃないのッ?」
「は? んなわけないじゃん。誰が犬に」
「嘘ッ! わたしずっと見てたんだからッ!」
その言葉にピタリと松葉さんの足が止まる。
「へえ、監視までしてたんだ」
踵を返し、松葉さんが柊さんに向かっていく。
「わたしは愛莉の幸せを――ッ!!」
思いきり松葉さんは柊さんの頬をビンタした。
「ひとを騙して楽しい? あたしの幸せ? 大きなお世話だっつってんのッ!」
そのまま松葉さんは走り去っていった。
「そんなつもりじゃ……なかったんだけどな」
隣を見ると、柊さんの目から涙が溢れていた。
「すみません。僕のせいで」
「違う、悪いのはわたし……っ」
そう言うと、僕の胸に柊さんが頭を預けてきたので、そっと抱きしめてあげた。
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