第10話 時計台で待ち合わせ

 初めて友達の家に行った次の日。

 柊さんと意見が一致してクラッカーを半分残し、再び早朝起床で作ったリエットを持参して残ったクラッカーと合わせて松葉さんに手渡すと、一瞬だが煌びやかな瞳を見せてすぐ素に戻り「ご苦労」とだけ言われた。

 その代わりに僕の黒の折り畳み傘が戻ってきた。

 柊さんから借りた水色の傘は日曜日で構わないとのことだったので、今は赤い傘と傘立てで添い寝しているので持参していない。


 その日は別段真新しい事件は起こらずに日は過ぎた。



※※※



 そしてやってきた日曜日。

 今、柊さんのアパートの玄関扉の前にいる。

 インターホンを押す前に扉が開いた。


「やっぱそうか」


 前と同じパーカーとジーンズ姿の柊さんが出迎えてくれた。


「え? なんで分かったんですか?」

「藤ヶ谷くんは時間通りだろうし、階段の音がしたから」


 確かに几帳面な方かもしれない。携帯の時計で確認しながら十時ちょうどに来たから。早すぎても迷惑だろうし、遅すぎても迷惑だろうし。


「上がって」

「お邪魔します」


 借りていた水色の傘を返し、部屋に入った。

 すると以前とは見違えるほどに整頓された様子が目に付いた。シンクの中にも何もない。ゴミ袋も中身は少なめだった。


「ちょっと女子力見せよっかなって」

「僕が来るからですか?」

「そう。この前は急だったし。やれば出来るでしょ?」

「はい。あ、いや、すみません」

「謝んないでよ。さあ、こっち来て」


 奥へ進むと、ベッドの上に衣類が置かれ、クローゼットの前にジャケットが掛かっていた。


「今のお父さんから借りてきたんだけど、コレに着替えてくれる?」

「はい」

「背も体型も同じくらいだから多分似合うよ」

「はい。……えーっと」


 渡された衣類を持ちながら棒立ちの僕。柊さんがずっとベッドに座ったままだからだ。


「あぁ、気にしないで。わたし実は男なんだ」

「いや、それはちょっと無理が」

「ぷふふ、冗談だよ。トイレ入ってるから終わったらノックして」

「はい」


 軽く手を振ってトイレに入ってくれたことを確認してから着替え始める。少し暗めのブルーのジーンズ、白のVネックシャツ、そして高そうな長袖の黒ジャケット。こんなイケメンしか纏わないものを僕が着て浮きまくりだ。サイズは百七十センチの僕にぴったりだったけど。


 終わったことをノックで知らせる。


「おおっ、格好良いじゃん!」

「いや、浮いてないですか?」

「大丈夫。次の作業行くよ」


 渡されたのはシルバーの高級そうな腕時計とコンタクトレンズとムース。


「こんな高そうなもの傷でもついたら」

「まあ高いけど、藤ヶ谷くんは粗末にしないでしょ?」

「気をつけて使います」


 腕だけがリッチになった。


「コンタクトいけそう?」


 付属の説明書に付け方が載っているが、怖い。


「やってみます」


 意を決してやってみると、案外スムーズだった。


「出来た?」

「はい。眼鏡と同じくらい見えます」


 コンタクトレンズは眼鏡より度を抑えなければならないらしく、事前に眼鏡の度数を教えると柊さんが用意してくれたらしい。


「偉い偉い。よく頑張ったね。あとはコレだけど、やってあげるよ」


 僕をベッドに座らせると、柊さんが正面から、少しだけ手に載せたムースを僕の髪に馴染ませてきた。

 レンズ越しとは違う視界の中で、間近くにいる柊さん。松葉さんが言っていた通り、どちらとも優劣つけがたい美貌だ。


「あの、さ。あんま見ないでくれるかな。わたしもヤバくなるから」

「え? あ、すみません」


 まじまじと友達に見られたら恥ずかしいはずだ。柊さんの頬は少し赤かった。


「こんな感じかな。うん、完璧」

「ありがとうございます」


 そのあとはアパートから少し離れた場所の並木道の時計台に向かうことになった。柊さんは用事があるらしく、アパートでお別れとなる。




 並木道には多くの店と人があり、等間隔に置かれたベンチには数多くの男女が揃って座って笑い合っていた。僕も松葉さんとあんな風になりたかったが、たぶん無理だ。

 柊さんから言われた時計台は正午前を指していた。予定通りの時間だ。

 近くにある空いたベンチに座った。


 誰と接触するのか知らされていないので、辺りを窺っているのだが、変な空気感がある。なぜだか男女問わずこちらを窺ってくる。どちらかというと女性の方が多いだろうか。僕が視線を向けると、お連れの女友達同士で何かを話している。

 柊さんは友達だから「似合う」と言ってくれたけど、ものすごーく浮いているんじゃないだろうか。悪口を言われているようにしか見えない。


 ――ッ!!


 目の前を歩くひとりの女の子に目が留まる。緑と黒のチェックの上着は袖が長く手が隠れ、肩出しのスタイルだ。それに黒のミニスカートを合わせ、いかにもモデルのような黒髪ロングの女の子。

 昨日も見たその子が電話をしながら近付いてくる。


「時計台着いたけど……え!? キャンセル!?」


 誰と話しているのか分からないが、時折こちらを見てくる。もう僕だとバレているのだろうか。変装しようがモブ感は隠せないだろうし。


「え、怒ってない。うん、大丈夫。こっちも用事できたし。うんうん、またね」


 いつも部室で弄っている白スマホを鞄に入れた彼女が向かってくる。


「あのぉ、ちょっと良いですか?」

「はい!」

「少しお話しませんか? 友達にドタキャンされちゃって」

「はあ」


 そう言うと彼女は僕の隣に座った。気付いているけど演じているのだろうか。非常に怖い。


「綺麗な瞳。碧色なんですね」

「え、あ、片親がフランス人なので」

「へえ、奇遇ですね。あたしの知り合いにもいるんですよ、ハーフくん」


 マズい。今のところはイギリス人やロシア人などと言っておくべきだったか。


「そうですか」

「でも、その子とは全然違いますね。あなたみたいなハーフだったら、あたし……」


 彼女の頬が赤くなっていく。どうやらまだバレていないようだ。策士らしいから、どこまでが本当かが読めないタイプではあるが。


 その時、後ろの時計台が正午を知らせる音を奏でた。

 そして気付いた。柊さんが言っていた『誰か』が松葉さんだということが。「時計台が鳴った時に近くにいる女子が『誰か』だから」と言われていたから。

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