藤ヶ谷侑人の悩み

第4話 お弁当に引き寄せられて

 昨日の約束通り、早朝にオムレツを作っている。中に入れる具に悩んでいた。豚ひき肉が定番だが、肉が続いてしまう。ダイエットを意識する女子も多いと聞くし、大丈夫だろうか。そのひき肉に大抵は玉ねぎと人参、ピーマンなどを合わせるのだが、マッシュポテトという少し変わり種を加えてみたら美味しかった記憶を信じてやってみる。

 美味しいと言ってくれるかどうか以前に、食べてくれるかどうかも分からない。だけど、やるしかない。

 今日は感謝の気持ちも込めて、柊さんの分も作ってみた。喜んでくれると良いけど。


 教室に入ってすぐ、ふたりの様子を確認する。松葉さんはこちらに気付いてすぐに無視。柊さんは軽く手をあげてくれた。


「え、これは?」

「昨日のお礼に、と思いまして。迷惑でしたら――」

「ありがと」


 いつにない笑顔だった。あまり表情に変化のない柊さんにしては、という程度だが、目の奥が輝いているように見える。


 休み時間の度に松葉さんを目で追うと、いつも周りには多くの男子がいた。ネクタイの色からして先輩も後輩もいる。本当に住む世界が違うのだと愕然とした。


 今の昼休みにもその様子に変化はない。


「あの競争率、勝てる?」

「無理です」

「最初から諦めちゃダメでしょ。わたしもサポートするから」

「なんでそんな親切に?」


 柊さんは少し上を見て考えながら言った。


「んー、他の男と違うから?」

「みんなイケメンばかりですもんね」

「違う違う。他は身体狙いってこと」

「え!?」

「ほら、周りの男子の目の動き、見てみなよ」


 言われるままに観察すると、少し高揚した面持ちで、松葉さんの顔、胸、スカートへと移動している。ほとんどすべての男子がそうだった。


「愛莉はわたしと違って大きいから。愛莉もそれを分かった上で前屈みで接してんだけどね。策士だよ」

「そう……ですか」

「一回でもヤれればラッキー、あわよくば彼女にって感じでしょ。連れて歩けばステータスだろうし。愛莉がそうなら、相手も愛莉の内面なんてどうでも良いってこと」

「そんな……っ」


 世間知らずだったから分からなかったが、恋愛ってそんな感じなのだろうか。てっきり深い仲になった男女のみがそういう行為をするものだとばかり。


「けど藤ヶ谷くんは違った。初めて愛莉が話し掛けてきた時、ずっと目の動きを観察してたけど、胸やスカートには視線行ってなかったと思う。まあ眼鏡かけてるから絶対じゃないけど」

「見てません! 僕はそんな気持ちで好きになったわけじゃない」


 ふっ、という軽い息遣いが柊さんから聞こえたのち、


「キミ、格好良いよ」

「え!?」


 いつもと同じ変化のない柊さんの顔。


「意気込みも聞けたことだし、わたしも頑張りますか」


 ポケットからスマホを取り出した柊さんが何かをしている。

 終えたのか、画面をこちらへ向けてきた。


『わたしもお弁当もらっちゃった♪ 愛莉の分が余っちゃうなー(。-`ω-)』


 どうやらメールのやり取りのようだ。僕は父と電話連絡しかしないので使ったことがない。

 再び見せられる。


『要らない。モブにふたり分食べさせろ』


 酷い内容だった。

 ちらりと松葉さんを見ると、今は男子と離れて自席に着いていた。こちらを窺う様子はない。


「ねえ、開けていい?」

「はい、どうぞ」


 蓋を開けた瞬間「うわあ」と子どものような表現をさせていた。そしてまたスマホを操作する。


『ふわふわオムレツだー♪ 中に豚ひき肉とポテト、ヤバみ(#^.^#)』

『イケメンに購買頼むし。ポテト邪道』


 画面を見せられて思った。玉ねぎと人参、ピーマンにしておけば良かったと。


「こう言ってるけど、愛莉ポテトめっちゃ好きだし。よくわかったね」

「え、いや、前に入れたら美味しかっただけで、たまたまです」

「グッジョブ」


 そう言って柊さんは親指を立てていた。


『パンと飲み物で三百円くらいかー。こっちタダで倍以上量ある♪』


 誰かに頼もうと腰をあげた松葉さんの動きが止まる。ちらりとこちらを見てきた。金欠なのだろうか。お金持ちという条件を求めていたし。

 何かが吹っ切れたかのように表情が優しさに満ち溢れ、満面の笑顔でこちらへやってきた。


「藤ヶ谷くん、ありがとー♪ もらっていい?」

「はい、どうぞ」


 弁当を手に取ると、柊さんの席に半分座りをしたのだが、これまでとは異なり、僕からは柊さんしか見えないように右半分にわざと座っていた。


「あれ? そっちで良いの、愛莉?」

「うん。窓から遠い方が落ち着くかなって」


 随分と嫌われている。だけど、関心がある証拠なんだ。そういうことにしておこう。


「うっ」


 オムレツをひと口食べた松葉さんから声が漏れた。マズかったのだろうか。


「美味しいよ、コレ。愛莉はどう?」


 柊さんは褒めてくれたが、果たして。


「へ、へえー。こんなどうでもいい才能はおありなんですねー」

「あんたねえ。男で料理の才能って相当だからね」

「あれー? あたし、胃袋も胸も掴まれちゃうのかなー?」

「愛莉、下品」


 少し辺りの人が引いたら本性が垣間見える。だが、人の流れが戻ると天使に戻る。


「そうだ、これもどうぞ」


 思い出したものを鞄の中から取り出す。魔法瓶に入れてきたお味噌汁だ。紙コップを持参してきたので、それに入れて渡してみる。


「美味し! 何でも上手だね」


 褒めてくれる柊さんの横で、魔法瓶本体のコップを使って飲む。我ながら上手に出来たんじゃないだろうか。


「紙くさーい」

「じゃあ、藤ヶ谷くんのコップで飲んだら?」

「え!? それは、ちょっと」


 間接キスになると思い、僕が戸惑うと、


「やだ~、あたしチューされちゃ~う♪」

「あんた、ホント性悪ね」

「どーも」


 その後、昼ご飯を食べ進めても松葉さんが褒めてくれることは一度もなかった。


「言う割に食べるじゃん」


 見ると、柊さんの方も松葉さんの方も箱は空っぽだった。


「食べ物を粗末にするなんて人間としてダメだよぉ」

「さっき捨てろ的な勢いだったけど」


 すっと立ち上がった松葉さんが弁当箱を持ってこちらへやってくる。


「ありがと、美味しかった♪ お礼してあげるね」


 ――ッ!


 そう言って座っている僕を、後ろからギュッと抱きしめてきて、前以上にその柔らかさを鮮明に背中に感じた。

 恍惚に浸っていた時、


「調子のんなよ」

「――ッ!」


 耳元で、僕にしか聞こえないほどの微かな声でそう言ってきた。

 僕から離れた松葉さんが笑顔で手を振ってくる。


「じゃあね、藤ヶ谷くん♪」


 自席に戻っていく彼女の背中を、背筋が凍る思いで眺めていた。

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