第2話 初めて出来たふたりの友達

 新しい席は窓際の一番うしろの角。視力が壊滅状態の僕には非常に苦しい。度の厚い眼鏡を掛けているが、それでも遠くの文字は少しぼやける。

 だけど、そんな視力でも、なぜか少し離れた席に座る彼女を目で追っていた。


「愛莉のこと狙ってんの?」

「え!?」


 言われてすぐに右隣を見ると、さっきまで前に座っていた金髪の女の子がいた。頬杖をついてこちらを見ないままに言ってきたようだ。


「ずっと見てるから」

「いや、そんな、違います」


 何か言いたげな顔で目だけをこちらに向けてきた彼女。冷ややかな目に白い肌。耳には三つもピアスが付けられており、赤ネクタイは崩され、ブラウスは第二ボタンまで開いている。赤スカートの丈も短い。


「やめといた方が良いよ」

「え? 知り合いなんですか?」

「まあ、そこそこ」


 ふたりが知り合いだったとは意外だった。片や黒髪ロングの清純女子、その一方で金髪ショートの非行女子。見た目で判断するのは失礼なのだが。


「あの子、何か問題があるんですか?」

「さあ? そこまでは言えないけど。好きならどうぞご自由に」

「そんな、好きとかじゃあ」


 また目だけを僕に送ってくる。人生を達観しているかのようなその目は、何もかもを見通しているかのようだった。


「みんな、席に着いたか? 事前連絡で知ってると思うが、一応言っとく。今日は始業式だが、日数の関係で午後授業あるから帰るなよ?」


 厳しめに先生が言うと、教室がため息で溢れていた。


 昼休みを告げるチャイムを聞いてすぐ、みんなが動き始める。遠くの彼女は多くの男子から声を掛けられるも、それを振り切ってこちらに向かってきた。

 近付いてくる度、僕の胸は高鳴っていった。


「美月~、パン買ってきて~?」


 金髪の子の肩にそっと手を添えて彼女が頼む。


「やだよ。始業式のあと、自分の買ったし」

「え~、あたしのも買っといてよ~」


 隣でふたりがやり取りをする中、自分の鞄から弁当を探る。

 その時、ふと見上げると彼女と目が合った。


「ねえ、キミ。さっき、あたし見てボーっとしてなかった?」

「え、いえ、そんな」


 スマホを渡す時の話をしているのだろう。


「ねえ、パン買ってきてくれないかな?」

「いや、僕、弁当で」

「お願~い♪」


 ――ッ!


 後ろに回り込んできた彼女。声も近いが、背中に柔らかな感触が。


「い、行きますからッ、は、離れてくださいッ」


 そう言うと、すんなり体を離してくれた。


「アハ、ホント♪ ありがと。あたし、メロンパンとカフェオレで。美月は?」

「わたしは良いよ」

「でも、ついでだよ?」


 少しだけ目を細めた金髪の子が、


「じゃあ、いちごオレ」


 ふたりからお金を受け取り、購買部に走った。




 戻ってみると、彼女が僕の席に座っていた。


「あ、待ってたよ~」

「遅くなってすみません。どうぞ」

「ありがと」

「ごめんね」


 ふたりと、品物とお礼を交換するが、彼女はそのまま食べ始めようとしている。


「え、あの、僕の席」

「ん? じゃあ、ほら座んなよ?」


 彼女が自分の膝をトントンとさせている。


「む、むりです、そんなの」

「しょうがないなあ」


 諦めた彼女が椅子から立ち上がる。あのまま勢いに任せたら膝の上に座れたのだろうか。だけど、女の子にそんなことをしてはいけない。


 僕が椅子に座ると、今度は金髪の子の椅子に、椅子取りゲームのような勢いでふたりが座っていた。


「邪魔なんだけど」

「良いじゃん」


 器用だなと思いながら弁当を取り出す。

 蓋を開けるとすぐに覗かれた。


「健康志向だね。お母さんが作ってくれるの?」

「いや、自分で」

「へえ、男の子で自炊ってすごいね」

「いや、そんな」


 忙しい父に代わり、小学生の後半くらいから家事をし始めたらこうなっただけ。今では父の分とセットで作るのが日課だ。


「ちょっと、ちょーだい?」

「良いですよ、どれでも」


 彼女は出し巻を摘まみ上げて口に入れる。


「美味しっ。もひとつ」

「やめなよ。彼のが無くなるでしょ」

「良いですよ、どうぞ」

「アハ、優し~」


 今度はアスパラベーコン巻が無くなった。


「優しくすると後悔すると思うよ――ッ!」


 黒髪の子が金髪の子を見やり、手を膝に添えたように見え、その時僅かだが、金髪の子の顔が歪んだようにも見えた。


「あたし、キミのこと気に入っちゃったから自己紹介しよ♪」

「え、あ、はい」

「あたしはまつあい。よろしくね♪」

「僕はふじゆうです。よろしくお願いします」


 頭を下げると松葉さんは小さく拍手していた。


「ほら美月も」


 彼女は小さくため息をついて、


ひいらぎつき。よろしく」

「はい、よろしくお願いします」


 もう一度頭を下げると、また松葉さんが拍手をくれる。これは初めての友達なのだろうか。


「さっきから気になってたんだけど、藤ヶ谷くんの髪、ちょっと茶色くない? 染めてるの?」

「いえ、母がフランス人なので」

「えぇっ!? ハーフ?」

「はい。視力は父の遺伝で」


 物心のつく頃には居なかった母の素性についてはあまり知らされていない。知っているのはフランス人だということと、父より十歳下だったということだけだ。


「おでこは出さないの?」

「はい、自信がないので」


 小さい頃から度の厚い眼鏡を掛けると、目は小さく映り、髪の色も相まって指摘されることも多かった。徐々に自信を無くして以降、所謂マッシュルームカットに丸眼鏡というスタイルに落ち着いたのだ。


「もっと自信持ちなよ。あたし好きだよ」

「え!?」


 今のはどういう意味だろう。異性としてではないだろう。多分、容姿のことなのだろうけど、こんな地味スタイルが好きなのだろうか。


「愛莉、はやく食べなよ。昼、終わるよ?」

「うわ、ホントだ」


 忙しなく食べ始める松葉さんの横で、呆然として箸が進まないままでいた。




 それから午後授業が過ぎて放課後。

 帰ろうと席を立った時だった。


「藤ヶ谷くん、お願いがあるんだけど」


 愛らしい足取りで近付いてきた松葉さんに声を掛けられる。


「何ですか?」

「明日からあたしの分のお弁当も作ってくれないかな? お金払うし」

「あ、別に構い――」

「やめときなよ愛莉。藤ヶ谷くん、迷惑でしょ」


 隣にまだ座っていた柊さんが言った。


「え~、でも決めるのは美月じゃないよね?」


 ワクワクする視線を向ける松葉さん。それとは反対に、目を細めて微かに首を横に振ってくる柊さん。


「構いませんよ」

「やったー!」


 そう言った時、柊さんはなぜか伏し目がちに下を向いた。


「柊さんの分も作りましょうか?」

「いや、大丈夫」


 即答で断られた。


「それよりさ、どれくらい必要? 相場わかんなくて」

「いえ、お金は要りませんよ。ひとり分増えても材料費はあまり変わらないので」

「ホント!? ありがと~」


 駆け寄ってきた松葉さんが腕に手を回し、さっき背中に感じた感触を今度は腕に感じた。


「あたし、優しいひと、好きだよ♪」

「え、あ、はぃ……」


 そんなやり取りの中、柊さんは意味ありげな目を僕に黙って向けていた。

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