鍛冶屋とハサミ

 鍛冶屋の前に着いたシュネとモリーちゃんは窓から様子をうかがった。


「シュネちゃん、ホントに入るのですか?」

「入るよ。聞きたいことがあるからね」


 シュネもモリーちゃんも鍛冶屋には来たことがない。

 噂で、職人気質で気難しいと聞いたことがある。

 

「おい。何をしている」

「「――!」」


 突然話しかけられたふたりは声にならないほど驚いた。

 ゆっくりと振り向くとガタイのいいおじさんが立っていた。


「何をしているのか聞いている」


 おじさんの鋭い眼光にモリーちゃんは目に涙を浮かべ始めた。


「わたしたち、鍛冶屋さんに用事があってきたの」


 モリーちゃんをかばう様に一歩前に出てシュネは声を絞り出した。

 おじさんはふたりを一瞥いちべつする。


「入りな」


 そういうと扉を開けてふたりを鍛冶屋へ招待した。

 このおじさんは鍛冶屋の店主だったのだ。


「お邪魔しま~……す」


 ふたりは恐る恐るお店に入る。

 鍛冶屋のおじさんは椅子に座り、ふたりにも椅子に座るように促した。


「で、何のようでぇ」

「え……っと」


 シュネは何から話したものかと考えていると、モリーちゃんがビクつきながらも口を開いた。


「まず自己紹介からいいでしょうか?」

「……そうだな、オレの名前はバラムだ。嬢ちゃんたちは?」

「私は道具屋キャメルのモリーです」

「あそこの嬢ちゃんか」


 バラムさんはモリーちゃんのことを知っているようだった。


「わたしはシュネ。西の森でお姉たちとトリマーをしてます」

「西の森のトリマー……まさか嬢ちゃんムナカタさんとこの……娘?……いや孫か?」

「! おじいちゃんのこと何か知っているの?」


 シュネは身を乗り出してバラムさんに詰め寄った。

 おじいちゃんのことを知ってる人がいた。

 こんなに早く会えるとは思わなかった。――なんて運がいいんだろ。

 興奮が抑えられない。


「知ってると言ってもオレがガキの頃に数回話した程度だ」

「ホントに? どんなことを話したの?」

「嬢ちゃん、少しは落ち着きな」

「シュ、シュネちゃん!」

「……ごめんなさい」


 モリーちゃんになだめられる。


「オレが話したのは他愛のない話だ」


 バラムさんは水を一杯飲むとおじいちゃんのことを話し始めた。

 たまにフラッと現れてはバラムさんの父親に無理難題を言っていたらしい。

 もっと切れ味を良くしてほしい。

 もっとスムーズに動かせるようにしてくれ。

 もっと指を掛かりやすくしてくれ。

 そして完成したと思ったら、別の素材を持ってきて同じことの繰り返しだったという。


「それでオレは聞いたんだ」

「なんて?」

「どうしてそこまでハサミにこだわるのかを」


 確かに、おじいちゃんはトリミング道具、特にハサミはこだわりが感じられた。


「ムナカタさんは『君の親父さんと同じだよ』と言ったんだ。当時はまったく意味が分からなかったな」

「今はわかるの?」

「あぁ。道具は職人の命だ。達人は道具は選ばねぇなんて言うが、それは最低ラインであって、自分に合う道具を手にして最高のパフォーマンスを出すのが職人ということだな」


 シュネはなんとなくわかる気がした。

 道具一つで出来が違ってくる。

 他のハサミでもトリミングはできるけど、自分が納得できる出来にはならないのだ。


「まぁオレから見たムナカタさんは変わり者だったが、職人としては一流だということだな」


『職にとして一流』


 その言葉を聞いてシュネはなんだか嬉しく思った。


「ありがとうございます」


 お礼を言い終えた後、ふと疑問が出てきた。


「おじいちゃんはマテリラの鍛冶屋さんに頼んだと日記に書いてあったけど……?」

「あぁ。オレはマテリラからこっちに来たんだ。マテリアには親父の工房がある」

「ホント! じゃあそこに行けばおじいちゃんのことを……」


 次のおじいちゃんの手掛かりが出てきたと思ったが。


「親父はとっくの昔に死んじまって、今は俺の息子が引き継いでいる。行っても無駄だぜ」

「そんな……」


 肩を落としたシュネを見て「ちょっと待ってろ」とバラムさんが工房の奥へ入っていく。

 しばらくすると手には布に包まれた何かを持って出てきた。


「見てみな」

「これは?」


 受け取って布を開くと一本のハサミが出てきた。


「もしかしてこれって」

「ムナカタさんが作ったハサミだ」

「おじいちゃんが作った? バラムさんのお父さんじゃなくて?」

「親父の葬儀の日にムナカタさんが置いていった物だ」


 これは……チタンより少し重いけどコバルトより軽い。

 刃の開きも悪くない。

 ステンレス製のハサミだ。


「ムナカタさんはステンレスって言ってたな」


 おじいちゃんはこれを作りたくて方々ほうぼう駆け回ったのだろう。


「はじめて見たときは驚いたな。金属としてほぼ完璧な代物だ」


 耐熱、耐冷、耐蝕たいしょく、耐衝撃で磁石にもくっ付かない。


「でもわたしはチタンのハサミの方が使いやすいな」

「嬢ちゃんには少し重いか?」

「うん。一回のトリミングで何度もハサミを動かすから重たいと手が疲れちゃう。だからステンレスのハサミは火を纏った動物くらいにしか使わないの」

「そうか」


 おじいちゃんはどんな動物にも使えるハサミを作りたかったのだろう。

 そして完成したのがこのステンレスのハサミだったのだ。

 今ではハサミだけでなく、コームやスリッカーブラシ、爪切りにもこのステンレスで出来ている。


「オレがムナカタさんのことでわかるのはこのくらいだ」

「ありがとう、バラムさん」


 シュネはおじいちゃんが何者であったかはもうどうでもよくなってきていた。

 自分の……動物のためなら努力を惜しまない人なのだろう。

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