箱入り娘とさようなら

「レイ姉~終わったよ~」

「「わっふ!」」

「おつかれさま~、あら? ライアちゃんとアミィちゃんは?」


 商品出しをしていたレイ姉が振り向いて二人がいないことに気付く。


「アミィちゃんの髪を直しにレイ姉の部屋に行ってる~」

「仲良しさんねぇ」


 レイ姉は一度商品を置いて、受付の棚から報告書を取り出してシュネに渡す。


「ありがと。というかレイ姉もアミィちゃんと一緒に直してもらえば?」


 どうしたら二時間足らずでこんなにもボサボサになるのだろうか。今朝の綺麗だった髪の毛が見るも無残だ。

 シュネは受け取った作業報告書にトリミング内容とトリミング中のルーちゃんの様子などを記入していく。


「レイ姉、ルーちゃん用にイヤーローションを用意しておいて」

「わかったわ。耳の中や周りはどんな感じかしら?」

「キュ~ア?」


 ルーちゃんの耳の状態を一つ一つ確認していく。


「耳垢に変な臭いとか粘りとかあった?」

「大丈夫だったよ。耳の自浄も問題なさそうだった」

「なるほどなるほど」


 腕を組んで少し考えた後、「ちょっと待ってて~」と研究室に入っていく。

――バタバタ。

――ガチャン!

――ボフン!

――……


「できたわ!」


 髪の毛を更に爆発させ、白衣をヨレヨレにしながら出てきたレイ姉の手には、薄い水色の液体が入った小瓶があった。


「それがルーちゃん用?」


 シュネはハンカチでレイ姉の汚れた顔を拭きつつ聞いた。


「そうよ~。薄っすらと皮膚が赤くなってたから自浄作用を促進させる低刺激ローションよ」

「へ~。随分早く作れたね」


 レイ姉が自身のボサボサの髪の毛をシュネに見せる。


「今朝は髪の毛につやがあったでしょ? この艶を出す成分が自浄作用を促進させるの」

「……今はもう艶ないけど?」

「そう! そこよ!」


 シュネの鼻先に小瓶を突きつけレイ姉が興奮気味に説明してくる。


「半日も艶が保てないからシャンプーとしては失敗だったけど、自浄作用を促進させるなら半日で十分なの。更に髪にダメージがないから刺激も少ないのよ。泡を立てる成分を抜いて、皮膚への吸収性をよくする成分を注入してできたのがこのイヤーローションなのよ」

「う、うん。すごいね! レイ姉!」


 さすが姉妹だ。

 好きなことに対しての熱量が半端ない。――もしかしたらこんな感じになるときがあるのかな? シュネはそう思うと『気を付けよう』と心の中でそっと決めた。


「あ、そうだ」


 シュネはレイ姉にそっと耳打ちをする。周りには疲れたのか丸まって寝ているルーちゃんしかいないのだが。


「……わかったわ」

「んじゃお願いね」


 頼みごとされたレイ姉は研究室に姿を消していく。


「え~っと、どうしよっかな……ルーちゃんは……寝てる……」


 ルーちゃんは疲れたのか陽の当たる場所で大人しく寝ている。


「レイ姉の品出しの続きでもやっておくか」


 棚に商品を並べていく。


「ふわぁ~……」


 さっきまでせわしなかったが、今はレイ姉もライア姉もアミィちゃんも近くにいない。

 陽の温かさに加え、静けさの中にルーちゃんの寝息。たまに研究室から聞こえる謎の音。

 こんなゆるりと流れる時間の中、欠伸あくびが出ない人間はいるのだろうか。


「気持ちよさそうに寝ちゃって……羨ましい奴め」


 ルーちゃんのお腹を「うりうり」とくすぐっても、片目を一度開けて確認するだけで、再び目を閉じて寝息を立てる。


「無視か……品出ししよ」


 眠い目を擦りながら、ラベルを確認して棚に陳列していく。

 人狼用、人虎用、竜人用、ハーピィ用、リザードマン用……。

 実はイチキシマの主な収入源は獣人用のシャンプー類だったりする。

 レイ姉の作った物は毛並みや脱皮後の鱗にいいらしい。

 そんな噂が広まって、気が付いたらトリミングよりも売り上げが出るようになったのだ。


「シュネ、姉さんは研究室かしら?」


 ライア姉がアミィちゃんの髪を直し終わり受付に戻ってきた。


「そうだよー。アミィちゃんも綺麗になったね」

「はい。ありがとうございます」


 とても幸せそうだ。


「お待たせ~。あら? ライアちゃんとアミィちゃんも戻ってきたのね」


 続いてレイ姉も研究室から小さな箱を抱えて出てきた。


「「わっふ!わっふ!」」


 にぎやかな雰囲気に釣られたのか、ルーちゃんも起きている。――さっきまでの静けさが嘘みたい。


「レイ姉、レイ姉」


 シュネは手招きをしてレイ姉を呼び、「できたの?」と耳打ちをする。

 レイ姉は親指を立てて「バッチリ」と小さく答えた。


「何かあったの?」

「あ~……レイ姉にイヤーローション作ってもらったよ」

「本当ですか!」


 レイ姉がアミィちゃんに使い方を説明して、抱えていた箱を渡す。


「わぁ~……ありがとうございます」


 箱を見ては抱きしめて、また箱を見る。そしてまた抱きしめてお礼を述べる。

 それほど嬉しかったのだろう。


「あ、おいくらでしょうか?」


 ふと我に返ったアミィちゃんが慌てて値段を聞いてくる。


「試作品だし、今回お代はいらないわ。使ってみて次回お店に来たときに、どんな感じだったか教えてちょうだい」


 レイ姉がアミィちゃんの頭を撫でながら微笑む。


「それでどうだった? 初めてトリミングを見学してみて」

「とてもすごくて……」


 今日の感想を身振り手振りレイ姉に伝えていると、カランコロン……とドアベルが鳴る。

 入り口に目を向けるとアミィちゃんとルーちゃんを迎えに来たアンドラスさんだった。


「お待ちしておりました」


 レイ姉がアンドラスの対応をしている間にシュネがルーちゃんを連れてくる。

 アミィちゃんは自然にレイ姉のそばにいる。


「おお。綺麗にしてもらってよかったね」

「クゥー」

「キュー」


 アンドラスが頭を「よしよし」と撫でると、ルーちゃんもそれに答えるように頭を擦りつける。


「アミィは大人しくしていましたか?」

「ええ。とても大人しくいい子にしていましたよ」


 アミィちゃんの頭に軽く手を置いてライア姉が答えた。


「それはよかった。ん? そちらは?」


 アミィちゃんが抱えている箱に気付いて質問をする。

 それにレイ姉が答えた。


「私が新しく作ったイヤーローションです。試作品ですがお家で使用してみて感想聞かせてください」

「これはこれは、ありがとうございます」


 レイ姉が報告書の写しを渡して会計を済ませる。

 

「それではありがとうございました。アミィ、帰るよ」

「……はい」


 名残惜しそうにアンドラスさんのところに向かい「ありがとうございました」と深々とお辞儀をした。


「ありがとうございました。またお越しくださいませ」


 レイ姉の後に続き、ライア姉も「ありがとうございました」とお辞儀した。

 シュネも「バイバイ」とアミィちゃんに手を振って見送った。


「うーん……」


 アミィちゃんたちの姿が見えなくなるとシュネは伸びをした。


「どうかしたの?」

「さすがに人に見られながらに加えて、説明しながらのトリミングは疲れた……」

「あらあら。おつかれさま」


 レイ姉がねぎらいの言葉を掛けつつ肩を揉む。


「でも勉強にはなったんじゃない?」

「うん。まぁね」


 確かに。ひとつひとつを口で説明をして作業すると、無意識にやっていた行程などを改めることもできた。

 それにアミィちゃんの質問もシュネにとって良い影響を与えた。


「レイ姉、ライア姉」

「ん~? どうしたの~?」

「珍しく神妙な面持ちね」

「……アミィちゃんが箱入り娘だと思ってたけど、わたしの方が何も知らない箱入り娘だった」


 そう。シュネは都会はここよりもっとすごいところで、技術力や魔法も比べ物にならないほど先進的だと思っていた。

 しかしアミィちゃんの話を聞く限りそんな先進的なことはなく、『この店』が特殊だと気が付いたのだ。

 確かにイチキシマで扱っている道具は『特別』だからお客様には売れないと姉たちはいっていた。が、その『特別』というのは姉たちが作っているからとか、ひとりひとりに合わせて作ってあるからでもなく、街に売っていない素材や技術で作ってあるから『特別』なのだ。


「ウチのおじいちゃんとおばあちゃんってどんな人だったの?」

「う~んと……」


 レイ姉とライア姉は顔を見合わせて、少し困りながらレイ姉が言う。


「今日のお仕事終わったらね」

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