バリカンはクリッパー

「私が先にクリッパーを掛けるわね」

「は~い」


 ライア姉がシザーホルダーからクリッパーを取り出す。


「そちらがクリッパーという道具なのですか?」

「そうだよ。魔力を込めると先端の上の刃が左右に動いて毛を刈るの」

「毛を刈る……バリカンみたいですね?」

「あ、バリカンと同じだよ。ウチでは手動のはバリカンって呼んでいて、こっちのはクリッパーって呼んでるの」

「あら、そうなんですね」

「因ちなみにクリッパーの刃は取り換え可能だったりする」


 シュネの説明が聞こえていたのか、ライア姉が刃を一度外して付け直した。


「こちらもとても便利ですね」

「便利だけど高速で刃が動くから、長時間動かしてると熱を持つの。だから火傷させないように、しないように注意して使うのが大事だね。ライア姉がお腹周りを掛けるから見ててね」


 お腹周りをやるには立たせなければならない。

 しかしルーちゃんはシュネたちより体が大きく、体重もあり支えていられない。

 そこで両足を乗せるための細長い机を使うのだ。


「眠い所ごめんね~。ちょっと両足持ち上げるね~」


 シュネはルーちゃんの両足を持ち上げて机の上に乗せた。

 うつらうつらとしているルーちゃんはされるがままになっている。

 相当眠たいのだろう。


「少しだけ我慢しててね」


 すぐさまライア姉がルーちゃんの体の下に潜り、お腹周りの毛を刈っていく。

 ヴィーーッ……ヴィーーッ……ヴィーーッ……。


「ほら見て。刃が熱くなり過ぎないように素早く、こまめに刃を止めてるでしょ?」 

「ええ。時々手の甲に刃を当ててるのは熱くなってないか確認しているのですか?」

「うん。そうだよ」


 アミィちゃんはよく見ている。

 今までの作業中も疑問に思ったことは聞いてくるし、どうしてその作業が必要なのかを自身で考えてシュネに回答を求める。

 探求心と好奇心は素直に感心する。


「よし、もういいわよ。ありがとう」

「ルーちゃん、もう足下していいからね」

「後は任せるわね」

「は~い」


 ライア姉からクリッパーを受け取り、シュネはお尻の方に、ライア姉は顔の方に移動する。


「次は肛門周りの毛を刈っていくね」

「お腹とこう……お尻の毛を刈るのはもしかして……」

「考えてる通りだと思うよ。おしっことうんちが毛に付着しないようにするためだね」


 答えあぐねているアミィちゃんを見て、シュネが代わりに答える。――お尻と言い換えるところも面白可愛いなぁ。

 ルーちゃんが不意に動かないようにライア姉が左右の頭を撫でて意識を散らしている。


「上から下に素早く刈っていくの」


 ヴィーーッ……ヴィーーッ……。


「よしっと、次は肉球の間にある毛を刈るけど、何故だかわかる?」


 ここまで説明を聞いてきて、観察力や考える力があるアミィちゃんなら『答えられるかもしれない』と思い聞いてみた。


「え~っと……」


 アミィちゃんが少し考えて「間違っているかもしれませんが」と前置きをし答える。


「散歩するときに汚れが付かないようにしたり、岩場とかで滑らないようにするため……でしょうか?」


 シュネとライア姉は顔を見合わせる。


「ち、違っていましたか?」

「いや~、すごいね。ライア姉」

「ええ。百点あげてもいい答えね」


 そう。顔を見合わせたのはほぼ満点の回答だったからだ。

 今日一日だけでここまでとは、もしかしたらアミィちゃんはトリマーに向いているかもしれない。


「ほ、本当ですか!」


 ライア姉に褒められたからか、アミィちゃんは喜び震えてる。


「本当よ。少し補足するなら肉球には汗を出すエクリン汗腺というのがあり、体温調節を足の裏でもするのよ」

「そういえばルーちゃんが汗をかいたところを見たことないと思っていましたが、肉球で汗をかいていたのですね」

「鼻にもエクリン汗腺があるのよ」


 ライア姉がルーちゃんの大きな鼻を指を差して「少し湿っているでしょ」とアミィちゃんに見せる。

 その間、シュネも何か補足しようと考え巡らしていた。――何かあるかな?


「あ、あとね」


 少し大きめな声でアミィちゃんに言う。


「肉球は人でいう靴の役割があるの。走って止まるときや方向転換するときの滑り止めに、高いとこから着地するときには骨や関節を守るクッションになったり、地面の熱さや冷たさを緩和したり、とっても重要なんだよ」


 どうだ。と言わんばかりの勢いだ。


「そ、そうなんですね」

「フフフッ……それじゃあそろそろ足裏の毛を刈りましょうか」

「あ……うん……」


 シュネはライア姉と無駄な張り合いをしたことに急に恥ずかしくなり、そそくさと作業を再開する。

 クリッパーの刃を1ミリメートルから3ミリメートルに変えて、気持ちも切り変えた。


「えっと、足裏の毛は肉球を広げて、溝の毛を刈っていくの」 


 ルーちゃんの負担にならない体勢で少し足を曲げて持ち上げる。

 そして肉球を親指と人差し指で広げて、溝がなるべく平坦になるようにしてクリッパーを掛けていく。


「こんな感じで肉球を広げるとわかるんだけど、肉球の溝の皮膚は薄いからある程度は毛を残しておかないと石や枝を踏んだ時にケガをする場合もあるから刈り過ぎないようにするの」

「伸ばし過ぎても短すぎてもケガをする場合があるのですね」

「肉球に毛が被らないようにするのがポイントだね」


 前足、後足と肉球が見えるように刈り終えた。


「クリッパーはこれで終了だけど、足周りはまだやることがあるの」


 シザーホルダーから小さめのハサミを取り出した。


「とうとうハサミを使うんですね」


 待ってました。と言わんばかりに目が輝いている。――今回はあんまりハサミを使わないのはまだ黙っておこう。


「これはボブバサミといって、足周りや細かい作業をするときに使うの」

「そういえば……理髪店で見るハサミもたくさん種類がありますね。前から思ってましたけどそんなにハサミがいるのでしょうか?」

「そうだねぇ……」


 シュネはまた懐かしい気持ちになった。

 なぜなら同じ質問を姉たちに投げ掛けたからだ。


「わたしが主に使うのは六本なんだけど……ライア姉は?」

「私は四本と動物に合わせたのを一本の合計五本を使ってるわね」

「とまぁ、こんな感じで人それぞれだからね。基本的には仕上げ用、細かいところ用、ガタガタをなじませる用にスキバサミ。この三種類あればなんとかなるかな……」

「要は自分の手に合う物やトリミングスタイルに合わせて、何本のハサミを持つかを決めるのよ」


 うんうん。とシュネは首を縦に振る。

 シュネが姉たちに聞いたときは『なんとなく』といわれ、『なんだそれは』と思ったものだ。

 しかし本当に『なんとなく』だったのだ。

 気付いたら使うのは六本だけになっていたのだ。


「はぁ……」

「う~ん……あんまりしっくりこない答えだよね」 

「その辺りは私にはわからないことなんですね」


 シュネとライア姉は互いの顔を見た後、声を合わせてアミィちゃんにいう。


「「こればっかりはね」」

「さてと、じゃあ足周りをカットしていくね」

「はい」

「とはいっても綺麗に整えるぐらいかな~」


 指の間から少し出ている毛をカットしたり、足周りの毛が地面に着かない用に切り揃えたりとするだけだった。


「そうなんですね……」

「ルーちゃんがカットするのは胸から周りにある毛、たてがみ辺りかな」

「なるほど」

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