The apocalyptic sound

「しーあわっせはー、あーるいってこーないー」


 廃墟の街並みを、歌いながら歩く。


 手には大きめのキャリーバッグ。水と食料と衛生用品その他諸々、そして服と化粧品が入っている。


 今日は絶好の散歩日和だ。天気は快晴、気温は20℃前後。ほどよく風が吹いている。


「だーかっらあーるいーてゆーくんーだねー」


 人類がなんで滅んだのか?―――理由はありすぎる。


 強いて一つ挙げるなら、人類の社会は地震にも隕石にも疫病にもガンマ線バーストにも備えていたけど、それらが同時に発生することには備えていなかったということなんだろう。


 なぜ私が生き残ったのか?―――理由はない。


 ただ、人類は滅びるにはあまりにもしぶとくて、どんな災厄でも数人は生き残ってしまうものだ。そのうち一人が、たまたま私だったのだろう。


 まず情報網と流通網が死滅し、その後に人々が突然死していった。おそらく感染症か何かだったのだろうが、最初に情報網が断絶したので、ただの女子高生である私には原因の知りようもない。


「いーちにーちいっぽー、みーっかーでさーんぽー」


 ただ、多くの人は苦しまず、3分ほどのうちにぽっくりと亡くなった。それは良かったのだろう。


 結局、人類は一週間足らずのうちにその安楽死を完了させてしまった。


 そんなわけで、私は今日も最後の一人として生活している。他人の家や店を漁って食料を確保しながら、ゆっくりと九州を南下している。


 目指すは種子島だ。


 1か月前、何か聞こえないかといつも弄っていたラジオから、念願の生存者の声を聞いた。なんと生存者は宇宙にいるらしかった。


 宇宙ステーションでも例の突然死が発生し、今は生き残っているクルーは私一人だ。地上施設も壊滅している。このままでは補給が途絶えて死ぬので、帰還用のロケットで種子島付近に降着する―――。


「さーんっぽすっすんで、にっほさっがるー」


 そんなわけで、私は種子島を目指している。


 結局、ラジオ放送を聞いたのはその一回だけだった。だから今も宇宙飛行士さんが生きているのか、本当に降下を実行するのか、私にはわからない。


 宇宙飛行士さんの性別も年齢もわからない。声を聴くかぎりでは、私より少し年上の女性って感じだったけど、でも会ってみるまではわからない。


 まあ、今となっては特にすることもないのだ。行ってみるだけならタダだろう。


「ふーんふふっふー」


 歌詞を忘れた。


 ひたすら歩く。


 歌っているのは、宇宙飛行士さんと会ったときにきちんと話せるようにするためだ。人は人と話さないと簡単に声の出し方を忘れる。


 宇宙飛行士さんと会ったときに備えて、道すがら廃墟と化したアパレルショップから最高に良い服もかっぱらってきた。お気に入りの化粧グッズのストックも確保して、見せる相手も居ないのに毎日化粧をしている。


 本当に一人になると、人は獣になってしまう。見た目を取り繕わなくなって、声の出し方を忘れて、考えることと言えば食料のことだけ。私も一度はそうなりかけた。


 私がそうならずに正気を保っているのは、人と会う予定があると―――そう思えているおかげなのだろう。


 ……私が本当に正気を保っているのかは、私一人となった今では判定できないけど。


「―――あ」


 ついた。


 地図で見つけて、ずっと探していた場所―――鹿児島南端部の港。地図でなんども確認した名前、赤丸で囲っていた地名が看板に書いてある。


 ここから船を使えば、種子島に行けるだろう。


 もちろんそれには船の使い方を学ばなければならないが、まあなんとかなるだろう。時間はあるのだ。


 海を見る。この海をなんとかして渡れば、宇宙飛行士さんを種子島で待てる。


 どんな会話をしようか想像してみる。でも、それはもう一か月もずっと想像していたことだ。もう自分一人で想像できることはし尽してしまっていたし―――実際にどうなるかは、会ってみないとわからないのだった。










 そして、それは唐突にやってくる。


 姿勢制御のスラスターと減速用のメインエンジンを噴射しつつ、訓練通り、計算通り、種子島の着陸用スペースへと向かっていく。


 真っ青な空に線を描いて、一筋の光がゆっくりと地上へと延びていく。


 一人の女性は、やがて自分の歌を遮る轟音に気づいて―――うきうきと笑みを浮かべて、鏡の前に立つのだった。 

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