Build and scrap

(起動)


(チューリング誤差率:1.8%)


「おはよう、紗耶香。目は覚めた?」


「おはよう理穂。朝ごはん何にする?」


「いつものと同じが良いかな」


 いつもと同じ。つまりトーストとコーヒーだけの簡素な朝食だ。6枚切りの食パン1枚にマーガリン10g、コーヒーは牛乳5割で砂糖はスティックシュガー1本分。


 朝食を慌ただしく口に運ぶ理穂を、机の向かいでじっと見つめる。


 理穂は職場が少し遠い。朝食を食べ終えた彼女は、速やかに身支度を済ませて職場に向かっていった。


「いってらっしゃい、理穂」


「いってきます、紗耶香」


 そして彼女を見送る。


 さて、家事を済ませよう。


(チューリング誤差率:1.9%)












(チューリング誤差率:2.1%)


 午後7時半、理穂が帰ってくる。諸々の買い出しは彼女がやることになっているから、私は家から出ることはない。


「今日は豚肉が安かったよ。グラム88円で」


「じゃあ生姜焼きとか良いかな。それとも冷しゃぶ?」


「生姜焼きで」


「はーい」


 今日の仕事は忙しかったらしい。理穂はスーツも脱がないままソファーに座り込むと、だらだらとスマホを弄り始めた。


「スーツ、脱がないとシワになるよ」


「うー、面倒くさいなー。紗耶香、脱がせてー?」


「はーい」


 夕食の準備を中断して、理穂のもとに向かう。彼女の来ているパンツスーツの上下を受け取って、シワにならないようハンガーにかけておく。


 ハンガーラックに服を掛けて、軽く形を整える。夕食の準備に戻ろうとしたところで、理穂がこちらをじっと見つめているのに気付いた。


「どうしたの、そんなにこっち見て」


「――――――ん。いや、何でもない」


 そう言うと彼女は、またスマホに目を戻した。私も生姜焼きの準備に戻るとしよう。


 理穂が好きなのは、通常のレシピよりもみりんを約2倍程度使った甘めの味付けの生姜焼きだ。玉ねぎは入れず、わかめの味噌汁と一緒に出すと喜ぶ。


(チューリング誤差率:2.5%)












(チューリング誤差率:2.9%)


 夕食後。特に何をするでもなく2人でだらだらしていると、理穂がぽつぽつと話し始めた。


「……あのね。子供、生まれたんだって」


「誰の?」


―――


 言葉に詰まる。


「―――そう。それは、おめでたいね。男の子?」


「うん。男の子だって。パパによく似てるって言ってたけど、まだ新生児なのにそんなの分からないよね」


「どうだろ。お母さんにしか分からない感覚とかあるんじゃない?」


「―――」


 理穂は、目をつぶって押し黙ってしまった。


「どうする?今日はもう寝ようか」


「……うん。紗耶香も、もう寝よう」


 二人で寝室に向かう。


 チューリング誤差率が高くなっている。ノイズ人格が発生しつつある。今日はこれ以上の会話は控えるべきだろう。


(チューリング誤差率:3.7%)












(チューリング誤差率:3.7%)


 寝室。理穂は既に寝ている。私はそっと布団を抜け出して居間に向かい、うなじの電源ポートに充電コードを差し込んで床に座り込む。


 今日一日の問題点の整理。


 朝、特に問題なし。


 昼、特に問題なし。


 夕食前。理穂がスーツを脱がせてと言ったとき、言われた通りに脱がせてしまったが、この時の彼女の反応は悪かった。おそらくあのとき、本物の紗耶香ならば「自分で脱ぎなさい」と言うのだろう―――会話生成エンジンに修正が必要。


 夕食後。本物の紗耶香に子供が生まれた話。―――これは難しい。


 会話生成エンジンの教師データは、本物の紗耶香のSNSの投稿や、彼女と里穂の会話だ。それ故に、自分自身が紗耶香の模造品であることが前提となるような会話は、参照すべきデータが無い。


 このような会話が発生した場合は、早々に会話を切り上げる方が理穂に与える違和感を最も低減できるだろう。




 以上の点を踏まえ、模造シナプスの回路整理を実行。


 ノイズ人格のクリーンアップ開始—――処理中―――成功。


 明日は紗耶香の振る舞いを、より完全に再現できることだろう。


(チューリング誤差率:1.7%)


(シャットダウン)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る