Ride on shooting star
宇宙空間の暗闇の中を、軌道外戦闘機が駆け抜ける。
搭乗者は2名。パイロットと、彼女の専属整備士に抜擢されたと思ったら試運転と称した宇宙ドライブに連れ出された新米兵士―――つまり、私だ。
「あのう、どこまで行くんですか?」
「安心しなって。夕食前には帰れる範囲しか飛ばないよ」
そうは言うが、既に基地のある火星は遥か後方である。整備士の普段の生活範囲は、決して惑星地表を離れることはない。一体いつ帰れるのか教えてもらえない状態は、ひどく不安だ。
軍内でもエースパイロットとして英雄的な位置にいる彼女でなければ許されない、軌道外戦闘機を使った宇宙規模の散歩であった。
「さて。いきなりだけど、この機種についてどう思う?」
「どう、とは」
この機種。
軌道外戦闘機はその名の通り、衛星軌道の外側で戦う戦闘機だ。大気も重力もほぼ存在しない宇宙空間での戦闘は、惑星表面とは全く異なる様相を見せる。そこで、その環境での戦闘に特化した機体として考えられたのが軌道外戦闘機である。
いま私が乗っているのはZG-104、
「……調べた限りでは、ハイコストで操縦の難しい機体だと。そういった評価が一般的です」
「そうじゃなくて。貴女自身の評価が聞きたいんだよね」
言葉に詰まる。正直なところを言うなら―――
「素晴らしい機体だと思います」
「ほう?」
彼女は、値踏みするようにこちらを見る。見透かすような目に、思わず自分の考えが口を衝く。
「連火は他の機種と違って、エンジンが二発ついています。乗員の生存性に気を遣った、いいデザインです」
軌道外戦闘機はたいてい、エンジンを一発しか持っていない。
より少ない燃料で宇宙に飛び出すための極端な軽量化、ひいては軽装甲化。大気が無く、撃たれたレーザーがほぼ減衰せずに直撃する宇宙空間という戦場の特性。
それらが合わさって、軌道外戦闘機は極めて損耗率の高い機種になっている。
結果として、現在のトレンドは低コスト化―――エンジンを一発で済ませ、墜とされても惜しくない価格の機体にする、という方向になっている。
しかし連火は違う。エンジンは二発、操縦席を挟むように配置されている。
「エンジンが二発ついていれば、もし片方を撃たれて破壊されても帰還が可能です。出力に余裕があるから重くできて、装甲が分厚いし骨組みも堅牢です」
「そうだな。更に言うなら、配置が良い。相手から片方のエンジンだけ見えるような向きを保てば、片方のエンジンを盾にできる」
……それを出来るのは貴女だけだ、と言いかかったのをかろうじて飲み込む。
目まぐるしく位置関係の入れ替わる戦闘中、ましてや片方のエンジンを破壊され続けている状態で、相手に対して一定の向きを維持するなど。通常のパイロットではとても出来たものではない。
パイロットがすぐ死ぬはずの軌道外戦闘で、連火とともに10年以上戦い続けてきた彼女ならではの戦法だろう。
「もちろんそれは最終手段。いつもは避けるか、撃たれる場所をズラすことで対応する」
「撃たれる場所を?」
「ああ。レーザーで一か所だけ撃たれ続けると、その箇所の装甲が蒸発しちゃうだろ?だから常に同じ場所を撃たれないようにして、負荷を分散するんだ」
「戦闘中に撃たれた場所を、覚えながら戦ってるんですか?」
「慣れれば案外できる。この機体の装甲なら垂直に食らっても4秒程度は耐えられるしね」
……彼女が今まで生き延びてきた理由が、なんとなくわかってきた。
「あの。連火の操縦は難しいって聞くんですが、どうなんですか?」
「自由度が高すぎる面はあるな」
「自由度?」
「エンジン二発の向きを、それぞれ変えられる―――普通の機体は自分の向いてる方向だけ分かればいいが、連火を操縦するならエンジン二基と操縦席、合わせて3つの互いに異なる向きを常に把握していないといけない。そこは難しいだろうな」
「設計者はなんで、エンジンと操縦席の向きを固定してしまわなかったんでしょう?」
「レーザー砲は操縦席に固定されてる。撃つ向きを変えるたびにエンジン含めた機体を丸ごと回転させるよりも、操縦席と砲の部分だけ回転させたほうが速い」
彼女と話していて、分かったことがある。
連火は、徹底して玄人向けに作られている。現在主流の、高い損耗率が前提の設計―――素人のようなパイロットを使い捨てにする設計ではない。
パイロットがいくつもの戦闘を生き延び、そのたびに練度を高めていくことが前提の機体なのだ。
そして彼女は、それを成し遂げた。過酷な戦闘を生き延び、異常なまでに高い練度を獲得し、連火の持つ性能を100%引き出すことに成功している。
本人の才能と機体の設計思想が噛み合った結果、彼女は今も飛び続けている。
「どうだ?この機体の良さは分かってくれたか?」
「ええ。設計者の意図というか、思想はよく分かりました。パイロットを大事にする設計ですね」
「だろ?本当に、姉さんらしい設計だよ」
「姉さんって―――姉妹だったんですか?設計者の方と」
「ああ。連火の基本設計は私の姉だ。そういえば奴はお前に似てた」
「似てた、ってことは―――亡くなられたんですか?」
「ああ。連火が完成した直後にな」
なんでもないことのように彼女は言う。連火が完成した直後と言えば、彼女が飛び始めた頃―――十年も前の話だ。身内の死とはいえ、とっくに整理はついたということなのだろう。
「……兵器として、今の主流のスタイルとどっちが正解なんでしょうね。安くて素人でも乗れるけど、機体とパイロットの損耗率が高い。高くて操縦が難しいが、パイロットの生存性が高い」
「それは私次第だろうな。私が連火に乗って戦果を挙げ続ければ、姉さんの設計思想が正解だ」
気づくと彼女の横顔を見ていた。
いつも余裕のある笑みを浮かべている彼女は、いつになく真剣な顔をしている。
もしかして、これがこの人の飛ぶ理由なのかもしれない。
連火に乗って、この機体の強さを、ひいては設計者の思想の正しさを世界に示すこと。そのために、機種転換もせずに戦い続けているのか。
「ほら、そろそろ火星だぞ」
「え、―――?」
いつの間にか方向転換し、帰路についていたらしい。目の前には火星がもう見えている。
スラスターを操作すれば特徴的な音が機内で聞こえるはずだが、それを聞いた覚えはない。メインエンジンの微調整のみで方向を転換したらしい。全く呆れるほどの技量だ。
「……この機体の整備、頑張りますね」
「ああ、頼んだよ」
そうして連火は、今回も無事に帰投する。
今は亡き設計者の思想が、正解かどうかは―――彼女の操縦と、私の整備が決めるのだろう。
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