Beautiful One
「ねぇ、なんで今は男の人がすごく少ないのか知ってる……」
美亜がそれを聞いてきたのは、今日の昼だった。
「人工出産技術が発達したから、でしょ?女と男、男と男のカップルの場合は男女が両方とも生まれるけど、女と女のカップルからは女しか生まれない。だからすこしずつ女が増えていって―――」
「今では男は人口の2000分の1になってしまった。うん、その通り。よく覚えてるね」
中学の歴史で習うようなことを、わざわざ今聞いた意味がわからなかった。不思議に思って、彼女の顔を見た。
「じゃあもし私たちが、男女が半々の時代に生まれてたら」
彼女は、私を試すように見つめていた。
「もし、男が身近なところにいっぱい居る世界だったら。私たちって、付き合ってたと思う?」
彼女はいつになく真剣な表情だった。私は、一日待って、としか言えなかった。
美亜はすごくかっこいい女の子だ。整った顔立ちをしていて、身長が175cmあって、声が低い。まるで男の子みたいだ、といつもみんな言っていた。
だから当然、クラスの子たちにも凄くモテた。彼女は何回も告白され、何回もそれを承諾し―――そしてごく短期間で、恋人であったはずの人たちを振っていた。
何の因果か、私は彼女とけっこう仲が良かった。別に付き合ってたわけじゃないけど、それでも高校に来れば毎日話して、3日に一度は家でも通話するくらい。
だから彼女が、8人目くらいの犠牲者を付き合い始めて三日目で振ったとき、私はついこう言ってしまったのだ。
「もうさー、美亜が長く付き合えるのって私くらいなんじゃない?」
彼女はいつも通りの、ミステリアスで余裕に満ちた笑顔でこう答えた。身長145cmの私をゆったりと見下ろしながら。
「そうだね。じゃあ付き合おっか」
というわけで、私は美亜と付き合い始めた。
それがもう、一か月も前のことになる。
付き合い始めた途端に、美亜は少しだけ振る舞いが変わった。
毎日一緒に帰るとき、美亜は私のカバンを持ってくれるようになった。相合傘をするときは、傘の面積の9割くらいを私のために使ってくれた。歩道を歩くときは、必ず美亜が車道側を歩いた。
なんだか昔の少女漫画みたいだね。本当の男の人みたいで―――なんて言うと、彼女は曖昧に笑って、
「それはまあ、どちらが彼氏役かって言ったら私だろうね。こんな見た目だし」
なんて軽口をたたくのだった。
さて、考えねばなるまい。美亜の質問にどう答えるか。
布団の中で考える。今考えるべきは、美亜の質問への正しい答えではなく―――なんで美亜がそんな質問を私にしたのか。そして、彼女は何と答えてほしいのか、だろう。
何の気なしに、美亜と二人で撮った写真を見てみた。美亜はやっぱり、男の子みたいにかっこいい。
質問の答えは、もう知っている気がした。
「美亜」
次の日。私は通学路で合流した彼女に、いきなり答えをぶつけることにした。
「―――もし、男の人がいる世界だったら。私たちは、たぶん付き合ってなかったと思う」
それはそうだ。男の人と女の人が半々でいる世界では、9割方のカップルは男と女の組み合わせだったらしい。なら私も美亜も、9割くらいの確率でそっちに属していたのだろう。
「でも、美亜は男の人の代わりじゃないよ」
美亜が目を見開く。
簡単な話だった。
美亜はいつも、男の子みたいにかっこいいと言われてきた。そんな彼女がこう思うのは当然だ―――私は男の代用品なのか、本物の男がもし居たならそっちが良いんじゃないか。
「確かに男の人がいる世界なら、私たちは付き合ってなかったのかもしれない。でも、現実に今、私が付き合ってるのは美亜だから」
だからそれで十分でしょ―――と言おうとしたとき、彼女はぽろぽろと泣き出してしまった。
もしやこの返答は間違いだったか、と思ったとき、彼女は私に抱き着いてきた。
私たちと同じ制服を着た女の子が、こちらをちらちらと見ながら通り過ぎていく。ちょっと恥ずかしいが、まあ仕方ない。
自分よりずっと背の低い女の子にしがみついて泣く、男の子みたいにかっこいい女の子の体温を肩に感じる。
返答は、これで正解だったようだ。
ああ、本当にこの子は、かわいい子だ―――。
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